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第45話

盆が明けた週末、花屋の2階でフラワーアレンジメント教室が開催された。

まぁ開催という程大がかりなものではないけど、店長が知り合いの伝手でかき集めてきた客は、意外と人数がいて3日間に分けて行われた。

花材は売れ残りそうな夏の花を中心に集めて、子供でも作れるような小さな花束を、水を含んだスポンジに刺していく。

いわば西洋風の生け花のようなものだが、小さいものであれば場所をとらないし、こちらとしても準備物は少なく、店に余っているものを使って楽しむことが出来る。

急遽開催することになった教室としては、立派な数の生徒数を確保出来ているので、そこはさすが店長の営業力と言えようか、暑い夏店の売り上げが振るわない時期のイベントとして功を奏した。


「桐谷せんせ~」


小学生に呼ばれて、親御さんと花束作りに奮闘する様子を眺める。


「・・・もうちょっとボリュームを持たせたいなら、こっちのジニアを使った方がいいかもな。」


「あ~!かわい~!ピンクがい~!」


「先生すいませ~ん」


「はい」


店長と部屋中をウロウロしながら、まるで子供たちの自由研究を手伝っているような形で時間が過ぎた。


店長 「はい、じゃあ今日はここまでとします。皆さん今日は、お暑い中お越しいただいてありがとうございました。」


店長が締めくくると、元気な子供たちは親と手を繋いで花束や花器を持ち、一様に嬉しそうにしながら帰って行く。


「どう?桐谷くん、こういうのもたまにはいいでしょ。」


「・・・そっすね。意外と子供らが皆真剣に作ってて興味深かったです。」


道具を片付けながらいると、5、6歳くらいの小さな女の子が側にやって来て、俺のエプロンをそっと引っ張った。


「ん?・・・どうした?」


俺がしゃがむと、その子は後ろ手に隠していた、折り紙に包まれた小さな花束を差し出した。


「・・・桐谷せんせぇにあげる・・・」


花に視線を落として、恥ずかしそうに上目遣いする顔を見ると、ニコリと笑ってもじもじしだした。


「ありがとう。もらっていいのか?」


「うん・・・ママと作ったのもう一つあるから・・・。せんせぇ大きくなったら何になるの?」


大きくなったら・・・


子供らしいその質問に、即答できないことを少し悲しく思い、その子にわかりやすく返せる答えがないことに気付く。


「まだ考えてる途中だな・・・」


「そうなんだぁ。」


その子はまた照れくさそうにしながら、今度店に行くことを約束して帰って行った。


「・・・小さい子の初恋キラーだなぁ桐谷くんはぁ・・・」


「え・・・・・・。」


確かに受け取った花に込められた小さな好意を、そういう受け取り方にも出来るとは思わなかった。


その日の帰り道、もうすぐ家に着くという頃、珍しく翔から着信がきた。


「もしもし。」

「あ、桐谷悪い急に、今大丈夫?」

「ああ、バイト帰りでもうすぐ家に着くくらいだけど・・・どうした?」

「あ、そうなんだ。あのさ、今ゼミの奴らと飲んでるんだけど、その内の一人が桐谷に連絡先聞きたいけど勇気無くて、今ちょっと話したいって言ってんだけど・・・代わってもいい?」

「・・・?ああ・・・いいぞ。」


どういうことだと思いながら自宅マンションに着き、エレベーターを待つ間、耳元では翔が知人に話しかけて、受け取った側が離れた場所に少し移動したのがわかった。


「あ、あの・・・突然ごめんなさい。」

「・・・はい、どちらさまですか。」

「あ・・・同じ学部で同じく3年の、野田と言います。」

「はぁ・・・どういった用件ですか。」

「えっと・・・あの・・・1年の時から・・・桐谷くんのこと見てました・・・。好きです・・・良かったら・・・お友達になってほしいです・・・!」


好きです・・・・??


