第65話
サークルや同好会、部活動を行うグループたちが、どれくらいの数があってどれ程学祭に参加するのか、事前に小鳥遊から伝え聞いていた。
けれど1年の時も、2年の時も参加したことはなく、加えて学生以外の来場者も多数いるため、学内はごった返していた。
2日間ある学祭の初日にも関わらず、その人の多さに気後れする。
先ほど生け花を作り終わったこともあって、人込みで疲労がぶり返した俺は、食べ物の買い出しを西田に任せて、屋台が立ち並ぶ近くのベンチに体を預けていた。
馬鹿みてぇに人いる・・・
両目が見えるようになったことで、より人がいる場所が以前より苦手になった。
視界に入る情報量の多さが仇となって、疲労度が高くなっている。
ぐったり首をもたげて座っていると、ふと目の前に影が落ちた。
「あの~」
声がして視線だけ上げると、制服を着た女子高生らが二人、飲み物を持ったままニコニコしていた。
「あの・・・ここの学生さんですか?」
「・・・ああ、そうだけど。」
「あの・・・良かったら一緒にまわってくれませんか?」
「・・・・何で?」
「え・・・えっと、お兄さん素敵だなぁと思って・・・一緒に行きたくて・・・」
構内でナンパされたのは初めてだな。知り合いに声をかけられることはあるにしても・・・
どう答えるのが一番角が立たないか思案していると、パッと気の利くタイミングで西田が戻って来た。
「桐谷お待たせ。・・・えっと・・・」
「え・・・あ・・・え・・・カッコイイ!え、お兄さんも一緒にまわりませんか?」
「ん?・・・あ~~・・・俺ら二人とも彼女いるからさ、ナンパはちょっと・・・ごめんね。」
残念そうに肩を落とすJKは諦めて去って行く。
「なるほど・・・そういう断り方がいいのか。」
「えぇ?別に断り方は何でもいいけどさ・・・」
「西田といるとやっぱ目立つんかな・・・」
「いや、今のはお前単体がナンパされてたろ!」
「・・・咲夜が人込みに行きたがらねぇ理由がわかるわ。」
「・・・咲夜を俺らと比較するとだいぶ違うけどな・・・。あいつはどこにいてもすぐわかるレベルだし。」
「・・・何にせよじっとしてるより移動してた方が、人の目にはつかねぇかもな。」
立ち上がって西田が持っていたフランクフルトを受け取って、二人で適当に人が吸い込まれていく方に食べ歩きながら向かった。
演劇部の舞台をチラっと見て、即興味を無くしてまた移動したり、中庭で焼きそばをつまみながらくつろいだり、人の少ない所を探し出そうと歩いてはいたが、結局カフェテリアに行きついた。
テーブルに突っ伏してだれていると西田は言った。
「お祭り一緒に行けなかったし、学祭って秋祭り感覚で楽しめるからいいよな。」
「・・・お前・・・俺が楽しんでるように見えるかぁ?」
「はは、疲れ切ってるように見えるよ。でもなんだかんだ付き合ってくれる桐谷を振り回すの、俺好きなんだよなぁ。」
「いい性格してやがんな・・・」
「んでもさ、彼女にさ、テーマパークとか、そういう人の多いところにデート行こって言われたらどうすんの?」
「・・・ヤダって言う。」
「えぇ?マジでぇ?俺は・・・たぶん咲夜も、彼女が行きたいっていうなら付き合う派だよ?」
「知るかボケ・・・。俺は嫌だ。人酔いして楽しめる自信がない。そんな俺と一緒に居る方が相手も気ぃ遣うししんどいだろ。それに・・・菫は映画とか遊園地とか、そういうベタなデートスポットじゃなくて、美術館とか個展とか、そういうとこ行くデートの方が好きだって言ってた。」
「・・・へぇ・・・彼女のことんなると、桐谷も一生懸命自分を変えようとするんかなと思ったけど、そこは違うんだなぁ。」
「・・・相手に合わせることも人付き合いでは大事だろうけどな・・・無理する付き合いなんて俺は続けるつもりねぇし、菫もそれを望んでない。意見が食い違って断念することになっても、それ以上にお互いが楽しめる提案を出せばいいだけだろ。仕事と同じだ。」
