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第40話

彼女はそれから何度も「素敵ね、綺麗ね」と言いながら生け花を眺めた。


「私・・・無知で申し訳ないんだけど、生け花って剣山に刺してお花を生けるだけのものだと思ってたの。こうやって好きなものを花瓶にして生けてもいいのね。」


「そうですね。・・・ややこしいので説明省きますけど、投げ入れっていう様式もあるくらいで、その名の通り花瓶に投げ入れるようにした生け花もあります。」


「へぇ・・・。このグラスは桐谷さんのよね?使ってよかったの?」


「ええ、見ての通りヒビ入っててもう使えないんで・・・即席で申し訳ないですけど、器がなかったのでそれにしました。こじつけたら意味を感じなくもないですし。」


「・・・・・そうねぇ。」


彼女はまた、アルバムに収めた写真でも見るように愛おしそうな目をした。


スミレは確かにどこにでもある花だ。けど厳しい山岳でも花を咲かせる力がある。

この作品で彼女の底力に火が付いたとしたら、それは思惑通りとも言える。

ソファの隣に座った彼女をチラリと見ると、瞳の中に何か決意が漲っている気がした。


「ありがとう桐谷さん、お茶までいただいちゃって。今日は遅いしもうお暇するわ。」


「はい。・・・うちまで送ります。」


藤川さんはコクリと頷いて、そっとビニール袋に入れたスミレを持ち、二人で帰路についた。

マンションの前に着くと、藤川さんはぎゅっと袋の持ち手を握りしめて言った。


「ありがとう本当に。想像以上のものをいただいちゃって・・・。待っててね・・・桐谷さんを驚かせるものが作れるかはわからないけど、私が作れる限界値を追及して表現してみる。」


頷き返すと、彼女はまた一つ息をついて手を振った。


8月初頭、蒸し暑い夏は折り返し地点だ。

盆の時期を迎える前に、バイト先には仏花がたくさん入ってくる。

菊の花が細かく幾重にも花びらを広げて、カーネーションなどと合わさりながら厳粛な彩を見せる。

花の一つ一つの特性を調べたことはあったが、時期に応じて供え物として用いられる花たちの意味を、文化を掘り下げて調べたことはなかった。

もちろん花屋の店員として、こういう意味合いがあるからこの花と組み合わさって花束にされる、という知識はあっても、祖父母から日本文化をなぞらえて花の説明をされたことはないので、理解が浅いのは言うまでもない。

今まで考えもしなかったから店長から跡継ぎの話は断ったものの、そもそも俺は生け花の知識はそこそこでも、花屋としてはまだまだだ。


興味があることを将来の職種にしようとは思っていたけど、また受験前のように生け花から遠ざかった生活を送るようになれば、ますます俺にとって華道とはなんだったのかわからなくなる。


藤川さんは俺の作品を見て、趣味でやっているように見えないと言った。

確かに趣味という感覚でやったことはない。

かと言って時田桜花のように、芸術家、華道家として世界を股にかけるプロになりたいと思ったこともない。

言い換えるなら・・・そうだ、熱中し続けてきた遊び・・・だったのかもしれない。

何にせよ、華道は俺にとっては自己表現という域を出ず、自由で楽しいものだった。


ボーっと涼しいリビングで動画を見ながら、そんなことをあれこれ考えていると、徐にスマホから通知音が鳴った。

確認してみると、珍しくも小鳥遊からのメッセージだ。

そこにはシンプルな呼び出しを告げる内容で、俺の家の近くの図書館を指定していた。


なんだ・・・??


