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第67話

「時田さん」


「・・・君は?」


「・・・ふぅ・・・。何となくモヤモヤしてたんすよ。・・・でも先輩は俺の事情を知ってても、何も言わなかった。桐谷さんはホントに優しくて、周りから愛されてる人なんです。」


「・・・そうだね。」


「・・・真面目で才能に溢れてて・・・貴方にも目をかけられてることが・・・俺は少し羨ましかった。グレたり駄々こねたりするほど子供じゃないんで、逆恨みしたりはしないんすけど・・・。貴方がそれほど手に入れたい人なら、俺が先に貰っちゃおっかなぁとか思ってたんすよね。・・・んでも先輩は俺のことは眼中になくて・・・。俺の言いたい事わかります?」


「・・・・似ているね・・・。君の母親の名前は?」


「・・・血縁者であっても、同じ時間を生きなきゃ、家族とは言えないって・・・俺の母親は言ってました。・・・貴方は父親じゃないけど・・・まぁ・・・そこまで悪人でもないなってわかっただけで、良かったかな・・・。」


「・・・・。」



少し気になって展示教室の後ろのドアから、そっと廊下を覗くと、武井と先生が遠くの方で会話しているであろう姿が見えた。

まぁ、余計なことはしない方がいいだろう。

俺はまたじっと背筋を伸ばして、生け花を真剣に眺める菫の隣に立った。


「・・・なんて言ったらいいのかわからないの・・・。」


「・・・。」


菫は大きな目を時々ゆっくり瞬きしながら、作品の細部まで視線をやった。


「・・・圧倒されてるわ。おうちで作ってた練習とは全然違う・・・。」


「・・・そうか。」


「・・・両目が見えるようになった貴方が作れるようになったものは、自分でも想像以上だったんじゃない?」


「・・・・俺は・・・完成系を想像して作ってないんだ。イメージと理想を、どんどん高めて作ってる。」


「ふふ、そうなのね・・・。」


「菫は・・・」


「あ!桐谷ぁ~。」


背中から声がして振り返ると、西田と佐伯さんが仲良く教室に入って来た。


「すごいなぁ展示・・・色々あるなぁ・・・。あ、こんにちは。」


菫に気付いてパッと頭を下げる西田に倣って、佐伯さんもペコっと会釈した。


「こんにちは。春のお友達?」


「ん・・・。西田。・・・んで、こっちは西田の彼女。」


「どうも、初めまして。西田 円香です。お話は桐谷から聞いてました。」


「初めまして、藤川と言います。・・・どんな話したの?」


菫が何やら嬉しそうにニコニコしながら俺を見上げる。


「あ?・・・あ~・・・まぁ適当に、色々情報を話した気はするな。」


ふんわり笑みだけ返す菫を見ていた二人は、お互い何かアイコンタクトしてニヤニヤと俺を見た。

西田を睨み返して窘めると、二人は改めて俺の後ろにある生け花を眺めた。


「・・・俺が桐谷の部屋で作ってるの見た時と、全然違うじゃん・・・。」


「まぁ・・・。あんときはこれほど大きい作品じゃなかったからな。ただ手慣らしで作ってただけだし。」


西田も佐伯さんも、しばらくじっと眺めていて、そんな二人を菫も何故か満足そうに見ていた。


「・・・思わず言葉も無くして、見入ってしまうくらいのものが作れるって、すごいことだと思わない?自分の才能を、改めて自覚出来るでしょ?」


悪戯っぽく言う菫は、指輪をはめた右手で、そっと俺の腕を取った。


「・・・・才能ねぇ・・・。正直、俺はもうこれで終わりでいいと思って作ったんだ。」


「・・・そうなの?」


「ん・・・。自分の中で・・・何かスッキリ終わった気がしてる・・・。上手く言葉に出来ないけど・・・」


「・・・そっか・・・。春にとっては、華道は自己表現の手段だったんでしょ?・・・今は、嗜む程度でいいって思ってるのね。」


「・・・ああ、そうだ。煙草とか、酒とか・・・そういうものと同じだと思う。落ち着いて気持ちがいいもので、必要だけど、仕事にしたいと思えるものじゃなく・・・そこまで手が届くとも思えなくて、才能を生かせる世界を、好きになっていける自分も想像できないんだ。」