「ふふ、確かにな。どうカバーするかっていうとこもあるわな。」
その後体力が多少回復すると、腹が減ってきたので、結局二人して学食のメニューを昼飯に食べた。
もうすぐ菫が来る。
「・・・・あ~~・・・早く・・・」
満腹になって再びダレていると、西田はお茶を飲みながら苦笑いを返した。
「なになに」
「菫に会いたい・・・菫ぇ・・・」
「・・・・せっかくだから桐谷の生け花後で見に行こうかなって思ってたけど、リサに時間もらって会いに行こっかなぁ」
「ふん・・・見る見ないはどっちでもいいんだよんなもん・・・。それに、柊くんも後で見に行くって言ってたぞ?お前鉢合わせしたくねぇんだろ?」
「・・・まぁそうだな・・・。んじゃあ俺もリサとデート感覚で回れないか聞こっかな♪」
「ハナからそうしろっつの・・・」
西田と別れて、俺は再び広報部の展示教室へと戻った。
菫が到着するまではまだ時間があるだろうが、とりあえず教室の前で待っておこうかと思いつつ、チラっと中を覗いた。
「桐谷くん!」
中央の生け花を眺めていた一人が、俺に気付いて目の前までやってきた。
「お久しぶりだね。作品作りお疲れ様。」
「あ~・・・はい、ありがとうございます。」
相変わらず人の顔を覚えられないもので、見覚えがある男性を脳内で検索かけていた。
「ふぅ・・・圧巻だよ。君の力は底知れないな。・・・去年まで自分の作品を展示してもらっていたけど、それがいかに恥ずかしいものだったかわかる。・・・何というか・・・桐谷くんの作品は、依頼通りなんだろうけど、それ以上のものが複雑に詰め込まれているな。きっと君はプロの華道家になったとしても、十分やっていけるはずだよ。」
少し落胆の表情を見せながらも、その人は俺の作品を一瞥しながら言った。
その言い方や話している内容で、去年まで華道部の部長として在籍していた、須藤さんだと思い出した。
「・・・先輩、ぶっちゃけ華道家のプロって食っていけるんですか?」
俺が尋ねると意外な質問だったのか、須藤さんは目を丸くして少し困惑した様子を見せた。
「・・・人によるね。君みたいな元々華道の家元で、所謂後ろ盾があった状態で活動する人は、ある程度安定した収入を得られるかもしれない。僕は母が教室をやっているけど、そういうところを継いだり、個展を開いたり、依頼を受けたりなど・・・そういう仕事をこなしていたとしても、安定した職とは言えないね。時田桜花のような有名人なら、依頼料も破格だろうし、活動する場所が世界規模だからそもそもステージが違うが・・・。正直堅実に収入を得ようと活動したとしても、普通のサラリーマン程度の年収だろうね。」
「そうですよね・・・。」
「・・・桐谷くんはきっと堅実な道を選ぼうと、就活で色々考えているんだと思う。僕が軽率にプロになれなんて言うべきではなかったな、申し訳ない。」
「いえ・・・」
須藤さんは「もうしばらく展示を見ていく」と言って、静かに俺の側から離れた。
「先輩」
教室の入り口から離れようとすると、不意に背中から声がかかった。
邪魔にならないように教室の中に入って振り返ると、俺より少し背の高い武井が、また落とすような笑みを見せながら現れた。
「さっき柊くんたちも来てたよ。」
「そうか。」
「感想をメッセで送っとくって言ってた。」
伝言係のように満足そうに言う武井が、機嫌良さそうに俺の顔を覗き込んだ時、教室の中で展示を見て回っていた生徒や、広報部の面々の視線が一気に入り口に集まった。
俺も武井も同時にそちらに目を向けると、小さな丸眼鏡をかけて、長髪を後ろ手に結んだ男性が、フラっとそこに立っていた。
教室中央の生け花に真っすぐ足を進めて、彼は愛おしそうにそれを見下ろす。
そして予めわかっていたかのように、俺に目を向けた。
「・・・さすがだね、桐谷くん。」
まるで皮肉るような、馬鹿にするような言い方にも聞こえうるそれが、再会の一言目だった。




