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第53話

その後手を繋いで歩きながら、彼女は色んな話を聞かせてくれた。

一から服作りをする難しさや、楽しさ、それを共有したり協力し合う職場に、自分が今いられるありがたさ。


「学生の頃はね・・・私結構浮いてたの。デザイナー科だからそればっかりするもんだと思って、一生懸命だったんだけど・・・皆若いし、結構遊んでて課題もこなさない人が多くて・・・。私は専門の先生や指導者が居てくれる環境を、当たり前だなんて思えないから必死だったの。課題で評価を得たり、学生のコンテストで金賞をもらえれば嬉しかったけど、でもその分周りは冷めた目で距離を置くようになった。でも今は違うから・・・。皆ビジネスとして仕事を取るのに必死で、協力しないと出来ないことも多くて、認められることばかりじゃないし・・・叱咤激励されながら結果を得るためにあがくしかないの。でも学生だった頃よりず~~っと!やりがいがあるから、もっとできることを増やしながら、自分が出来る表現の先っていうのも諦めたくないの。いつか自分のブランド立ち上げてね?会社を持つ夢があるから。」


一頻りそう語ると、菫はハッとして取り繕うように笑みを見せた。


「えへ・・・大学生にこんな夢語っても恥ずかしいよね!・・・言葉で言うほど簡単な道のりじゃないし・・・」


「・・・菫が、俺の作った生け花をもっと見たいって言ったように・・・俺も菫が言う表現の先っていうの、見たいと思ってるよ。」


彼女はまたニッコリはにかんで、俺のくだらない大学生活の話も聞き始めた。

話しているうちにマンションに着いて、リビングに上がると、彼女はイキイキして段ボールを抱えてきた。


「あのね?春がこっちに泊る時用にと思って・・・色々買っておいたの。寝巻用のスエットと・・・下着に、部屋着とか・・・後個人的にこういうの似合うだろうなぁと思って・・・デート用の服とか・・・」


「・・・こんないっぱい?」


「・・・うん・・・ごめん・・・余計だった?」


「いや・・・。いくらだった?」


「え?・・・ん~~・・・総額どれくらいかなぁ。ちょっと待ってね、注文履歴見るから・・・・。えっとねぇ・・・ん~とこれと・・・・だいたい3万5千円分くらいかな。」


「・・・・・・・おお・・・待って、今手持ちねぇ・・・。スマホしか持ってきてねぇ。」


「え??・・・別に請求するつもりないよ?」


しれっとそう言うと、菫はさっと立ち上がって風呂場に向かった。


・・・・こんなに買って請求するつもりない・・・だと?


目の前の段ボールから服を引っ張り出しながら、とりあえず着替えるためのスエットと下着を選んだ。

ボクサーパンツ一つとっても、普段買わないような少し高めのブランド品だ。


「春、お風呂今溜めてるからちょっと待ってね。」


「・・・いや、俺別にシャワーでいいけど。」


「・・・そう?でも思いの外早く帰って来れたから・・・お泊りだし一緒に入りたいんだけど・・・ダメ?」


隣にちょこんと座って俺を覗き込む菫の、シャツの胸元に目が行った。


「だ・・・・ボタンちゃんと閉めろよ・・・・。つーか着替えてきたら?」


「うん、そうね。あ、パンツね、サイズMで大丈夫よね?」


「あ?おお・・・。」


テキパキ動き回る彼女は、部屋着に着替えて戻った後、またせわしなく飲み物の準備を始める。


「あ、そうだ・・・そのスエットね~肌触りもよくて最高なんだけど・・・会社の人が教えてくれたブランドでね、もっと良さそうなのがあったの。1万円くらいの。」


「・・・いや、ブランドもんじゃなくていいし・・・。」


「そう?別に私春に貢ごうと思って買ってるわけじゃないからね?いい物の方が結果的に長く使えるのよ。寝巻なんて特にね。洗ってもへたれにくいから、買い替えの機会も少なくなるし、夏は涼しく着れて、冬は温かいっていう素材だと、エアコンつけっぱなしでも相性いいからかなりお勧めよ?」


「・・・なるほど・・・。コスパもいいってわけか・・・」


「そういうこと。勧めてもらったのはそんなに有名なブランドじゃないんだけど、最近ちょっとずつ人気出て来てるとこで、うちともコラボして仕事取れないか打診してるとこなのよねぇ・・・。」


アイスティーを淹れて目の前に置く菫は、嬉しそうに俺の頬にキスした。


「・・・私仕事の話ばっかりでしょ?・・・つまんない?」


「・・・・仕事の話・・・まぁ・・・そうかもしれんけど・・・菫の話だろ。」


「・・・・そういうの嫌がられて振られたこともあるから。」


「ふぅん・・・それ俺と関係あんの?」


「うふふ・・・。」


「つまんねぇとは思ってない。・・・今就活のために色々動いてるし、社会人の話は貴重だろ。」


「そっかぁ。良かった。」


菫は飲み物を口に運んで、軽く息をついた。


「ねぇ春・・・人として魅力的な人って・・・どういう人のことだと思う?」


「魅力的・・・」


「私ね・・・付き合ってきた男性から、女性としてとか彼女としてとか、そういう良さを求められたり、期待されたりするのが・・・ちょっと苦手だったの。私は利己的だし、自分勝手に自分のやりたい事を追い求めてるタイプだから・・・。彼女なんだからちょっとはこうしてほしい、みたいなことぶつけられると・・・それはそうなんだけど・・・って何も言えなくなって、合わせちゃうこともあったのよね。だからきっと、私は女性としては魅力がないんだと思う。」


