第58話
手術を受けるまでの数日間、週末うちに訪れた菫に、自分の合鍵も手渡した。
収穫しきった鉢植えのミニトマトは、育て方を変えていると意外と違いが出たもので、実の大きさや葉っぱの大きさも明らかに違った。
どう調理したら一番美味しいのか決めあぐねて、冷蔵庫にしまったままでいたことを菫に伝えると、彼女は同じくキッチンに立ちながら、興味深そうにミニトマトを見比べた。
「なんだか・・・ホントに熟れ方も大きさもこんなに違いが出るのね・・・」
「そうだな、まぁ花も同じく育て方でだいぶ長持ちするかどうか左右されたりするしな。」
「そうなんだぁ・・・。あ、私ね?初めてお店に行った時、白いチューリップを買ったでしょ?」
「ああ・・・」
大雨に降られ、スーツを濡らして来店した彼女を思い出した。
「あの時ね、チューリップを家の花瓶に入れて、毎日水換えながらたまに日に当てたりして、自分なりに可愛がってたの。チューリップって色んな色があるけど、人が勝手に花言葉をつけるじゃない?だから・・・『勝手に失恋なんてワードをあてがわれて、悲しい気持ちを向けてごめんね』って話しかけちゃってたのよねぇ。今思えば私結構あの時メンタルやられてたのかも・・・」
彼女はそう言いながら一つトマトをパクリと頬張った。
「ん・・・!美味しい!みずみずしいし、甘酸っぱい。スーパーのトマトと変わらないね。」
「そっちは俺が話しかけたり音楽聞かせてた方だな。」
「あらそうなの♪ふふ・・・私も春に愛情かけてもらって美味しくなってる?」
誘うような笑顔が返ってきて、そのまま腰を引き寄せてキスした。
「ん・・・美味い」
「ふふ、トマト味?・・・あ!そうだ、いいこと思いついた♪」
菫はもう一つ分けていれたトマトが入ったタッパーを手に取った。
「結構たくさんあるし、ジャムにしてみない?元々の酸味と甘さを足して煮詰めたら、いい感じになるかも!それに春は甘い物好きでしょ?」
「ああ・・・確かにいいかもな。食べたことねぇけど・・・大量にあるし作ってみるか。」
「ふふ♪たくさんあってもねぇ、ジャムにしちゃったらすごく少なくなるのよ。レシピを調べてみるね。」
菫がスマホを手に取るのと同時に、テーブルに置きっぱなしにしていた俺のスマホから通知音が鳴った。
何気なく手に取って開いてみると母親からで、仕送りと一緒に食料品をいれた段ボールを送ったから、とのことだった。
「・・・菫」
「なあに~?」
キッチンでいつ使っていたか知れない俺のエプロンを見つけた彼女は、意気揚々とそれに腕を通しながら振り返った。
「・・・・え~っと・・・俺実家が横浜なんだけど・・・」
「あ、そうなんだぁ。」
「その・・・・他意はないんだけど・・・良かったら今度・・・親に紹介したい・・・」
菫は一瞬ポカンとしてから、またいつもの微笑みを見せた。
「うん、じゃあ是非伺うわ。」
「・・・他意はねぇからマジで・・・」
そう念を押してまたキッチンへ戻ると、菫はニヤニヤしてそっと抱き着く。
「他意ってなあに?」
「・・・・・・・中華街とか行ったことなかったら案内してやるよ。」
「あら、ホント?ふふ♪実はね、仕事で横浜は何度か行ったことあるの。」
「そうなのか。」
「うん、でもデートはしたことないなぁ。楽しみね♪」
上機嫌にジャム作りを始める菫を見て、自然と笑みがこぼれた。
ダイニングテーブルに頬杖をついて、キッチンで調理を進める彼女を眺めていると、ふと家政婦代わりにしていた西田を思い出した。
あいつも菫と同じで、穏やかで他人の気持ちを察することが得意で、愛情表現が素直な奴だ。
今となっては、西田がしていたことの一つ一つが、真っすぐ俺に向けられた好意だったとわかる。
けど似ている部分があったとしても、西田と菫じゃあ根本的にかなり差異がある。
「ねぇねぇ春ぅ・・・」
「あ?」
「私ねぇ?・・・・料理そこまで得意じゃないの。大匙って小さじの何倍かな?」
「・・・3倍。」
