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第59話

手術当日、菫はわざわざ半休を取って付き添ってくれた。

昼過ぎに二人でタクシーに乗って大学病院へと到着し、諸々の受付を済ませて、手術の簡単な説明を受けた後、着替えを済ませて手術室へと向かう。

入室する手前まで見送る彼女が、俺より緊張した面持ちで、視線を泳がせて綺麗なネイルが光る指をくるくるさせる。

その白い手をそっと取った。


「入院は2日でいいって。退院する頃連絡するし、時間作れる?」


「・・・うん、必ず。」


「じゃあ・・・買い物行こ。菫に指輪買いたい。」


「・・・指輪??どうして?」


「何となく・・・。虫よけ用に・・・。薬指につけててほしいから・・・」


ヒールを履いて家とは違って少し目線が近い彼女は、驚いたようにじっと見つめ返して、意外にも照れた様子で口をつぐんだ。


「どうしてそうやって・・・」


「・・・なに?」


「いいの!待ってるから・・・。」


その後無事角膜移植の手術を終えて、痛みがじわじわ残る右目に眼帯をつけられ、病室へと戻った。

医者から入院期間での検査などの内容を説明された後、菫が病室に入って、ベッドに座る俺の隣にパイプ椅子を引いて腰かけた。


「どう?」


「・・・・ん・・・いてぇ。」


「そうよね・・・・。左目って視力どれくらいなの?」


「・・・こっちはだんだん視力落ちてきてるんだ。もう0.6もない。」


「そうだったの・・・。ある程度時間が過ぎて、メガネとコンタクトレンズ作れるようになったら、その時は私も一緒に行った方がいい?」


「・・・いや、別にそれはどっちでもいいかな。」


「そっか。しばらく難儀すると思うけど・・・不自由があったら言ってね?」


「ん・・・・。菫が作ったカレー食いてぇ。」


「・・・ふふ!カレー以外も美味しいもの作れるようになるね♪・・・春、大好き・・・。」


静かな病室で隠れるようなキスを交わして、側にいる彼女の手を握りながら、その穏やかで幸せそうな笑顔に、心底安心感を覚えた。


それから半月程が過ぎて、夏休みが明けて大学へと向かっていた。

もうすぐ最後の検査を病院で受けたら、右目も同じくらいの視力が戻っているはずだ。

眼帯をつけたままの生活にも慣れて、菫も気を遣って時々うちを訪ねてくれた。


企業説明会もあるし・・・さっさと眼鏡もコンタクトレンズも作らないとなぁ・・・


ぼんやりそう思いながら騒がしい廊下を歩いて、いつもの講義室へと入った。

いつものことだが、若干周りからの視線を感じるものの、適当に前の方の席についた。

するとバタバタと足音が迫ってきて、俺の前に翔が座った。


「桐谷、どうした?怪我した?」


ゆっくり顔を上げると、心配そうな表情で俺を凝視する翔がいる。


「いや・・・。角膜の移植手術を受けたんだ。もうほとんど痛くはないけど、一応雑菌が入らないように保護してるだけだ、問題ない。」


「角膜の・・・移植??へぇ・・・・・・それって視力戻るってこと?」


「戻るだろうなぁ・・・くらいで、バチバチに見えるようになるって程じゃねぇよ。左と同じくらいの視力しかたぶん戻らない。」


「いや、左目も視力悪いんかい・・・。何で言わねえんだよ!」


「何が?」


「手術とか・・・普段も見えにくいとか・・・!言ってくれりゃあフォロー出来んじゃん!」


「いや、別に特にそれほど困ってなかったから。困ってたらちょいちょいちゃんと頼ってたぞ?」


「違うの~!」


子供のように駄々をこね始める翔は、不貞腐れたように口をへの字にする。

飼い犬がキャンキャン吠えてる感覚だったので、大人しくならないもんかとそっと頭を撫でた。

すると翔は意外にもスン・・・と本当に大人しくなって、驚いた表情で見つめ返した。


「・・・・なに・・・桐谷何で西田みたいなことしてんの。」


「・・・西田みたいってなんだ・・・」


「俺を可愛い飼い犬とか思ってんだろ・・・」


「可愛いとは思ってねぇよ。うるせぇなぁって思ったけど。」


「あ、良かったいつもの桐谷だわ。」


「よ、おつかれ~。」


噂をすればなんとやら、西田と咲夜が珍しくセットで登校してきた。


咲夜 「・・・ん?桐谷どうした?」


自分の右目を指さして言う咲夜に、俺はまた二人にも同じ説明をした。


「実はかくかくしかじかでな・・・」


西田 「え、でも治る見込みもうないって話だったんじゃ・・・」


「もちろん完治はしない。そこそこの視力が戻るかもってくらいで。それに子供の頃じゃ手術難しかったからな、その当時はもう無理だろうって言われてたみたいだけど・・・。いざ精密検査したら、意外といけるかもって話になって、医者もやる価値はあるっていうから試しにやってみたんだ。別にこれ以上悪くなるこたぁねぇし、親も自分で決めていいって言うもんだから・・・。」


