第50話
目が覚めて薄っすら瞼を持ち上げると、彼女の茅色と錆色が混じった髪が目に入った。
「おはよ。」
先に目覚めて俺を眺めてたらしい彼女が、また一段と愛おしそうに微笑む。
「可愛い寝顔にずっと癒されてた♡」
「・・・じゃあ今度は俺より先に起きんな。」
「うふふ、そうね。代わりばんこだと平等ね。」
待つように目を閉じる彼女に、軽くキスを落として体を持ち上げた。
まだボーっとする脳を起こそうにも、なかなか起動せず枕元の時計を見ると、ちょうど午前8時だった。
「・・・無理だわぁ・・・。昨日のなんかが残ってる・・・・無理。」
溶けるようにまたベッドに横たわると、菫はせっせと下着を履いて俺の頭を撫でた。
「お休みなんだから好きなだけ寝てていいよ?」
下から見上げるように見えた彼女が、下着姿なこともあって思わず凝視した。
「・・・どうしたの?」
「・・・・あのさ・・・」
「ん?」
「・・・今度無防備なカッコで出歩いたらキレるからな。」
「んふふ、わかってるよ。」
「後・・・・・・・・」
「なあに?」
「・・・んでもねぇ・・・」
「・・・んふふ・・・」
菫は察したように笑いをこらえながら、また俺の隣に潜り込んだ。
「ねぇ春・・・春は普段からファッション拘ってコーディネートしてる人?」
「ん~・・・ファッション誌を見るのは好きだけど・・・。着たいものを適当に買ってるから、拘ってるっていうのとは違うな。」
「そうなんだ・・・。」
菫は何かソワソワと視線を動かして、何かを言おうとしては躊躇った。
「なに・・・?」
「ん・・・えっとね?・・・春が持ってる私服、色々着て見せてほしいなぁって思っちゃって・・・」
彼女の視線のそれは、俺をモデルとして私服のファッションショーを期待する目だった。
「はぁ・・・まぁ・・・別にいいけど・・・」
「ホント?ありがとう。」
勢いよくまた起き上がる彼女は、さっと昨日俺が貸したTシャツとスエットを着直した。
服を着て見せるくらいなら造作もないことだけど、彼女はそれを見て何がしたいんだろう・・・
パンツを履いてクローゼットを開くと、菫は横からパッと覗いて洋服を手に取る。
「ふぅん・・・へぇ・・・ん~と・・・あ、これ素敵ね。花柄のシャツ。」
「あ~・・・ごくたまに着てる。夏場はちょっと暑い。」
「そっかそっか、生地が通気性ないもんね・・・。今時期はどういうのを着まわしてるの?」
「あ~・・・普通にこなへんの・・・シャツとか、Tシャツとか・・・ワイドパンツと合わせたり。」
「なるほど、涼しさ重視のナチュラルコーデでいいね。・・・春はぁ・・・」
彼女は眉をひそめてじーっと俺の顔を凝視した。
「パーソナルカラーはブルベ冬っぽいかも・・・。今ちょっと日焼けしてるだろうけど、きっと本来色白よね。うんうん、ハッキリした顔立ちだから色柄物も絶対似合う!あ、このストライプのシャツと~・・・こっちのタイト目なパンツ合わせてみて。」
「ん。」
その後何着か着替えて、作る物のイメージが固まって来たのか、彼女は満足した様子で息をついた。
「うんうん、ありがとう。ごめんね、ファッションショーさせちゃって。」
「別にいいよ。」
下だけ楽なスエットに履き替えると、彼女は少しボーっとした様子で俺を眺めた。
「・・・どうした?」
「・・・ううん・・・。」
菫は自信なさげに視線を落として首を振った。
彼女がいったい何を思っているのか、そんなことはいちいちわかりはしない。
ある程度気持ちを推し量っていればいい、という友人関係なら問題ないかもしれない。
ならどうする・・・。わからないなら調べ尽くして勉強してきた。
人の心理を学んできた。自分の人付き合いが100%正解ではないだろうけど、恋愛に関してもそれは同じだろう。
