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青碧蒼  作者: 心夢宇宙
3/5

弍 様相

 朝は水色、清流の様。

 静かに心を包む揺り籠、海の底にいる様でもある程。

 雨の日の夕暮れの、薄青い景色にも似ている色彩と、情動。

 暮れの碧、都会のマンションで電気を消して得られる静かな喧騒とも。

 何と例えても表しきれないと思うこの豊かで細やかな情緒。


 赤い朝焼けを失った世界でもそれは変わらず心に響く。

 このゆっくりと徐々に徐々に齎される深く長い感動は、この世界のことや、自分の置かれている状況を、ひととき忘れさせてくれる。


 窓を開け、外に出て、誰も居ない街の朝を眺める。


 独り占め出来ると考えれば贅沢なことだ。

 これ以上何を望むというのか。


 そんな気持ちさえも湧き出でる。

 もし天国があるとすれば、実はここがそうなのかもしれない。


 私にはどうもそう思えたから。

 それだけのことだ。


 さて。


 と、切り上げる。


 朝食の準備だ。


 キッチンの棚にはパンのようなものがまた補充されている。

 いつも通り。


 それをトースターで焼きながら、お茶の様なものを淹れる。


 静謐。


 車の音も、虫の声も、何もなく、風のないこんな日には、本当に聞こえる音は限られてくる。


 例えば冷蔵庫の稼働音。

 エアコンの稼働音。

 キッチンの蛍光灯のハム音。

 ケトルが水をお湯にしていく音。

 トースターがパン━━━のようなもの━━━をカリカリに焼き上げていく音。


 誰も居ない世界では、ただただ人工物の音だけが残存しており、自然の音は殆ど聞こえない。

 だって、人だけでなく、生物というものがもう、誰も居ない。


 猫が鳴くこともない。

 犬が吠えることもない。

 鳥が鳴くこともない。


 日常にきっと当たり前にあったであろう━━━よく覚えてないが━━━喧騒は、失われたんだ。


 それは別に私にとっては、それほど寂しいことではなかったのだけれど。

 それでもこう、一人で何かを待っている時などには、まざまざとこの現状を突きつけられるから、ちょっとそれについて述べておきたかったまでのこと。

 それだけのこと。


「ポッ」


 と。


 ケトルのスイッチが戻る音がして、我に帰る。


 程なくしてパン擬きもトースターの穴から「たしゃんっ」と鳴いて跳ねる。


 お皿に移して、バター的なものを塗って、齧り付く。


 咀嚼。


 もぐもぐ。

 もぐもぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


 ごっくん。


 うん、ちゃんと小麦みたいな香りがする。

 気がする。


 小麦そのものではなく、小麦の味をつけている様な味と香り。

 わざとらしい小麦味、という感じ。


 お口を拭いて、お茶を啜る。


 華やかな香りに包まれる。


『ほうっ』


 と、あたたかなものに包まれて、落ち着く。


 けれどもこいつも、紅茶の味や香りをつけているという感じだ。


 メロンソーダを飲んでメロンだと思う人間が居ないで有ろうように。


 お口を拭いて、またパンを齧った。


 また━━━面倒にも思える━━━咀嚼をしながら考える。


 さて、今日はどうしようか。


 また新たな一日が始まった。

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