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第4話

俺は人の顔が覚えられない。

覚えられた人間がいるとしたら、それは長い歳月をかけて記憶に定着させて人たちだ。

その人たちは例えば咲夜であり、西田であり、翔でもある。

相貌失認・・・とまではいかないが、それが幼い頃からそうなのか、事故以来なのか定かでない。


「お邪魔しま~す。」


同棲していた彼女と別れたらしい西田は、実家に戻って今はバイト代を自由に使うようになったと言っていた。

その日俺は配信開始されたばかりの映画が見たくて、同じくその話題に食いついた西田を自宅へ招いた。


「・・・桐谷んち来たの何気に初だわ・・・。そこそこ付き合い長いのにな。」


「そうだな・・・。まぁ翔も咲夜も来たことはねぇけど。」


「そうなんだ。え、大学入学したときから・・・一人暮らしだったっけ?」


「ああ、俺実家は横浜だ。」


「あ、そうなんだ!そうだっけ・・・聞いたことあったっけ・・・お前マジで自分の話しないからなぁ。」


西田からコンビニ袋を受け取って、飲み物を取り出した。


「別に聞きたければ何でも話すつもりでいるけどな。」


「へぇ?そうなの?」


西田は疑うような目を向けながらソファに腰を据えた。


「ああ、聞きたいこととかあるのか?もしくは聞いてほしいことでもあれば。」


「聞いてほしいことって?」


グラスに飲み物を注いで、ソファの前のテーブルに置いた。


「別れ話の後日談とか、もしくは愚痴とか?」


「あ~・・・」


隣に座ると、西田は頭をもたげながら少し考えを巡らせているようだった。

こいつのことだ・・・どうせ俺に気を遣わせてしまってるなぁとか考えてんだろ。


「話せることは特にないかな。ちゃんとお別れ出来たし、スッキリしてるよ。それもこれもお前らのおかげだけど。」


「俺ら?」


「うん・・・。咲夜に相談して事情聞いてもらって・・・桐谷に連れ出されて元気付けてもらって、こないだ自分の荷物全部取りに行った時は、車出してくれた翔に・・・最後にきちんとお別れ言えって背中押された。」


どうやら以前より吹っ切れた表情をしているのは、もう心残りがないからのようだ。


「もっと自分の周りにいる人を大事にしなきゃなって思ったよ。丁寧に日々を生きながら。」


「ふん・・・なかなか大学生と思えないセリフだな。」


「そ?じゃあ・・・大学生らしいセリフってなに?」


「そりゃあ・・・翔を見習えよ。合コンした~い、彼女ほし~~!講義だり~~!の三拍子よ。」


プロジェクターをつけながら言うと、久しぶりに西田が声を上げて笑っているのを見た。


「ははは!確かに!でもそれは翔らしさでもあるな。」


「・・・若者ってのはな、『若者』を一生懸命演じてんだよ、大多数が。」


リモコンをいじりながら、画面に映し出されたサムネを流し見る。


「若者を演じてる・・・?」


「日本人なんて特にそうだろ。誰かがこうしてるから、こうするのが大学生らしいんだとか、周りと合わせないと、とか・・・こういうことに興味あるのが普通だとか、世の中の流行や時代、長いものに巻かれながら、らしさを探して演じてる。またはそれを装って陶酔したり、他人を巻き込んだり傷つけたりしてる。俺が見てる若者っていうのはそういうもの。」


