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第43話

蒸し暑い中帰路について、やっとたどり着いた玄関のドアを開ける。

まともに酒を飲んだのは久しぶりだったからか、バイトの疲労もあったからか、体は無性に睡魔に襲われていた。


シャワーはもう朝でいいか・・・ああ・・・水やりしねぇと・・・


俺にとってシャワーは体を洗い流すことだが、植物にとっては水は必要不可欠であり食事だ。

欠伸をしながらじょうろに水を入れて、ベランダを開けた。


「はぁ・・・。今日はジャズでも聞かせるかぁ・・・。」


別々の植木鉢のミニトマトに水をやり、洗濯物を入れながら片方のトマトには音楽を聞かせる。

苗から育ててはいるが、今のところ目立った違いは見られない。

害虫避けに買っていたハーブが役に立っているのか、葉っぱは傷むことなく済んでいる。


俺には生き物を飼うという感覚がいまいちわからない。

幼い頃から厳しい作法を叩きこまれて成長したからか、一緒に遊んで交流するペットというのは無縁だった。

翔は犬を飼っているらしく、たまに兄弟の話をするように聞かせてくる。

西田は子供の頃に猫を飼っていたらしい。あまり人懐っこくなく、ドライな関係だったとか。

咲夜は俺と似たようなところがあり、家柄のこともあってか、望んで自由に生き物を飼うという感覚は持ち合わせていないようだった。

中学生の頃からほぼ一人暮らしの状態であったみたいだが、それでもペットを飼おうという思考にはならなかったとか。

俺自身、世話がかかるペットいうのは面倒に感じるし、そもそも命を軽々しく飼うつもりもない。

手塩にかけて育てる植物くらいが、そもそもちょうどいいもので、意思疎通が必要とされる生き物は苦手だ。


そんなことを頭の中で考えているうちに、その日はいつの間にかソファで寝入ってしまっていた。


植物や動物、人間とコミュニケーションを重ねることによって、何が生まれてくるものなのか。

俺が華道を続けながら花を前にして、時々考えていたことだった。

人間関係が希薄であったせいで、そこにどういう意味合いがあるのか迷走していたのかもしれない。

物事をあらゆる視点から俯瞰で考え、一つの自分の答えを見出すためには、一理ある・・・と思える様々な見解を見聞きすることだと思う。

だがあらゆる人間一人一人の意見を、短期間でいっぺんに伺うことは出来ない。

小鳥遊のように不躾に質問を投げかけながら、走り回る精神は持ち合わせていないし、情報を求める際は決まって図書室に向かうものだった。


夏休みが始まる少し前だったか・・・講義を終えて空きコマの時間帯、日の影った本棚の一角で、その日も何かひっかかるものがないか眺めていた。


「あれ・・・桐谷先輩?」


ふと声をかけられて目を向けると、茶髪で少し髪が長めの青年がニコリと俺を見つめた。


「髪の毛、切ったんすか?・・・かっけぇ・・・。」


記憶の中で覚えもなく名前も浮かばないので、特に気にせず適当な心理学の本を手に取った。


「え・・・またシカト・・・」


静かに近くのテーブルに腰かけてページをめくる。

すると続いてそいつも隣に座った。


「・・・先輩って文学青年なんすか?それとも心理学に興味あるんすか?」


「心理学についての書籍を文学とは分類しない。・・・何度か会った気がするから、名前を聞いてやるよ。」


「ふ・・・武井です。法学部1年です。」


「そうか。何で俺に声かけるんだ?」


「・・・惹かれるんです。先輩みたいな魅力的な人に。」


「・・・何をもってして魅力的だと?」


右隣に座られたので、わざわざ顔を向けると、武井と名乗ったそいつは、頬杖をついて微笑む。


「見た目だけでわかんねぇだろっつー話ですよね?でも人間フィーリングっていうもんあるじゃないすか。先輩はね、溢れ出てます魅力が。これでもかっつーくらい、お顔とか雰囲気とか・・・オーラあるんすよ。」


