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第51話

誰かに何か影響を与える作品というのは、プロがもたらす力であり仕事で、自分には出来ないと思い込んでいた。

けれど思い返せば、コンテストに出場していた中学生の頃から、金賞や優秀賞を受賞していたこと自体、誰かの感性に触れ評価されたという点では、周りに影響を与えていたことになるのかもしれない。

現に図書館で会った須藤先輩は、俺のコンテストでの作品を見て、色々と思うところがあったようだし、技術力向上のために奮闘するきっかけになったんだろう。

ある意味そんな当然のことを、俺はあまり自覚なく生け花を作っていた。


「・・・俺はつくづく、自分のためにしか華道をしてこなかったな・・・」


少しずつその実を緑から赤へと、変化させてきたミニトマトを、今日もボーっと眺めた。

オレンジ色が降りて薄暗くなってきたベランダの外は、近くの木々からいつもけたたましいセミの鳴き声がしていたものだけど、8月も終わりを迎える頃になれば、住宅街では珍しいひぐらしの声が聞こえ始めていた。


本来なら今くらいが定時だけど、菫は今日も残業か・・・?


スマホを見るも、特にメッセージはないようだ。

以前コンビニ前でナンパされていたこともそうだけど、あまりに帰りが遅くなるのは心配だった。

週末を一緒に過ごしてから数日経過しているけど、出来上がったワンピースの納品もあるようで、多忙なのか連絡はこない。

過保護気味かもしれないが、気になりだすと気が気じゃなくなる。

もちろん特定の誰かに対して、こんなに心配だとモヤモヤしたことはない。

毎日毎日しつこくやり取りするのは違うと思うが、心配なのを押し殺して我慢するのもまた違う気がする。

とりあえず思い立ったし、残業の有無くらい聞いてみよう。


何となく寝室で寝ころびながらテレビをつけると、どうやらこれから天気は崩れると雷雨の予報が出ている。

ふと菫と洋菓子店の前で、二人して雨宿りしたときのことを思い出す。

あれくらいの大雨となると、なかなか帰ってくるのが難しくなりそうだ。

ソワソワした気持ちを抱えて、雨雲模様を説明する気象予報士の話に耳を傾けていると、スマホから通知音がした。

どうやら菫は会社の人たちとこれから飲みに行くらしい。

帰りが心配だったので、とりあえず天気が崩れることを伝えて注意を促した。

了解する旨の返信スタンプが、花束を抱えたよくわからないアニメのキャラだ。


そのうち外はどんどん暗くなってきて、文字通り暗雲が立ち込めてきた。

雷も遠くから鳴りだして、時々稲光が見え始める。

洗濯物を取り終えて、ベランダの植物を非難させ、雨戸を閉めるとスマホが鳴った。


「もしもし?」

「あ、桐谷悪い急に・・・。今家いる?」

「久しぶり。いるよ。」


飲みに行って以来会っていなかった西田は、相変わらず遠慮がちに切り出した。


「あのさ、出かけてて今帰りなんだけど・・・この後雷雨の予報じゃんか。うぉ・・・光った・・・。俺傘持ってなくてさ、電車遅延するかもだし、桐谷んちの近くにいるから・・・そのぉ・・・雨宿りさせてもらってもいい?」

「ああ、別にいいよ。」

「サンキュ、もう着くから。」

「ん。」


短い会話を終えて、体を起こしてリビングのテーブルを片付けていると、インターホンが鳴った。

雷が鳴り響く中玄関ドアを開けると、西田の後ろで灰色の空からポツっと雨が落ちたのが見えた。


「お疲れ、急にごめんな。」


「おお、どうぞ。」


西田が靴を脱いで玄関に上がると、途端に外から雨音が聞こえてきて、みるみるうちに激しさを増していった。


「うわ・・・めっちゃタイミング良かった・・・。やべぇな。」


「ああ・・・雨戸も閉めて正解だったわ。」


そのうち建物が壊れるんじゃないかと思うくらいの豪雨になってきて、お茶を出されてソファについた西田も、ポカンと窓の方を見る。


「ん~・・・どんくらいで止むかなぁ。」


隣に座って同じくスマホで予報を眺めた。


「まぁ・・・小一時間くらいは降るかもなぁ。」


「・・・そうみたいだなぁ・・・。ゆっくりしてて大丈夫?予定は?」


「ねぇよ。最近は就活のあれこれでバイトも減らしてるしな。」


「あ、そうなんだ。俺も結構色々調べてさ~・・・企業説明会とか行く予定立ててる。」


「ふぅん・・・。つーか言ってる間に旅行じゃん。」


「そうだな。・・・まさか忘れて予定入れてねぇよな?」


「さすがに入れてねぇよ。」


数日後に4人で行く小旅行を思い出した。

スケジュール管理しているから他の予定は入れてないにしろ、準備はしていなかったので、明日以降久しぶりに買い物に行かないといけない。


「なんかさぁ・・・就活のあれこれと、バイトとって考えてると意外と時間ねぇよなぁ・・・。」


「時間は捻出するもんなんだよ。」


「ふふ・・・まぁそうですけど~。俺桐谷程テキパキしてないんで~・・・ついついゲームしたり動画観たりするもんで~。」


体を伸ばしてだらける西田が、重い頭を肩に乗せてくる。

雨音がやかましくて、ゆっくりしていても何だか落ち着かない。


「・・・何さっきから・・・スマホチラチラ見て。どした?」


「菫が・・・。あぁでも飲みに行ってんなら帰る頃は雨止んでるか・・・」


「すみれ?何、バイト先の花心配してんの?」


そう言われて思わず笑みが漏れた。


「え・・・何なに・・・桐谷が珍しくニヤニヤしてんじゃん。俺そんな変なこと言った?」


からかうように俺を覗き込む西田に、呆れてため息を漏らした。


「・・・面白い誤解を生んだなと思っただけだ。菫は・・・俺の彼女・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