「・・・・そっかぁ・・・なるほどなぁ・・・。確かに・・・。まぁありのままの自分でいるのってさ、自分を全肯定してくれる人がいないと出来なかったりするしなぁ。」


何か物思いにふけるような表情をする西田が、少し気がかりではあったが、無事目当ての映画の配信を見つけ、二人で鑑賞した。

お互い目の前にあったジュースを飲み終えて、その後余韻に浸りながらあれこれ少しずつ語り合った。

そしてお互いつまみながらいた菓子も尽きようとしていた時、西田はポツリと言った。


「あのさ・・・聞きたいことあるんだけど」


「あ?」


西田は足を伸ばして背もたれに体をぐ~っと預けて、隣にいる俺の顔をじっと見て言った。


「例えばだけどさ、なんやかんやあって俺が桐谷のことを恋愛対象として好きになったとしたらさ、桐谷はどうする?」


「・・・はぁ・・・」


どうやら西田は大真面目に尋ねているようで、真顔で俺の返答を待っていた。


「ん~・・・特にどうともしねぇよ。」


「俺が好きだから付き合ってほしいって言ったら?」


「その時俺も好きだと思ってたとしたら付き合うとは思うが。そうじゃなく普通に友達意識だったら断るな。」


「ふぅん・・・そもそも桐谷の中でさ、俺を好きになる可能性ってあると思う?」


西田がどういう意図で聞いているのかはわからなかったが、そこは特に考えなくていい気がした。


「どうだろうなぁ。先の話になるからないとは言い切れない。誰にも分りえないことだろ?」


「そうだな・・・。じゃあさ・・・俺が一方的に桐谷に好きな気持ちをぶつけて、キスしたり・・・そういうことをしようとしたらどう感じる?」


「ん・・・さぁ・・・?友達だと思ってる相手とそういう経験がないから、わかんねぇな。」


「そっか・・・」


「・・・何のための問答だったんだ?」


「ん~・・・俺も俺自身の先のことはわかんないからさ、男の子を好きになる可能性ってあんのかなぁって思って。後、何でもそつなくいなす桐谷は、友達にそういうことされたらどう思うかって興味があった。」


「そうか・・・。まぁ何事も経験だし、未経験のことは一概にこうとは言えねぇわな。」


俺がそう言って残っていたチョコを口に入れて溶かしていると、西田も落とすように笑いながら何気なく言った。


「じゃあしてみる?」


「・・・何を?キスか?」


「まぁ手始めだとそうだな。」


西田が冗談半分なのか本気なのか、その表情で俺にはわからなかった。

特に気まずそうにしているわけでもなく、からかおうと思って言ってるわけでもなさそうだ。

俺を困らせてみたいとか、そういう興味本位でもないと思う。


「好きっていう気持ちがないと嫌?」


「いや別に・・・。まぁ・・・別にすることに嫌悪感は正直ないにしろ、しても俺は特に何も思わないと思うけど、それでもいいのか?」


「いいよ~?俺も友達とそういうことしたらどういう気持ちになるんかなっていう興味だし。」


鬱陶しい色目を使う奴からのキスなら嫌悪感だろうし、その場を切り抜けるためのキスだと、特に何とも思わない行為でもある。

俺は西田のことを友人として、人間として好きな部類ではあるし、嫌悪感を抱く部分は特にない。

西田は座りなおすように腰を俺の方へくっつけると、肩を抱くように腕を回した。


「していい?」


「ああ・・・」


何でもなく了承すると、西田はまたふっと真顔になって、俺の唇に目を落としてそっと重ねた。

触れるだけでそっと離れると、西田は口元を持ち上げて、女性相手に見せるような柔らかい笑みを浮かべた。


「もうちょっとしていい?」


「・・・いちいち聞くなよ。女にするときそんなこと言うのか?」


「桐谷は女じゃないし、意中の相手ってわけでもないから。友達が嫌がることはしたくないから聞いてんの。」


「はぁ・・・じゃあお前は俺が嫌がってるように見えるのか?西田の方が人と付き合った経験長いだろ、それくらい・・・」


俺が言い終わるより前に、今度は奪うようにキスされた。

片膝をついて座っていた俺を、抱き寄せて深く重ねながら、次第に押し倒すようにソファに寝かされた。

そして息をついて離れた時、西田は何とも言えない後悔に満ちた表情をした。

すると頭を俺の肩にポンと落として、脱力して言った。


「あ~~・・・・ごめん・・・・」


「は?」


「なんか桐谷を汚した気がして・・・」


「なんだそりゃ・・・」


西田はさっと起き上がって元通りに座って、軽くため息をついた。

俺も体を起こしてコーヒーでも淹れるかと立ち上がると、西田はなんとなしに呟いた。


「やっぱ好きだなぁって思ってないと、何とも思わないもんだなぁ・・・。」


「ふ・・・何だ、西田は俺のこと好きになりたかったのか?」


「いやぁ・・・好きは好きだよ?友達の中では十分特別な方だよ。でも俺も桐谷と同じく、何とも思わなかったなぁ・・・って。たぶん咲夜や翔にしても同じ。」


「あいつらは女好きだから、まず了承しねぇ。」


「はは!確かに。」


西田が一体何を気にして、何を確かめたかったのか定かでない。

インスタントの瓶に手をかけて、俺は脊髄反射で聞きたい事を聞くことにした。


「別れたダメージ引きずってんのか?」


すると西田は足を組んで座ったまま、チラっと俺を伺って視線を落とした。


「そうだよ~?・・・スッキリ話も出来て済んだことではあるけど、1年くらいはめちゃくちゃずっとピークで幸せだったから・・・何度も思い返しちゃうわけよ。ホントに結婚しようと思ってたし・・・。家に居てもどこに居ても、思い出しちゃうんだよ・・・。」