「・・・はぁ・・・。まぁ感じ方はそれぞれだからな・・・。じゃあ相手にしてほしかったら、気を引けるようなことやってみせろ。」


「ん~・・・」


また本の文章に目を落とすと、相手の思考が読み取れる表情の変化について書かれていた。

こなへんは昔結構理解するために読んだ内容だな・・・。


「僭越ながら・・・先輩のことちょ~っと調べたんすよ俺。検索したらめっちゃ出てきたんで・・・。なんか・・・素人の俺が見てもすごい生け花だなぁって思うようなもんばっかで・・・。正直なんつーか圧倒されました。俺なんか芸術作品手掛けるような趣味も特技もないし、スポーツ観戦が好きなくらいで・・・。先輩は自分の世界を表現することが好きな人なんすか?」


「・・・お前の話し方が少し不快だ。敬語は正しく使え。漫画やアニメの後輩キャラじゃねぇんだぞ。馴れ馴れしくしたいならため口で話せ、別に俺は気にしない。どちらかハッキリしろ。」


「わかった、じゃあ普通に話す。・・・桐谷さんが見てる世界を俺も見たいなぁって思っちゃったなぁって・・・。どうしたら同じ目線に立てんの?桐谷さんが同じ世界を共有してくれたら、俺たぶん完全に惚れちゃうなぁ。」


その時ふと、西田のことを思い出した。

俺の膝枕に寝ころびながら、甘えた表情で手を伸ばした時のことを。


「お前は、誰かに惚れたくてたまたま俺に声かけたのか?」


「いや、というより・・・フィーリングって言ったじゃん。惹かれたからもっと知りたいって思って聞いてる。まぁ・・・わざわざ好きになりに行ってるって言われたらそうかもしれないけど・・・。俺は他人に興味持つのが好きで、色んな話を聞くのが好きでさ・・・知らない話を聞くのが好きなんだよ。」


空調の効いた図書室で、その日はまったく人気がなく、まるで二人きり取り残されたような静けさだった。


「・・・ふん・・・。俺は今のところお前の話を聞いても興味が湧かない。残念だな。」


「そっかぁ・・・。また声かけてもいい?」


甘えるように俺の顔を覗く武井は、よくよく見るとますますチャラくて、女にモテそうな顔立ちであるのはわかる。


「さして親しくもない人間から、こうもわざとらしく色目を使われるといかに不快か理解した。一つだけ言っておくけど、俺は見た目のことを言われるのが心底嫌いだ。俺の顔を見てニヤニヤするのをやめろ、次に何か言ってみろ、指の一本でも折ってやるからな。」


「・・・う・・・わかりました・・・。」


また手元に視線を戻すと、武井は静かに続けた。


「先輩は・・・他人と自分は理解し合えない存在だって思ってる?」


「・・・理解というのがどこまでかによる。己が孤高の存在だとは思ってない。」


「じゃあ・・・先輩はいったい何のために生け花やってたの?」


「・・・何故それをお前に言う必要が?」


「・・・何で俺が知りたがるのかは、きっと後からわかるよ。」


改めて目を合わせたそいつは、先ほどと変わらぬ笑みを浮かべながら、少し眠たげに目を細めた。


「もったいぶるなら俺も教える義理はないな。」


「だって後から明かした方が絶対面白いし、先輩は俺に興味持ってくれるかなぁって思ったんだよ。」


疑似餌で興味を誘う後輩か・・・


「先輩は生け花以外も出来ること多いの?例えば・・・絵画とか・・・音楽とか。」


「・・・それらを見聞きするのは好きだが、やろうとしたことはない。」


「ほ~・・・きっと出来んだろうなぁ・・・。そういう人はさ、器用だし・・・。」


途端に宙に絵を描くように掴むことをやめて話して、薄暗い図書室の空間を睨むように頬杖を突いたまま、自分から俺の興味を引く行為をやめたので、気にせずまた文章に視線を落とした。


それからどれ程そうしていたかわからないが、半分ほどまで読み終えたところで、長机に突っ伏していたそいつは、すっかり寝入ってしまっていた。

まだ空き時間は残っているけど、隣で寝られていると思うとどうにも集中出来なかったので、静かにテーブルを移動した。



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