「・・・なるほど。そっか。」


日の光が窓から差し込んで、教室内は心地のいい暖かさになっていた。

するとしばらく展示を見て回っていた西田と佐伯さんが、また戻ってきて言った。


「藤川さん、俺・・・桐谷が生け花で自己表現出来るところも、友達思いで自分の信念を持ってるところも、心底好きなんです。一時はその感情が恋愛感情に向いてた時期もあったんですけど、でも今は・・・人間として尊敬できる友人の一人です。桐谷に助けてもらったことはたくさんありましたし、支えてもらってました。・・・そんな桐谷が、自分から誰かを好きになることが意外だったんですけど、でもこいつはある意味頑固でも誠実な奴なんで・・・口が悪い所とか、大目に見てやってください。」


少しおどけてそう言う西田を、俺はポカンと眺めていたが、隣にいる佐伯さんは微笑ましそうにニコニコしていた。


「ふふ、大丈夫よ。私は何より、春の頑固なほど自分を貫くところが大好きだから。」


「・・・それ褒めてんの?」


「もちろん♪」


満足そうな笑顔を見せる菫に、何も言えなくなっていると、西田も佐伯さんも静かに笑った。


両目が見えるようになった世界は、自分が思っているよりも、大袈裟に辺りがハッキリ見える世界だった。

見えるからと言って、感じ方が変わったわけじゃないが、より鮮明に、より立体的に生け花を作れるようになった手応えはあった。


淡々とした学生生活の中で、徐々に色を変えていく日常。

初めて異性を恋愛対象として、好きだと思えた心境。

好意を向けてくれた友人を、傷つけてしまった後悔。

わずかな親心から、将来の道を照らそうとした恩師との決別。

小さな分岐点の数々が、俺の足元に転がっている。


「ねぇ春、お昼は食べた?」


教室を出て、菫は俺の手を引いて言った。


「ああ・・・適当に屋台の食いもんも食べたし・・・学食も食った。」


「そうなの?随分一杯食べたね。」


楽しそうに手を繋いで校舎を歩く彼女に、釣られて笑みが漏れる。


「・・・菫も食べたい。」


「ん?私?・・・そうねぇ・・・私はたこ焼きとか屋台があったら食べたいかも。」


「おい・・・わざとか?」


階段を降り切って、生徒がガヤガヤと脇を通り過ぎて行く中、彼女は小首を傾げた。


「何が?」


どうやら本当によく聞こえてなかっただけのようだ。


「・・・んでもねぇ・・・」


菫はまたニコニコして、抱き着くように校舎の壁に俺を押し付けた。


「も~♡そんな可愛い拗ね方しないで♡」


「・・・そろそろ年下扱いやめたら?」


からかうように顔を近づけて囁くと、彼女の目は一層愛おしそうに細くなる。

人の行き交う構内で、誰も自分たちを気にしていない空気の中、そっとキスを交わした。


「年下扱いなんてしてないの・・・。もっと甘えたいし甘えてほしいのよ?」


「・・・・・・だったらさっき言ったことちゃんと聞いとけ・・・。」


菫の肩に顔を埋めて抱きしめると、また彼女のからかうような「ふふ」という声が聞こえた。


「・・・人がいない教室とか行って・・・しちゃう?」


その言葉に心臓が飛び跳ねる。


「・・・ちゃんと聞こえてたんじゃねぇかボケ。」


「ふふ♪何の話?」


形なしだ・・・。諦めるようにため息をつくと、菫はまた俺の腕をぎゅっと取った。


「私浮かれてるの♪普段春が過ごしてる大学に来れて。貴方の周りの人を見れるのも嬉しいし、紹介してもらえるのも嬉しいし・・・いつもどんな風に振舞ってるのか見たいんだもん。」


「・・・別に変わんねぇわ・・・。」


ぐいぐい引っ張りながら半歩先を歩いていく菫に、歩幅を合わせながら、彼女が望むままに構内を巡った。


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