「ふぅん・・・それで別の誰かに惹かれないか試そうとしたのか。」


「・・・・・・そうかも・・・。実験体にしてごめん・・・。」


「っち・・・・いちいち謝る癖をまずやめろ。」


思わずイラっとしてそう言うと、西田は少し泣きそうな表情でキッチンにいる俺を見た。


「あのな、言葉にして謝るっていう行為は、明らかに相手を傷つけた時、失言をした時とか、迷惑かけた場合でいいんだよ。それ以外は自己満足な偽善が多分に含まれてんだよ。癖だから治りにくいってのはわかる。けど前も言ったけど、自分自身が変わらない限り、自分を変えてくれるような相手とは結び付かねぇだろ。寂しさを埋めるのが『何か』より『誰か』だって思ってんなら、自分の悪い部分をまず治せ。」


「・・・ん・・・わかった。」


「はぁ・・・」


叱られた子供のように小さくなる西田に、思わずため息が漏れた。

しょうがねぇ奴・・・

二人分のコーヒーを淹れて、またソファに腰かけて、項垂れた西田の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。


「おい、寂しがり屋。少しは翔や咲夜を見習って、自分らしさを赦すこと覚えろ。」


西田は垂れた前髪から片目だけを覗かせて、瞳をキョロキョロさせた。

それからまたそっとキスをして、弱々しく抱きついた。


「自分が気持ち悪いわ・・・。」


「・・・わかったこうしよう。」


俺が思いつくと西田はキョトンとして目を合わせた。


「何がわかったん?」


「特別に少しの間付き合ってやるよ。」


「え、何に??」


「だから・・・恋人ごっこしてやるって。んで、西田が自分から本気で好きになる相手が出来たら、適当に俺を振ればいいよ。正しい自分であろうとすること、相手を傷つけないために考えすぎる自分・・・自分が我慢してしまえばいいと思って気遣う癖・・・そんなもんを考えずに付き合って、いらなくなったらもういいって手放す。それが出来たら、少しは西田も変われたことになるな。」


淡々とそう述べると、西田は眉をひそめて困惑したようにため息をついた。


「いや・・・ダメだろ・・・そんな・・・。」


「往生際悪りぃなお前も・・・。キスした理由がほしいくせに。」


西田はわずかに手を震わせながら、口元を隠して目を逸らせた。


「物分かりが悪いから、お前の牙城を崩すために荒療治に出てんだよ。物は試しって言うだろ。全然その気がない男友達と付き合うってなったら、そりゃ周りはどんな目で見るかわかんねぇし、その後あっさり振ったとなりゃ、得体のしれない奴だと思われるかもな。まぁ翔や咲夜が掌返して友達やめるなんてことは俺はないと思うけど、その他の人間がどう思うかは知らないし、男と付き合うことで西田の中身がどう変化するのかも未知だ。賭けに出るというよりは、無謀な行為ではあるし、そもそも気が向かないなら話にならない。でもお前はまんざらでもないような気があんだろ?」


西田は次第にズルズルと体をソファに倒して顔を隠した。


「・・・俺のこと的確に読むのやめてくれよ・・・。桐谷をそんな利用の仕方するつもりないんだって。」


「そうだろうな。お前はいい奴だし。じゃあ・・・俺の悪魔の囁きにお前はどう返事すんだよ。別に戯言だと思って相手にしなくてもいいんだぞ。断るならお前が傷つかないように『冗談だって』って言ってやるよ。」


さながら林檎を差し出す蛇が如く、禁忌と言われたそれは知識であり経験で、悪魔に屈しようがしまいが、人間なんてものはどうせほっとけば堕落する。

自分が子供であることに嘆いている西田は、もがいても辿り着く場所がわからないから苦しんでいるように見えた。

物は考えようであって、正当化して自分を奮い立たせれば、失敗も成功に成りうることで

堕ちたことがないなら、試しに手を引いてやろうと思ったまでだった。



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