第48話
人付き合いの中で、気付かされ、自覚させられることは多い。
例えば咲夜も西田も翔も、俺がどれほど適当な物言いをしても、俺がぶっきらぼうな対応をしていても、俺のことを優しくていい奴だと思っているらしい。
彼らなりの解釈で感じているんだろうけど、ハッキリ言って俺は、俺みたいなやつがもう一人いたとして、あまり友達になりたいとは思わない・・・。
交友関係とは違って、恋愛関係における恋人との付き合いは、まったくの別物のように思える。
周りから話を聞く限りでは、友人関係の延長で恋人になったという話も聞くが、それはそもそもお互いをきちんと恋愛対象として見て、関わっているからだと思う。
対して俺はどうかというと・・・
藤川さんに対して、何かハッキリと特別な感情を抱いていたわけじゃない。
人それぞれパターンはあるだろうから、別にどういうきっかけで発展しようがいいのかもしれないが、俺が懸念しているのは、自分のせいで彼女に不快な思いをさせないかということだ。
明言出来るわけじゃないが、あらゆる面において・・・。
その日は帰りが21時を過ぎそうだと、連絡してきていた仕事終わりの彼女を迎えに行って、家まで送ってきていた。
「上がっていく?」
ニコリと微笑んで言う彼女に、一瞬戸惑った。
「・・・ああ・・・うん。」
かと言って断る理由が思いつかないから、了承して玄関に足を踏み入れる。
彼女は何気なく仕事の話をしながら、少ししおれてきたと心配そうにスミレの花を俺に見せた。
「しょうがないな・・・元々季節外れの花だから。」
「そっかぁ・・・そうよねぇ・・・。」
残念そうにする彼女を見ると、何故かまたモヤっとする。というか何かソワソワしてしまう。
「・・・どうしたの?」
妙な顔をしていたのを心配されたのか、彼女は小首を傾げた。
「いや・・・・・・・何でも・・・」
棘のある花でも扱うように、慎重になっている自分がいる。
客観的に見て藤川さんは美人だと思うが、咲夜のような目立つ女性ではない。
職業柄髪型もファッションも気を遣っているみたいだが、本人は服作り以上に感心があることはないようだった。
「藤川さんは・・・自分が着たいと思う服を作ってんの?」
淹れてもらったコーヒーに口をつけながら尋ねると、部屋着姿で寛ぐ彼女は、膝を抱えてソファに座ったまま、テレビに向けていた視線をこちらに送った。
「ん~・・・ちょっと違うかなぁ・・・。確かに昔は着たい物は自分で作っちゃえばいいんだ!って思って作ってた時もあるんだけど・・・。今は着るために作る、じゃなくて・・・洋服の方にしか意識が向いてないから・・・自分の表現を出し切りたいと思って投影してる感じ。」
「なるほど・・・。まぁでも・・・何となくわかるな。」
「そうでしょ?ふふ・・・桐谷さんの作品は・・・あ、あのね?貴方の昔の作品をネットでいくつか拝見したの。」
そう言われてギクっと心臓が跳ねた。
「何というか・・・感情をぶつけてる!って感じの作品が多かったように思うわ。でも・・・私にくれたスミレの生け花はそんな感じじゃないし・・・成長していくにつれて、表現の幅が広がってるのね、きっと。」
長い髪を垂らして甘えるように見つめる彼女に、褒められたことの恥ずかしさが湧いて、ゴクリと喉を鳴らすのみで、何も言い返せなかった。
「うふふ・・・照れてる?」
ああ、また可愛いという言葉が透けて見える・・・
そう思った矢先、彼女はそっと顔を寄せてキスした。
うるさく心音が体の中で響いて、彼女に自分を可愛いなどと思わせたくなくて、けどそのために非情に振舞おうにも出来ない。
唇がそっと離れると、まだ彼女から強請るような視線が返ってきて、そのまま奪うようにキスを繰り返しながら、勢いのまま押し倒した。
衝動を押し込んで離れると、尚も彼女は抱きしめていた腕を伸ばして見つめ返す。
「・・・やめちゃうの?」
「・・・・もう遅いし帰る。」
「帰っちゃうの?」
細い眉を下げて見つめ返す彼女に、またぐっと喉がつっかえて言葉を返せなくなる。