一同が「へぇ・・・」と納得した様子を見せる中、頬杖をついて咲夜がポツリと言った。


「・・・愛の力だねぇ」


俺が黙って見つめ返すと、咲夜はしんみりした表情をしながら、何となく言葉の続きを待つ西田と翔に説明するように言った。


「自分のことなんて、さしてどうでもよかったんでしょ桐谷。・・・けど好きな人が自分を大事に思ってくれたら、自分の為とかその人の為を考えちゃうようになるからね。何か大袈裟に世界の見え方が変わらなくても、・・・菫さん?だっけ・・・彼女が喜んでくれるといいね?」


咲夜はまるで自分もそうであったように語った。


「ん・・・まぁ・・・手術受けようと思ったのは確かに菫の存在はあるけど・・・。咲夜の言う通り、何かが大袈裟に変わることは期待してないな。ただまぁ、事故を起こしかけたこともあったし、良くなるに越したことはねぇな。」


淡々とそう述べると、黙って聞いていた翔が静かに口を開く。


「なんか・・・やっぱ桐谷・・変・・・・。すげぇ別人みたい。」


西田 「はは、翔が言わんとしてることはなんとなくわかるよ俺も。でも・・・自分の先の事とか、自分が大事にしたい周りの人のことを・・・考えたってことでしょ。」


翔 「ふえぇ・・・桐谷大人ぁあぁ。」


「・・・んなこと言ったら、西田や咲夜はだいぶ前から俺より大人だろ・・・」


苦笑いを返す二人は、片目が見えない俺を、実は誰よりも心配していたのかもしれない。


講義を受け終わって、その後久しぶりに図書室へと足を運んだ。

目当ての本を手に取って、たまにはあんまり見ない本棚も物色するかと、端の方をウロウロしていると、パッと覗いた本棚の前に、生徒が二人隠れるように寄り添っていた。

さっと振り向いた姿を見て、まんま以前見かけた二人で思わず苦笑いが漏れる。


「・・・おつかれ」


朝野 「・・・先輩、お疲れ様です。」


柊 「あ・・・桐谷先輩。す、すみません・・・お見苦しいものを・・・」


「いや別に・・・。人目がないならイチャつこうが構わんけど。」


柊 「・・・先輩、右目・・・怪我ですか?」


今までの誰よりも明らかに心配そうな顔をした柊くんは、怯えるように問いかけた。


「いいや、手術を受けたんだ。多少は視力が戻るってことで・・・」


本の背表紙に指を滑らせながら言うと、俺よりだいぶ背の高い朝野くんの声が頭上から聞こえる。


「そうなんすか、それは・・・おめでとうございます?」


「ふ・・・ああ、簡単な手術だから成功はしたな。どれ程視力が戻ってるかはまだ明確にわかってないけど・・・まぁ些細なことだよ。痛々しく見えるだろうけど、大したことないから気にしないでくれ。」


平然と言うと二人も安心したのか、安堵した表情を向けて微笑んだ。

すると軽快な足音共に、ひょいっとこちらを覗くように人影が現れた。


「あ!やっぱり桐谷せんぱ・・・・・うぉ!?推しカプ!!」


茶髪でロン毛の・・・確か武井だ・・・高ぶったような表情で俺と柊くんたちを交互に見つめた。


「え、え、3人ともお知り合い?ってか柊先輩相変わらずかんわい~~~♡俺のこと覚えてます?」


不躾に近寄ろうとしたので、朝野くんが前に出る前に武井の腕を掴んだ。


「おい・・・相手がいる奴に色目使うのはちげぇだろぉが。俺も相手してやる気はねぇけど、汚ねぇ手で後輩に触んな。」


「ひっどい!けどカッコよ!!俺も後輩なんですけど!さっきちゃんとトイレの後にめっちゃ石鹸で手洗いしましたけど!」


「いいから二人には絡むな。・・・じゃあな。」


適当な本をさっと抜き取って、柊くんたちを一瞥すると、二人は揃って会釈した。

離れたテーブルを目指すと、武井はキョロキョロしてまた俺の後をついて来た。



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