本夜
庄屋の娘が探して来たのは、
城下町の隣の宿場町の寺の僧である、
三国一の法力を持つと評判の親田和尚であった。
もちろん、甲斐国には別の三国一がいるし、
駿河国にも別の三国一が当然いる訳だが。
遥々川上の村までやって来た親田和尚が口にしたのは、
まだ村に滞在している道場の門下生達の内、
征四郎の事であった。
「そなた、女難の相が出ておる。
女人には近づかぬかよいぞ」
征四郎はまだ若く、その容貌をあるいは誂われ、
あるいは妬まれていた。
この和尚、煩悩たっぷり抱えてるじゃねえか。
門下生三人組はこの時既に和尚の法力に疑いを持った。
とは言え、和尚は精力的に各戸を廻り、
経を唱え、特別な線香を夜に扉の外で焚く様に告げていった。
暗くなる前に、用意してあった木刀に経文をすらすらと書いていった辺り、
さすがに高名な和尚であったが、
原田はまだ信用していなかった。
柄のところに経文が書かれていない事に対し、
「指なし方一になったらどうする」
と不満を述べた。
「どうせ汗で流れてしまうだろう。気にするな。」
堂上は宥めていた。
夜が更ける前に親田和尚は、
庄屋の旧家屋の各部屋にて経文を唱え、
線香を焚いた。
門下生達は先日物音を聞いた部屋で、
木刀を抱き、その時を待った。
夜更けに物音がすると、
三人はまた襖の隙間から廊下を覗いた。
その朧げな物は、最初から小刻みに震えていた。
廊下の東から三人が、西から和尚が廊下に現れ、
それを東西から挟み込む形になった。
「発っ!」
和尚の鋭い声から逃げるようにそれは三人に向かって飛び跳ねた。
先頭の堂上が上段から振り下ろすと、
それは床に叩きつけられた。
「手応えあり!」
堂上の声に原田も征四郎も木刀を振り下ろし、
それは悲鳴をあげた。
三本の木刀に抑えられたそれに、
和尚は大音声で経を唱えた。
「悪霊退散!」
それは悔しげな声をあげた。
よく見れば細い鼻面の下に口がある様にも見える。
その声に何らかの感情を感じた堂上は言った。
「和尚、こいつは…」
「うむ、現し世に執念を残しておる様だが…もしや、子供か…」
三本の木刀の下でそれは暴れ出した。
唸り声と共に。
「待て!僧侶が殺生をする筈もなし、
何処におるのか教えてもらえればこの親田の名の下に保護して進ぜよう。」
それは鼻面を和尚に向け、まだ少し唸り声をあげていた。
「このまま霊魂として現世に留まれば、現世の汚れで悪霊と化すだろう。
この世に仇なす悪霊となれば、子らも悲しむだろう。
素直に成仏してくれぬか。」
それは細い鼻面を床板に付け、恭順を示した。