近所だし帰る時間に困ることはないけど、何も言えず座りなおすと、彼女もくっつくように座った。
「もしかして、朝早く予定あったりする?」
「いや・・・何も。」
「そう。土曜日だし私も休みでゆっくり出来るなぁ・・・。桐谷さんは今夏休みよね。」
「ん・・・」
肩にもたれた頭の重さを愛おしく感じて、無意識にキスを落とした。
その時ハッとなって、ベランダに置きっぱなしにしているミニトマトを思い出す。
「水やりしてないな・・・」
「・・・水やり?」
「ん・・・ベランダで育ててるミニトマトに。」
「へぇ!トマトいいね。好きなの?」
「いや、好きというか・・・一方には手をかけて愛情かけて育てて、一方には変わった事せずに育てたら、どういう変化が起きるだろうなと思って実験してるんだ。」
「へぇ・・・何だか夏休みの自由研究みたいで面白そうね。愛情かけるって・・・どういう風にしてるの?」
「あ?あ~・・・音楽聞かせたりとか、話しかけたりとか・・・まぁあんま独り言いうの得意じゃねぇけど。」
「うふふ、そうなんだぁ・・・。私にも愛情かけて育ててくれる?」
彼女はそう言いながら細い指でスリスリ俺の頬を撫でた。
チラっと左目で彼女に視線を合わせると、ニコニコ愛おしそうに眺めてくる。
それを見ると思わず頬が緩みそうになって、誤魔化すように立ち上がった。
「あ・・・桐谷さん、帰るなら私コンビニ行きたいし途中まで一緒に行っていい?」
「・・・ああ。」
それから二人して家を出て、適当な部屋着のままの彼女が少し心配になった。
「・・・足出してると虫にさされるぞ。」
「あ~・・・ん~大丈夫、すぐに戻るし、そんなに遠くないから。」
何食わぬ顔で施錠して手を取って歩き出すので、そのまま徒歩数分のコンビニに向かった。
やがて夜道の先で、煌々と昼間の明るさを放つのが見えて、店の前に到着する頃、彼女のポケットから音がした。
「あ・・・ごめん、後輩から電話が・・・まだ残業してるのかな。桐谷さん気を付けて帰ってね。」
頷いて店先で通話する彼女をチラっと見やりながら、少し歩いて横断歩道で待つ間、また彼女を振り返ると、ちょうど通話を終えたらしい彼女が、若い男数人に声をかけられていた。
キョトンとした彼女は二、三言葉を返してコンビニに入ろうとしていたけど、あろうことか男は藤川さんの手首を掴んだ。
反射的に引き返すと、ニタニタ笑みを浮かべる男たちは、露になった彼女の太ももを撫でたり、肩を抱いたりしている。
「ちょっと離して!・・・あ、桐谷さ・・・」
彼女の腕を掴んで引くと、粋がった虫けらが何かいちゃもんをつけるので睨み返した。
「ちょ~今俺らがお姉さんと話してんじゃん、何きみ。」
「人の女に触んな。」
イライラして彼女がコンビニに用があることも忘れて、そのまま手を引いて自分のうちへと向かった。
コンビニの灯りを背に二人して歩いて、虫けらはそれ以上干渉してこなかったので、強引に彼女の手を引いていく。
「・・・桐谷さん・・・ありがとう。」
「・・・・虫がつくって言ったろ。」
「ふふ・・・そうね、ごめんなさい、不用意だった。」
「・・・愛情かけて育てる前に、虫がつかないように四六時中見てなきゃいけねぇのか?」
「ふふ・・・。植物と違ってハーブの香り纏っても、私には意味なさそうね。・・・ところでどこに向かってるの?」
「・・・コンビニなら反対方向の、俺んちの近くに一軒ある。」
「そうなんだ、ありがとう。ちょっとね?公共料金の支払いをしたかったの、昼間忘れちゃってて。」
「あっそ・・・。つーか送ってくのめんどくせぇし俺んち泊れば。」
半歩後ろを歩いていた彼女は、指を絡めてそっと俺の顔を覗いた。
「・・・なに?」
「ふふ・・・さっきあんなに恥ずかしがってたのに、自分のおうちには誘うんだなぁと思って。」
意地の悪い言い方をする彼女が、内心嬉しそうにしているのがわかって、俺はまた言い返そうにも言葉が出てこなかった。