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第46話

何か飲み物を買って行くべきかと悩んで、近所のコンビニのドリンクコーナーの前で立ち往生していた。

気を利かせて酒とか買って行った方がいいんだろうか。

一人で考えても埒が明かないので、俺は藤川さんにメッセージを入れた。

するとすぐ返信がきて、自分は大丈夫だから飲みたい物があれば買ってきてもいいと言われた。

俺はとりあえずお茶のペットボトルを取って会計し、彼女のマンションを目指した。


「いらっしゃい、ごめんね?お呼びだてしちゃって。」


「いえ、お疲れ様です。」


自分のうちと同じくらいの広さのリビングへ通され、カレーの香りがするキッチンに目を向ける。


「バイトから帰ってきたばっかりだもんね?お腹空いてると思うから先に食べよっか。」


「・・・はい」


妙な状況だな・・・。


洗面所を借りて手を洗い、落ち着かない気持ちを抱えながら辺りを見渡す。

綺麗に掃除された洗面所と、近くに風呂場があり洗濯機があり・・・よく片付いているというか、あまり生活感がないような気もした。


戻るとダイニングテーブルにきちんと用意されたカレーとスプーン、サラダが置かれていた。

可愛らしいランチョンマットが敷かれていて、スプーンの柄が花のデザインだった。


「遠慮しないでたくさん食べてね?多めに作ってあるから。」


エプロンを外して、微笑みながら向かいに座る彼女に、少し自分の母親を思い出した。


「ありがとうございます・・・。」


藤川さんは尚も子供のようにニコニコしながらスプーンを取って、「いただきます」と手を合わせた。

それに倣ってスプーンを手に取り、カレーを口に運ぶ。


「ん、美味しい。やっぱり中辛がちょうどいいなぁ。桐谷さんお口に合う?」


「はい。美味いです。」


その後彼女は会社での他愛ない話や、服作りのための話を色々と聞かせてくれた。

型紙を作るところから始める際、頭の中にあるイメージを全部出しきりたくて徹夜で作業したらしい。


「私ね・・・いっつもアイディアを出す時とか、会議の時とか、自分のイメージを伝える時、最近全然自信がなくて、堂々と作れなかったの・・・。でも今回は祭典に出すものだし、新人からベテランまで一人で作る物だからね?段取りや周りの人を気にせず作れたっていうのもあるんだけど・・・何より自分から湧いたものを、どう予算内に納めてどう工夫して、どう表現してって1から考えることが楽しくて仕方なくて・・・。何度も頭の中で桐谷さんがくれたスミレを思い返しながら・・・あ、もちろん傷まないようにちゃんとお世話はしてるけどね?眺めてるとず~っと見ちゃうから、焼き付いた脳内のものを再生しながら作ってたの。」


「そうなんですか。」


やがて二人とも食べ終わって、彼女は静かにスプーンを置いた。


「本当にありがとう。作ってて楽しいっていう気持ちと、誰かにこういうことを伝えたいっていう自分の表現を、限界まで追求できた時間だった。・・・例えこれが上司や企業にどういう評価を下されても、私何にも気にならないわ。本当に・・・・本当に貴重な時間だったの。これからもっと頑張ろうって思えたし、活力が湧いたの。」


藤川さんは少し涙ぐんでそう言うと、立ち上がって奥の部屋へ歩いた。


「桐谷さん、来て。」


後に続いてそっと部屋へ入ると、目に入ったのはトルソーにかけられた、鮮やかな青色のワンピースだった。


「どうかな・・・?結構細部まで拘ってるの。そこまでお金がかからないようにはしてるんだけど、安っぽく見えないようにも気を付けたわ。」


彼女の体形と同じくらいのサイズで、少しスカートがフレアに広がったデザインだった。

青い生地の上で、スミレはまるで蝶が舞うように描かれている。

腰元から下は、ぐるりとスカートを巡るように、絵本のように風景が続いていた。

胸元は上品なパールを模したボタンとレース、色も全体のデザインのバランスも絶妙だ。


「すごい・・・」


目の前にあるそれを、誇らしげに見せる彼女をチラリと見た。


「・・・藤川さん・・・これは貴女が着れるサイズですか?」


「えっ・・・ええ、まぁ・・・平均的な女性の身長サイズで作ってるから・・・私も着れるとは思うけど・・・」


「着てもらえないですか?」


「・・・・・ええ・・・わかった。」


彼女は少し不思議そうな顔をして、俺が部屋から出ると着替え始めた。

胸の中で、何か煮えたぎるような震えるようなソワソワしたような、そんな感覚を抑えていた。


「桐谷さん、どうぞ。」


再び戸を開けて入室すると、やはり彼女の髪の色にも合ったワンピースは、夏らしい半そでスタイルでただただ完成された美しさだった。

何よりとても彼女に似合っていた。

俺が黙って見つめていると、次第に藤川さんは不安そうな顔をして視線を落とした。


「あの・・・どうかした?」


「・・・いえ・・・その・・・」


自分の中にある気持ちが、確かな嫉妬心だと気づいた。

彼女の限界値を目指した作品は、120%楽しんだ気持ちと、それを超えるメッセージ性と表現力だった。


「悔しい・・・悔しいんです・・・。俺にはそう出来ないから・・・。」


俺はいつもどこか、生け花を作りながら、追い詰められるような駆り立てられるような気持ちで表現し続けてきた。

ひたすらに手を伸ばすような、届けと願いながら、汗をにじませて叫ぶような・・・

舞い上がって飛んでいく蝶には、自力では届かないのに。


ハッと顔を上げると、じっと見上げる彼女が目の前にいた。


「・・・桐谷さんを悔しいって思わせる程、私上手く出来たの?・・・・私・・・作りながらホントは・・・ほんの少しの不安はあったの。でも迷わなかった。貴方がくれたスミレの生け花があったから。私はもっとやれるって思わせてくれたから。」