「なんで?」


「・・・え・・・ん~・・・」


「何で付き合ってきたそいつらが言ってたからって、そういうことになんの?そいつらの物差しで、菫を計ってたんだろ?それが正解なわけないじゃん。都合のいい女になってくれよって言われるのが嫌なんだろ?そんなん男女関係なく嫌だよ。」


「そ・・・そうね・・・」


「だいたい他人を否定する奴ってさ、何様なの?それほどまで自分が出来た人間なのかよって俺は思うな。・・・その人の生い立ちとか、積み重ねてきたこととか、思想を、ちょっと数か月付き合ったくらいで推し量れるわけねぇじゃん。俺は菫がデザインして一から作り上げたワンピース見て、感銘を受けたし同時に悔しいと思ったし、いい刺激になったし・・・そういうものを作れる感性と、人間性に惹かれたんだよ。当然まだ個人的なことは何も知らねぇし、聞いてないこと山ほどあるし、でも彼氏面していい立場にはなったから言うけど、くだらねぇ元カレのくだらねぇ意見は、菫が挫ける理由にはならないし、魅力がないっていう判断基準にはなりえない。」


好き勝手言い放つと、彼女はぐっと口を結んで、次第に涙をにじませた。


「・・・・何で泣くの・・・・」


「えへ・・・・グス・・・何でだろ・・・。」


そっと頭を撫でると、菫はすり寄るように抱き着いた。


「小さいことに少しずつ、心を折られてたの・・・。本当は私だって、勝手なことを言われたら『何それ、下らない!』って言ってやりたかったよ?でも相手を傷つけたんなら、私も反省しなきゃって思って言えなかったの。」


「そうか・・・。それは正しいと思う。」


「・・・私当たり前だって言われることが嫌い。・・・普通こうでしょ?とか・・・女だからとか・・・男だからとか。・・・結婚した友達が最近ね?電話よこして・・・そろそろいい人見つけた?なんて言ってくるの。勝手よね。」


「・・・・・・・・・そ~・・・れは・・・・俺は、紹介するに足らんガキだってことかぁ・・・」


「え!!!?違うわよ!!だからっ・・・結婚を見据えた相手をちゃんと探してるの?みたいな、よくあるプレッシャーよ?下らないじゃないそういうの・・・。私結婚とか考えたことないし・・・。後10年はみっちりデザイナーとして精進したいもん。」


「ふぅん・・・。」


「は・・・春あの・・・別に貴方と将来的なこと考えずに、遊びで付き合ってますって言ってるわけじゃないからね?」


「わかってる。っていうか・・・話だいぶずれたな・・・」


「そうね!・・・えと・・・」


「人として魅力的ってのがどういうことか・・・だっけ。」


「うん・・・。春はどう思う?」


カランと溶けて音を立てる氷を眺めて、若干結露したグラスを口元に運んだ。

頭の中で、自分と関わって意見を交わしてきた人たちを思い返す。


「俺は・・・自分自身が譲れないと思えることに、熱意を注げる人だと思う。」


「・・・熱意・・・」


「ん・・・菫もそうだし・・・。俺が尊敬してた、華道家の時田桜花や、身近な友人でも、好きな相手を大事にしたいっていう熱意を持ってたり、自分の好きなことや、特技を磨くために部活動に励んでる人もいる。夢中になれることとか、没頭できることを突き詰めてると、試行錯誤を繰り返すことだと思うから、自分の在り方を見つめ直すことでもあるし、周りに影響されたり、参考にして視野を広げたり・・・自分が変わるきっかけを何度も得ることになると思う。それがおのずと『人としての魅力』に繋がるんじゃないか?・・・と俺は思う・・・。」


話し終わると、菫は感嘆の声を漏らして頷いた。


「うん・・・そうね、確かに・・・。・・・・生け花を見た時から感じてたけど・・・春は年齢に見合わず聡明な人ね。」


「・・・・・捉え方はそれぞれだから・・・まぁ・・・そう思うなら別に・・・」


「ふふ・・・。」


人との関わり合いの中で、意見や答えを照らし合わせることは、思考を巡らせるきっかけだ。

俺と菫は、お互い興味深い相手だと思い合えて、あれこれ思想を打ち明けた。

言葉足らずな俺の意見を、彼女は頷いては微笑んで、言い表せない部分もくみ取ってくれる。

こう感じているんだろうな・・・と、お互いを理解しようとしていた。


「春と話してると時間が早く過ぎるなぁ・・・」


「・・・さっき風呂湧いた音してたよな。」


「あ!そうだった!入ろっか♡」


着替えを抱えていそいそと浴室に向かう背中を追った。


「・・・服よりゴム買っといてほしかったな・・・」


「え?なあに?」


「・・・何でもねぇし・・・」



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