「・・・失礼ですが・・・俺と会話したことある人ですか?」

「・・・いえ・・・挨拶程度で、あんまり・・・」

「・・・じゃあ何で好きだと・・・?」

「えと・・・お顔とか雰囲気とか・・・話し方とか声とか・・・」


チーンとエレベーターが自宅の階層に到着して、野田さんとやらの言い分に一気に不快感と嫌悪感が湧いてくる。


「悪いけど・・・俺はよく知りもしないのに、顔だの雰囲気だの好きだと言ってくる奴が嫌いだ。確かにそれはきっかけだし、友達になりたいという気持ちは否定しない。けど俺個人の感覚として、見た目が好きだと言われることが嫌なんだ。申し訳ないけど、関わりたくない。」

「・・・・・・あ・・・・はい・・・・すみませんでした・・・。」


しばらくしてスマホを返されたであろう翔の声が届いた。


「桐谷、野田さん絶望した顔で帰ってきたけど・・・何話したの?」

「・・・不快極まりない告白をされた。」

「え、そなの?」

「・・・翔、これはお前が親しい友人だから言うけど・・・二度と俺に好意を持った奴のために電話をかけて来ないでくれ。」

「うえぇえ・・・了解しましたぁ。ごめんなぁ?」

「お前は何も悪くない。・・・それじゃ。」


玄関を開けてため息をついた。


人の好意がよくわからない・・・。顔が好みだとかいう理由だけで関わりを持って、そいつがとんだチャラ男で騙されて遊ばれるだとか、そういうことは考えないんだろうか。


世の中にはそういう奴は五万といるし、何だったらほいほいついて行って、犯罪に巻き込まれることもあるだろう。

大学内ではよからぬ連中もいて、宗教や組織に勧誘するような仕事をしている奴もいる。

交友関係を広げることは悪いことではないにしろ、よく知りもしない相手に好意を寄せて、その先にある危険性を考えなさすぎてる気がした。

似通った感覚や感性を共有して、仲良くなるならまだしも・・・会話すらしたことないのに好きってなんだ・・・?


ソファに体を預けて手足を伸ばす。


まぁでも人を好きになる理由を否定するのはよくないか・・・。


スマホを充電しようとまた手に取ると、通知音が鳴った。

開いてみると、これまた珍しいことに、連絡先を交換してから一度もやり取りしていなかった藤川さんからだ。

そこにはシンプルに「ワンピースの試作品が完成したから、是非見てほしいんだけど、近々来れる日はある?」と書かれていた。

思わず少し口角が上がる。

人の作品を見れる・・・それは俺にとって久方ぶりなことで、いい刺激になる機会だ。

気になった個展や美術館などには、近場であれば気軽に足を運ぶものだけど、最近は自分の生け花の練習ばかりだった。

返信する画面を開いて、直近で空いてる時間帯を指定した。

するとすぐに既読が付いて、「今は何してる?」と返事が来る。

バイト帰りでこれから夕飯であることを返信すると、次は電話がかかってきた。


「もしもし」

「あ、桐谷さんお疲れ様、ごめんね、突然。」

「いえ・・・急な電話はさっきもあったので。」

「あら、そうなの?これからお友達と飲みに行くとか?」

「いえ・・・・なんというか、あまり関係ないよくわからない話をされただけでした。」

「ふふ、そうなの?じゃあ・・・夕飯にはいい時間じゃない?私今日はカレーを多めに作ったから、良かったら食べに来ない?」

「・・・カレー・・・」

「あれ、カレー苦手?」

「いえ・・・・」


どうしたもんか・・・。

目的はワンピースだとは思うけど、友人関係かどうかも微妙な女性の部屋に、堂々とご馳走になりに行ってもいいもんなんだろうか。


「遠慮しなくていいのよ?きっかけをもらって完成出来たんだもん、お礼をしたい気持ちでいっぱいだったの。そこまで料理に自信があるわけじゃないんだけど、レシピ通りにしか作らないし、カレーは失敗しないわ。」

「そうですか・・・。じゃあまぁ・・・向かいます。」

「ええ、待ってるね。」


弾んだ声に待ちきれない様子を感じた。

電話を切ってソファからまた立ち上がり、財布とスマホをポケットに突っ込んで家を出た。


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