「・・・ふ・・・皮肉ですね。俺が背中押したのに、才能に嫉妬する羽目になるなんて・・・」


藤川さんはまた穏やかに微笑んで、情けなくモヤモヤした俺の頬に触れた。


「桐谷さん、あのね?・・・才能以外にも、貴方にいっぱい魅力があると思うの。誰しもそうかもしれないけど・・・。表面に滲み出ること以外にも、貴方の奥底にあるエネルギーとか、表現力とか・・・愛情とか。」


「・・・・愛情・・・?」


無縁に思える言葉に、思わず嘲笑が漏れた。


「うん。花を愛してるでしょ?それに・・・大事に思ってるお友達とか、家族とか・・・。」


愛してるという感覚を、自分の中でつかめていないのに、彼女は簡単にそれが何かわかってるようだった。

それどころか、俺の中にあるものまで・・・


「藤川さん・・・」


「ん?」


そっと離れる彼女の片手を掴んだ。


「愛してるとか・・・好きだとか・・・人に対してそう思ってると、どうやったら解るんですか?」


「ん~・・・・真摯な気持ちを向けられた時、心が震えたり、自分も同じ気持ちを返したいと思った時かな。」


自分の表現力を軽々と超えて見せた彼女が、優しい笑顔を向けて、俺に真っすぐ感謝を抱いている様子に、言い知れない何かを感じた。


「・・・好きです。」


「・・・・・・え?」


安っぽい言葉を放って、そっと彼女にキスした。

触れるだけですぐに離れると、真っ赤な顔でわずかに震える彼女を、可愛らしいと思ってしまった。

そのまま何度か重ねて深くなって、息をつくようにまた離れると、自分の心の中は何故か、先生に手を伸ばされたあの時のように、複雑で暗い海に突き落とされた感覚を覚えた。

黙って突っ立っている俺に、彼女はそっと腕を回して抱きしめる。


「・・・・どうしよ・・・私・・・変かも・・・」


藤川さんは俺の手を引いて、リビングのソファへ戻った。


「・・・何ですか?」


「・・・・何ですかじゃないの・・・。こっちのセリフなんだけどそれ・・・」


「・・・すみませんでした。」


彼女はキョロキョロさせていた瞳で、また俺を見上げると、今度はそっと自分から唇を重ねた。


「・・・ふふ・・・何をどう言っていいのかわかんない・・・あ、とりあえずその・・・他人行儀だから敬語で話すのやめてほしい・・・かなぁ?」


「わかった・・・。」


照れくさそうに髪を耳にかけて、彼女は俺の手をそっと握った。


「・・・手を繋ぐだけでもちょっとドキマギしちゃうの。なのに・・・いきなりキスしたのよ?その・・・他に何か・・・ううん別にその・・・期待してたわけじゃないからね?ただ服を見てもらって、出来れば気に入ってほしいなって思ってたくらいで・・・下心でうちへ呼んだわけじゃないから。」


「わかってる。・・・言い訳になるけど、俺も下心があって来たわけじゃない。」


「そうよね・・・ふふ。」


大きく深呼吸した彼女は、また真っすぐ見据えて言った。


「私ね?余談なんだけど・・・『好きです、付き合ってください!』みたいなこと言われるの・・・ちょっと苦手なの・・・。期待を押し付けられてるみたいで・・・」


「あ~・・・俺も嫌いだな・・・。いやでも・・・さっき言ったのも同じようなもんか・・・?」


「ふふ・・・じゃあ・・・言い直してほしいな~?」


慣れないことに言葉を選びながら、少し困っている彼女が、一生懸命会話していることが伝わった。


「・・・ん・・・じゃあ・・・」


考えたこともないセリフを、思い浮かべようと思うと、自分が思っていた以上に苦労するものだ。


「・・・俺の女になれ?」


「・・・疑問形・・・?ふふ・・・」


藤川さんは声を上げて笑い出して、少女のような笑顔に、不思議とまた心惹かれる自分に気付く。


「ふふ・・・あ~もう・・・お腹痛い・・・ふふ・・・。じゃあ・・・桐谷さんの恋人になろうかなぁ・・・?」


「ふ・・・どうぞ、ご自由に。」


「ふふ、誰かを可愛いってこんなに思ったことないなぁ。きっともっと可愛いところ隠してるんでしょうね。」


「かわ・・・・・?」


「桐谷さん、自分で自分のイメージを作ってるんじゃない?でもきっと親しいお友達は、貴方の可愛いところとか、拙いところ知ってると思うけど・・・。私も見たいなぁって思っちゃった。」


思わぬ考え方にピンとこずに思い返したけど、もしかして西田とかはそう思ってることあったのか?

そう思うとなんか癪だ。



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