正解がないなら、相手を知るしかない。
「菫・・・」
洗面所で顔を洗った後、大人しくリビングのソファに座って、スマホを眺めていた彼女に声をかけた。
「・・・なあに?」
「・・・あ~・・・」
見切り発車で声をかけてしまって、相手を知るための質問に悩む。
「あぁ・・・そうだ・・・。一つ気になってたことあったわ・・・」
「ん?」
小首を傾げる彼女に、二人分お茶を淹れて隣に座った。
「ありがとう。・・・それで?」
「・・・あの日・・・心が折れたって言ってた、白いチューリップ買った日・・・何があったか聞きたい。」
女性に対してさして興味が湧かない自分が、ずっと心の隅で気になっていたことだった。
菫は真顔で少し黙ると、視線を泳がせてから気を遣うような笑みを見せた。
「・・・あのね・・・その・・・会社の直属の上司と、私ちょっと・・・セフレみたいな関係だったの。」
「・・・ほう・・・」
「・・・仕事が出来る人で、そんなに年変わらないのにかなり実績上げてる人でね・・・。憧れがあったんだけど、遊び人だって噂もあって、まぁいっかなぁって思ってて・・・。何となく付き合う感じになるかなぁって思ったけど・・・そんなつもりないってハッキリ言われて・・・。そんな感じね。」
終始歯切れ悪く説明する彼女は、話を端折ってはいるだろうし、苦い思い出でしかないのか、俺と目は合わせようとしなかった。
「・・・今は?」
「今は・・・そうねぇ・・・特に何でもないというか、関係が切れてからしばらく経つけど、お互い忙しいこともあって、業務的なやり取りはあっても、何か個人的にどうとかはないね。」
ため息を落として、菫はやっと落ち着いた笑顔で俺の頬に触れた。
「ある意味・・・貴方がくれた生け花で火が付いたから、それをきっかけに没頭出来て、忘れられたのかもしれない。」
「・・・それは・・・良かったのか?菫にとって」
「もちろん。」
その時ばかりは真っすぐ見つめ返す彼女が、どれだけ服飾デザイナーを誇りとしているかがわかる。
「もっと・・・目の前で見たくなったもの・・・。貴方の作品。」
「・・・・そ・・・。」
心の中で、彼女が作ったワンピースを思い出した。
「学祭で・・・広報部の展示に協力することになって、そこで出すんだ。」
「・・・え!そうなの?」
「ああ・・・。だからちょっと・・・寝室で練習したい。」
菫は目を見張って子供のように何か、ワクワクしたような堪えたような笑みを見せた。
「見学しててもいい?それから・・・学祭・・・私行っても大丈夫?」
「あぁ・・・まぁ・・・・たぶん・・・」
「・・・たぶん?」
「いや・・・・・・・何となく恥ずかしいだろ・・・」
「そうなの?別にいつも通りにしてていいよ?私は周りに失礼のないようにしてるから。話す余裕がないなら展示を見るだけでもいいし。」
どうにも引き下がりそうにない彼女は、もう今から楽しみでならないという顔をしている。
「まぁ、いいけど・・・」
グラスのお茶をまた一口飲んで、寝室で仕舞っていた花材を取り出す。
「・・・プレッシャーがあったりする?」
器に剣山を置くと、目の前に正座した彼女が静かに尋ねた。
「プレッシャー・・・?ないな。俺はプロとして作るわけじゃないし・・・俺の作品が何か、誰かに影響をもたらすわけでもないしな。」
「・・・そう?春にとっては、自分自身に影響があることじゃない?それに・・・貴方がくれた何気ない作品が、私に大いに影響したじゃない。自由に見学出来る学祭なら、誰が何を感じ取るかわからないよ?」
自分では思いもしなかった意見を、彼女から差し出されて、思わず返答に困った。
そんなこと今まで考えもしなかった。




