紅葉の色づき
感動して、からめあっていた手を胸元まで上げた。
「すてきですわ。銀杏のようなお姉さま。……でも私は、お姉さまにも春の花でいてほしいです」
ふみ江さんは、りんごのような真っ赤な唇を少し開ける。珍しく、驚いておられるのだ。
「だって、そうしたら隣でいっしょに咲いていられます。私、お姉さまとおそろいがいいですわ」
お姉さまは開いていた唇を閉じて、噛んだ。りんごのような赤に、更にルビーのような赤が広がっていく。私はこんな紅色を初めて見た。
私が上げた二人の手を、今度はお姉さまがこちらへ押した。私の手の甲がやさしく木の幹に触れる。体が重なる。
「ちよ子さんはご存知? 紅葉は木がためた毒で色づいて、そのために地面に散るんです。私ももう体じゅうに毒が回りだしているの。透きとおる花びらには戻れない」
お姉さまのまつげの一本一本がよく見える。そのまつげが私の目に入りそうなくらいに私たちは近づいている。それなのに、ふみ江さんは寂しそうだった。ふみ江さんの目は私を見ていないみたいだった。
私を見て。
そう乞いたくて、でも私の知らないことばかり知っているふみ江さんに、そんな簡単なことをお願いできない。どんな言葉を使えば、私はふみ江さんに何かを願えるだろうか。
ふみ江さんはまばたきをして、からめていた指をほどいた。
「ごめんなさい、かわいいちよ子さんに傷がついてしまう」
私の手の甲を取って、見て、宝物のようになでてくれた。それがなんだか、私にはもったいなかった。
「私も、毒を知ったらお姉さまと同じ、紅葉になれますか」
私の問いに、ふみ江さんは答えない。
「私はもう、秋の紅葉の方が好きになりました。お姉さまの唇と同じ赤色の楓になりたい!」
「かわいいちよ子さん」
ふみ江さんは必死な私の手を軽やかに離して、ぶらりと木から離れた。スカートが夏のしめった空気にひるがえる。
「春しか知らない無邪気なちよ子さんもかわいらしかったけれど、秋にあこがれてくれる背伸びしたちよ子さんもかわいらしい。どれだけがんばっても、夏はなかなか超えられないものだから」
ふみ江さんはかばんを拾い、いらっしゃい、と日の当たる公園へ体を向けた。
ふみ江さんは、紅葉のひと。私が知らない夏と秋の毒を吸って、強く色づいている。私はいつまでも花の少女でいるような気がして、早く夏がきてほしい。私はふみ江お姉さまに、秋めく夢を願ってしまった。
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