瞬きもせず硬直する西田。


「・・・・あ?だから恋人の名前だっつってんだろ。藤川 菫って名前なんだよ。まぁでも・・・ちょっと改めて考えると面白いよな。苗字も名前も春の花って。」


「いやちょ・・・・・ちょっと待って・・・・。え?恋人?桐谷の?え?・・・・・ん???」


「・・・俺を何だと思ってたんだお前は・・・。人間とは付き合わねぇ宇宙人かなんかだと思ってたんか?」


「いや・・・ふふ・・・んなわけねぇけど・・・・。えぇ?そう・・・・・そっか・・・・・。あ・・・・・もしかしてさ、前飲みに行った時、バイト先迎えに行ったろ?その時話してたお姉さん・・・?」


「・・・ああ、そうだな。お前よく覚えてんな、そんなこと。」


「・・・はは、何となく覚えてたわ。・・・・へぇ・・・年上っぽかったけど・・・相手何歳?」


「あ~~・・・25だな。」


「へぇ・・・・。ほ~ん・・・・へぇ・・・」


次第に西田はニヤァと口元を持ち上げて俺を見た。

その時ばかりは整った顔立ちが歪んで、お世辞にもイケメンとは言えない。


「咲夜と翔に報告じゃんか~~。旅行の時めっちゃビックリする二人見れるじゃんか~。ウケるわ~~~。」


「ウケんなボケ。お前はどうなんだよ。前は何も変わりねぇっつってたけど・・・お前だってどうせ恋人出来ただろ。」


「え・・・」


わかりやすく図星の反応を示す西田を睨むように見た。


「何でわかんの?」


「・・・知らねぇ。わかんだよ。」


「ふぅん・・・・。でもさあれだよ・・・。俺さ、今更言うことでもないかもしんないけど、結構桐谷のこと引きずってたんだよこれでも。」


「・・・んなもん言わんでもわかってるわ。」


「あらぁ・・・それもバレてんだ。」


鳴りやまない雨音がする窓を見て、西田は足を組んでため息をついた。


「佐伯さんと一緒に過ごしててさ・・・ああ、俺この子のこと好きだなぁって思って・・・。ついこないだ告白して、付き合うことんなった。でもさ、俺も佐伯さんも似た者同士でさ、叶わなかった恋を引きずっててさ・・・でもそれでも一緒にいたいって思えたから・・・。なんかさ・・・リサと一緒にいると自然とニヤニヤしちゃうんだよねぇ。」


「そうか。どうでもいいわ。」


「はい、辛辣~~~聞いたの桐谷じゃんか。」


「出来たんだろ、とは言ったけど、詮索してねぇ。」


「あ~~っそ!ふふ・・・まぁあれだな・・・お互い同時期くらいに彼女出来たわけだな・・・。な、桐谷・・・」


「あ?」


西田は頬杖をついて、ニヤリと口元を持ち上げたまま俺の顔を覗き込んだ。


「ホントに俺のこと何とも思ってなかった?」


「・・・・」


西田の質問の意図を、俺は推しはかることが出来ず、西田と過ごしていた時間と、その後の自分を思い返すことにした。


「・・・・お前もわかってると思うけど、俺は恋愛の『れ』の字も知らずに生きてきたんだ。少し何か思うところがあったとしても、それが何なのかなんて気づきやしないし、俺が今菫に対して抱くような、心配やモヤモヤ、他の男が触れると感じる怒りを、お前に対して思ってたことがない。」


「・・・あ~そっかぁ。そんならまぁ・・・そうだよなぁ。」


「つーか俺一回言ったけど、お前を好きだと思うことはないって。」


「ぐっさぁ、そうでしたぁ。」


「お前佐伯さんに言いつけるからな。」


「何をぉ!?」


「俺に色目使ったって。」


「ちょお・・・・・違う・・・ってぇ・・・・。いや違わないんかな・・・ごめん、そうじゃなくて、桐谷が、今思えば・・・ってわかることあるかなぁって思っただけなんだよ、他意はねぇの。勘弁してマジで・・・リサには言わないで。」


「傷つけることが怖いくせに、目移りなんてすんな。他意はなくても、さっきの質問はお前の隙だぞ。」


「すいませんでした・・・。」


「それに女ってのは男の浮ついた気持ちとかにすぐ気が付くもんだろ。俺が告げ口しなくても、お前がふわふわしてたら佐伯さんは不安がると思うぞ。」


「何でさぁ・・・恋愛したことないくせに、そういう的確なアドバイス出来んだよぉ・・・。もう隙見せたりしません、誓います。」


「俺に誓うな気持ちわりぃ。」


苦笑いを返す西田に、一発パンチを入れていると、またスマホが鳴った。


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