外に出るのは非常に億劫ではあるけど、じっとしていても体力が落ちるし、買い出しとバイト以外では閉じこもりがちだったので、仕方なく重い腰を上げた。

身支度を済ませて玄関のドアを開けると、昼過ぎに少し雨が降っていたこともあって、もわぁっとした重苦しい空気が立ち込める。


「うわぁ・・・クッソが・・・」


今はスッカリ晴れ間も見えて、入道雲がくっきりと遠くの方で浮かぶ。

日傘をさして陽炎の上を歩きながら、周囲と車に注意しながら向かった。

5分ほど歩いて、大きなガラス窓に太陽光が反射した図書館へ近づくと、駐車場や駐輪場が少し埋まっていて、夏休み中の子供が行き来する様子も見える。

息をついて日傘を畳み、タオルで汗を拭いながら中へ入ると、建物内の涼しい空気に、まるで水を得た魚のような気分になった。

自動ドアを抜けて辺りを見回しても小鳥遊が見当たらないので、少し開けた場所まで歩いて椅子に腰かけようとした。

その矢先、駆け付けてくる足音がして顔を上げた。


「桐谷くん!おつかれ~悪いね。」


いつもの眼鏡で小柄な小鳥遊と共に現れたのは、何やら少し眉をしかめて厳しい顔つきをした青年だった。

俺が軽く会釈すると、小鳥遊に並んでじっと俺を見つめた。


「ふぅん・・・かつてメディアで見た時より風貌が変わっておられるな。どうも、T大理工学部、そして華道部のOBでもある、須藤 すどういさみだ。」


「・・・桐谷 春です。」


「もちろん存じ上げている。今日はどうしても桐谷くんに聞きたい事があってね、わざわざ呼びつけてしまったこと申し訳ない。」


「はぁ・・・」


腕組みしてこちらをじっと見る須藤さんと俺の間に、小鳥遊はさっと割って入った。


「よしよし、一先ず挨拶は済んだし、席座ろうか。図書館だし、話すなら小声でね。」


「・・・いつもうるさいあんたに言われるのもなぁ。」


「言うと思ったよ。ま、私は引き合わせるまでが用事だから、これで失礼するね。」


そう言って小鳥遊はそそくさと去って行った。

本棚を横目にパソコンが置いてあるエリアも抜けて、建物の隅の方のテーブル席に須藤さんは腰かけた。


「それで、ご用件は?」


椅子を引きながら尋ねると、彼はまたまゆをピクリと動かした。


「・・・何となく察しているのでは?」


「・・・・・いえ・・・まったく。」


須藤さんは少し息をついて視線を落とした。


「やはり君は、華道の大会に出場していた頃から、根本は変わっていないみたいだ。・・・私も幾度となく子供の頃からコンテストに出ていたんだ。もちろん桐谷くんのことも見知っていた。君が審査員や世間から評価され、拍手喝采を浴びている影で、私のような努力し研鑽を重ねていた連中は、悔し涙を流していたもので、それと同時に同世代である君を尊敬していた。桐谷くんはいったいどういう気持ちでいつも花を生けていたんだろうと思いながら、伸ばしても届くはずない手を伸ばしながら、悪戦苦闘していたんだよ。」


目の前にいる彼は、苦虫を噛み潰したような笑みを落とした。


「・・・君が、小鳥遊の要望の元、学祭の展示に協力することになったと小耳に挟んでね。彼女は姑息で相手の弱味に付け入ることも辞さない奴で、君もそれに言いくるめられてしまったのだろうと思った。お家柄のこと以外で、君の隠された何かを暴いていたのだとしたら、君はそれを護るために依頼を受けたのではないかと・・・。類稀なる君の才能を裏付ける、秘訣や秘密があるのなら、それを知りたいと思ってしまったんだ。」


何をどう答えるべきかと思案していると、須藤さんは続けた。


「もちろん答えたくないということなら構わない。私の質問も望みも、君が受け入れる義務はないのだから。だがもし、答えてくれないのならばせめて聞きたい。・・・君は、どうしても手の届かない才能を目の前にしたとき・・・どうする?どう努力する?」


「・・・先輩は、華道家になる予定ですか?」


「・・・出来ればね。親も経験者であって、教室を持っているんで。」


頭の中で、時田先生の姿がちらついた。

色んな考えが巡っては、目の前の彼が求める答えがどれなのかもわからない。


「時田桜花が・・・何故か俺に用があるようで・・・作品を出す代わりに、時田先生に聞きたい事があるから引き受けました。」


人気のないテーブルの一角で、その名前だけで空気が変わったことが分かった。



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