「そっか、ありがとう。」
心配だったのでまたキッチンへ戻ると、幸いまだ鍋に火をかける前だった。
「春、これお砂糖?」
「いや、塩・・・。こっちだ。」
「やだぁまたやっちゃうとこだった・・・。上手く作れるのってカレーだけなのよねぇ。」
なかなか見ていて危なっかしいけど、服を作れるわりには不器用なんだな・・・と少し面白く感じた。
「何笑ってるの~?」
「いや?笑ってない」
何とか二人で慎重にジャム作りを終えて、冷ましているうちに手術のための入院準備を始めた。
「目の手術って私はちょっと怖いんだけど・・・春は平気?」
「ああ、外科医がやるんだから特に怖くは・・・。ホントにすぐ終わる簡単な手術だし、本来ならあんまり入院も必要ないみたいだけど、経過観察もあるし、行き来するよりは入院してた方が都合良いかなと思って。」
「そっか。私はね、怪我とか病気で入院したことないのよねぇ。」
「そりゃよかった。これからもそうあってくれ。」
鞄にスウェットやパンツを詰めていると、パッと俺の顔を覗きこむ菫が嬉しそうにニコニコしていた。
「・・・何だよ・・・」
「ん~ん♪ふふ。」
愛おしそうに俺の髪の毛に触れる菫が、隣に腰かけて言った。
「ね、春・・・ご実家の近くも就活の範囲にしてたりする?」
「あ~まぁそうだな。東京が本社の会社でも、横浜支社があるならそっちでもありだし。住み慣れてるのはそっちだし・・・」
「そっかぁ・・・そうよねぇ・・・・」
「・・・なに?」
服を詰める手を止めて彼女を見ると、相変わらずニコニコ笑みを浮かべながらも、少し拗ねたように口を尖らせた。
「ん~・・・いいの。横浜と東京だったらそこまで離れてるわけじゃないもんね。」
「あ~そういう心配か・・・。まぁでもまだ企業絞り切ってねぇから何とも言えねぇな・・・。別に向こうで働くことになっても、いくらでも会いに行くよ。」
「ふふ・・・」
菫は考え込むように小さくため息をついた。
たぶん過去に遠距離になって別れた経験でもあるんだろう。
その度に自分の至らなさを反省してきたのかもしれない。
そして自信の無さを払拭するように仕事に打ち込んで、恋人を作らないようにしたんだろうな。
「・・・見透かさないで春、私意外とメンタル弱いのよ?」
「何も言ってねぇだろ。」
「言わなくてもそんな感じがしたの。」
「だったら見透かしてんのはそっちだ。」
「ね、春の周りにはどういうお友達がいるの?」
「あ?・・・・最近友達になった奴は、別の学部の後輩だな。」
「へぇ、どんな人?」
「・・・まだハタチ前なのに、弁護士資格目指してる天才だよ。法学部の。」
「え~!すごいね!会ってみたいわ!」
「ふ・・・見た目は華奢で可愛らしいけどな。」
「・・・・ふぅん?女の子?」
「何で急に嫉妬すんだよ・・・」
「春は可愛い子が好きなのね?」
「いや・・・好きじゃねぇし・・・・。男だわそいつ。」
「あら、男の子でも関係ないでしょ?・・・可愛い男の子なんてたくさんいるし。春もそうだし♡」
「喧嘩売ってんのか?」
「喧嘩なんてしないもん♪・・・でもベッドの上でなら競い合ってもいいよ?」
「何を競うんだよ・・・・」
「ん~・・・どっちが先にイっちゃうか勝負?」
「・・・俺に勝てたことあったっけ?」
「・・・手加減してたのよ?」
「んだよその負けず嫌い・・・」
くつくつ笑うと、菫は口をへの字にして俺の腕を引っ張った。
強引にベッドに座らされて、ちょっと不機嫌そうにシャツのボタンに手をかける。
「本気出しちゃうんだから・・・」
「・・・フラグか・・・?」
「フラグじゃありません!春から『もうダメぇ』みたいな可愛い声引き出してあげるから!」
「・・・それいつも菫が言ってるやつ。」
「もう!あんまり経験豊富なお姉さんを嘗めちゃだめよ!」
「・・・経験豊富なわりに童貞の俺にイかされまくって
途中キスで口をふさがれて、子供のように不貞腐れた顔をする菫に、淡々と服を脱がされた。