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第5話

俺の持ちかけた話に困惑した後、西田は少しの間考えを巡らせるように黙っていた。


「あのさ・・・その話に乗って了承してもさ・・・その・・・周りには誰にも言わないでほしいんだけど・・・」


「ああ、別にいいよ。そもそも俺はお前らと居ても自分の話なんてしねぇよ。」


「まぁ・・・。」


「けどまぁ、翔と咲夜は気付くと思うぞ。」


「ああ・・・わかってる。伊達に1年から一緒にいないし・・・あいつら二人とも人の変化に敏感だからなぁ。」


「お前もな。」


一口コーヒーを飲むと、西田も苦笑いを落として同じくカップに口をつけた。


「てかさ、付き合ったとしてさ、桐谷は何か得があんの?俺の悪い癖を強制的に治そうとしてくれてるだけ?」


「得かぁ・・・。まぁ強いて言えば、西田がもうちょっと世の中生きやすくなってくれりゃ、まどろっこしいなぁってイラつくことは無くなるかもな。」


「はは・・・そうなんだ・・・。え、もしかしなくとも俺結構桐谷にイラっとさせてたの?」


「あ~そういうとこ。過ぎたことを振り返るとことか。嫌になってんならそもそも友達付き合いは続けてねぇ。」


「そうですね・・・。」


「けどまぁ・・・西田はこういう男女付き合いがしたいっていう理想がちゃんとあるようだし、それにそもそも当てはまらないことは時間の無駄なんじゃねぇかって思うなら、俺の提案は意味を成さないな。」


西田はまた少し考え込んで、コーヒーをじーっと見つめていた。


「いや・・・そういう枠にはめた付き合い方しか考えてないのも、良くないかなぁとは思うんだよね。俺は桐谷のことは普通に好きだし、キスしてみたいなっていうのはさ・・・ちょっとはそういう感情があんのかもしんない。色んなことを考えすぎて感情がごちゃついてて、何がどうっていう明確な答えがあんまり自分の中になくて。だからさ、桐谷と付き合ってみて、俺がパートナーに対して気兼ねなく曝け出せるようになるっていうのは、確かにリハビリになるなぁとは思う。・・・俺さ、喧嘩とかもしたくない派で・・・感情的に我儘言ったりとかも出来ないからさ・・・」


「ほ~・・・。んじゃあ感情的になる練習かぁ。まぁ・・・提案はしたけど俺はどっちでもいいし、お前の答えとか考え方に任せるし、適当にしたらいいわ。」


ゴクリとまたコーヒーを飲むと、砂糖は入れたのになんか甘さが足りない気もした。

西田はボーっと隣にいる俺を見つめて、組んだ足の上に頬杖をついた。


「俺さ・・・桐谷と話してると結構楽しいんだよ。俺が思いもつかない考え方とか言い方するし・・・想像してなかった発想で話を広げたり、物事に対する興味が湧いたりするし・・・。そういう桐谷と、もう少し近くにいたいっていう意味で・・・付き合いたいって思っても・・・大丈夫?」


「ああ、いいんじゃね?」


西田は恥ずかしそうに視線を逸らせてから、複雑そうな表情を向けて、そっと俺の長い前髪に触れた。


「桐谷・・・人の目に触れたら気持ち悪いと思うから隠してるって言ってたけど・・・俺は綺麗だと思うな。周りのことを気にしない桐谷がさ、何で周りのために隠してんの?」


口元を持ち上げると、西田は俺の頬や瞼にキスを落とした。


「ふん・・・まぁ大まかな理由とすれば、いちいち原因を聞かれるのが面倒だからだな。」


「そっか・・・なるほど。じゃあさ・・・あ~・・・やっぱいいや・・・。」


「何がいいんだよ」


「いやいい。余計なことを言いそうになっただけ。てか・・・そろそろ帰るわ。」


日も落ちようかと言う時間になって、カーテンから漏れたオレンジ色がだんだんと薄暗くなっていた。


「ん、おつかれ。」


「・・・マジでほんと結構気疲れしたわ。映画は面白かった。ありがとな。」


「おう。・・・あ、ちょっと待て。」


思い立って寝室に入って、自宅の鍵を引き出しから取り出した。


「合鍵やる。」


西田はなんとなしに受け取って、それをじっと見た。


「・・・何で?」


「何で・・・?まぁ来たい時に来たらいいんじゃね?ってことで。別に俺がいない時でも待っていたかったら。」


かつて同棲していた西田からしたら、合鍵というのはなかなかダメージがぶり返すものだろう。

だが知ったこっちゃない。それくらい自分で乗り越えろと思うくらいだ。

西田は黙ってそれを鞄に入れた。


「ありがと。・・・ちなみにさ、先に帰ってた場合、勝手に飯とか作ってたら・・・引く?」


「いや引かねぇけど・・・。」


こいつどんだけ気ぃ遣いなんだ・・・。


「そっか・・・わかった。」


「お前もうちょっと浅ましく、厚かましく生きろよ。」


西田は今度は少し嬉しそうに笑った。


「んじゃあ厚かましく、帰り際にキスとかするわ。」


そう言うと少し腰を折ってキスをして、じゃあなと爽やかな笑顔で去って行った。


西田が異様に気遣いをするのは、恐らく俺が分かりにくくて感情を推し量れないからだろうけど・・・

実験しているのはこっちの方で、利用されてるつもりはもちろんない。

西田みたいな純真無垢な奴が面白い。


「俺は俺で暇つぶしなんだろうか・・・」


正直付き合うということに興味もなければ、それに伴うであろうその他にも興味がない。

けど別れたことにあそこまで落ち込んで、頭が良くて要領がいいにも関わらず、苦しんでいる西田を見ていると、もうちょっと楽天的になれよと思ってしまった。

人の気質はそう簡単には変えられない。

きっと西田は俺と付き合ってしばらく時間を共にしても、特に変わらない友人関係を楽しむか、恋人らしいことをしても、愛情を感じさせない俺につらくなるだけだろう。

だからこそ「少しの間」と言っておいた。

自分から曝け出すことや、愛情がどういうものなのか、俺への興味や、同性愛に対する意見とか、西田は自分が知らなかった何かを知るかもしれない。


あるいは・・・俺は俺自身を変えたいのかもしれない。


人間観察が好きで思想家ぶってる自分じゃなく、俺もまた『若者』を演じたいのかもしれない。


「ふふ・・・」


カーテンを少し開けて、真っ暗闇に包まれた住宅街を覗いた。

妙に曇天模様が続いている。


ああそうか・・・俺は、どうなるかわからない状態のものが好きなのかもしれない・・・。



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