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第38話

それから夏休みまであっという間だった。

時々店で余った花材を持ち帰って家で生けて、残り少ない講義を受けてバイトをして、迎えた7月20日。

最後の講義を終えた後、隣に座っていた西田に声をかけられた。


「桐谷、来週翔たちと近くの祭り行くんだけど・・・一緒に行かない?」


聞けばちょうど一週間後に椎名さん、佐伯さんも含め4人で行く予定だとか。


「悪い、バイト入ってる。」


「あ~そっか・・・もっと早く言えばよかったな。・・・翔たちと予定がいくつかあるんだけど、桐谷とは旅行以外で遊びに行く予定なかったなぁと思ってさ。例の生け花の練習で忙しかったりする?」


「いや、そっちはもう本番用の見本が完成したから、後は自主練だ。」


「そうなんだ!さすがだな。・・・前みたいにさ、暑いから竹下通りにうまいもん食べに行く~ってのはちょっとしんどいと思うし、・・・どっか避暑地に遊びに行かね?」


「・・・・それは・・・二人きりでか?」


ペットボトルを煽る西田に問いかけると、一口飲んで「ん~」と視線を泳がせる。


「男二人でってのもあれだよなぁ・・・。かと言って咲夜は忙しいからもう予定取り付けられなさそうだし・・・。まぁ今から来月の話してもお互いバイトの都合あるだろうから、9月にどっか行かない?行きたいとこピックアップしとくし。」


「・・・で、結局二人で行くのか?」


「なんだよ・・・俺と二人じゃ出かけるのも嫌になった?」


お前と外を歩くと目立つ、と言いそうになって堪えた。

正直西田がわざわざ俺を単独で遊びに誘う理由はわからない。

けど何となく口ぶりからして、他の連中を誘いたくないという意思が伝わらなくもない。


「わかった。もう8月のシフトは提出してるし、9月の予定でならいいぞ。」


「オッケ、ありがとう。また連絡する。・・・じゃな。」


教室では生徒たちが、各々休暇の予定について話し合っていたり、騒ぎながら楽しそうに扉から出て行く。

エアコンが効いた教室から出て、人込みを避けるようにして階段を降り、まだ日も高い外へ出ると、立ち込めるような熱気が体にまとわりつく。

まるでサウナにでも入っているようだ。

日よけ用の眼鏡をかけて、駅までそこまで道のりはないけど、仕方なく折り畳み日傘を取り出す。

暑い空気の中呼吸しても、十分に酸素が入ってこない気さえした。

汗を流しながら何とか駅に着いて、日傘を畳みながら深いため息を落とすと、不意に声がかかった。


「桐谷先輩。」


振り向くとそこには柊くんと朝野くん二人が仲良く立っていた。

帰り道なんだろう、朝野くんは隣の柊くんをかばうように、大きな黒い日傘をさしていた。


「こんにちは。お疲れ様です。」


柊くんは俺の元に歩み寄って、丁寧にお辞儀した。


「ああ・・・お疲れ。法学部も今日までか?」


「はい。暑いですね・・・。先輩おうちまで結構遠いですか?」


「いや・・・電車で20分もかからないな。二人も気をつけろよ、俺大学でこないだ熱中症になってぶっ倒れたから・・・。」


「え!!そうなんですか・・・。俺たちも気を付けます。あの・・・飲み物お持ちじゃなかったら、さっき買ってまだ開けてないので、良かったら・・・」


柊くんはリュックを前に持ってきて、手早くお茶のペットボトルを取り出した。


「・・・いや・・・・」


大学を出る前に手持ちの飲料は飲み終えてしまったけど、何とも自分より小柄で虚弱そうな柊くんから受け取るのは気が引けた。

俺の遠慮した様子を見て、朝野くんが気を利かせて言った。


「先輩、俺たちもうマンションすぐそこなんですよ。水筒も持ってますし。」


「冷たいうちにどうぞ。」


「・・・ありがとう。」


駅構内でも買えるわけだけど、柊くんが向けてくれている気遣いを無碍にするのは後ろめたかった。

この子は何か・・・小さい子供相手にしてるような感覚にさせるな・・・。


二人と別れて改札を抜けてホームに降り、貰ったお茶をグビグビと喉に伝わせる。

ため息を落としながら、空気を入れるようにTシャツをパタパタさせた。

人もまばらなホームで電車を待っていると、ふとスーツを着た女性が目について、藤川さんを思い出した。

名前と職業以外の情報は知らないが、常連になってくれるのは嬉しいものだった。

同じく作品を生み出す者同士として、彼女からは何かまだ思い悩んでいる雰囲気を感じ取っているけど、そればっかりは自分の中で活路を見いだせない限り、納得いくものを作れはしないだろう。

とは言え俺はただの学生で、学際用に少し生け花を手掛けるアマチュア。

彼女はデザイナーの端くれとして、周りから学びながら仕事として作らなければいけない立場。

そもそもそこには大きな差がある。失敗してもさしてリスクのない俺と違い、彼女は周りの人達と一緒に仕事をしているだろうから・・・。


そう思うと・・・かかるプレッシャーも違うだろうな・・・。


そんなことを思いながら電車に乗り込み、悩ましい表情をした彼女を思い浮かべた。


その日もいつものようにバイトまでの時間、自宅で花を生けては写真を見直して考え込んでいた。

最後のチェックとして作ったものも、十分な出来だと思える。

活動報告と、大学の校風をアピールする場である展示で、各学生たちをイメージした作品は、自分の中のテーマとして「不完全な闘志」、を主軸としていた。

何者かになるために励んでいる学生たちを表現するためだ。

さながら映画の告知ポスターのように、中央から色んな花が広がっていくイメージで作っていた。

どこから見ても、どの花も主役に見えるように・・・けれどそれらはどこか物足りなく不完全。

二十歳そこそこの自分たちの未熟さ、青臭さもいい意味で表現出来たと思う。


スマホに映るそれを眺めながら、むしろこれ以上手を加えない方がいいのか?とも思った。

足りない部分を埋めるような再考は避けるべきか?

正解などないのに、結局は正解に辿り着こうとしてしまう。

何かもう一味・・・と思ってしまう。


短くなった髪の毛をかきあげて、一旦落ち着かない気持ちをため息とともに手放した。

その時スマホから通知音がして、店長から少し早出してくれないかという連絡が入った。

了承する旨を返信して、手早く身支度を済ませて家を出る。


「悪いね、桐谷くん。」


店に着くと、店長が事務作業をしながら俺に言った。


「いえ。なんかトラブルあったんすか?」


「いや、そうじゃないんだけどね。まぁ君に頼まれてた花材調達の取引先にも行ったりはしてて、ちょっと時間は押しちゃったんだけど・・・」


「ああ・・・すいません、仕事増やして。」


「いやなに、むしろ稼ぎが増えたんだからいいもんよ。・・・ところでねぇ桐谷くん」


「はい?」


荷物をロッカーにしまってエプロンをつけると、店長はシワの酔った頬をかきながら言った。


「ご存じかと思うけど、私子供が娘ばっかりでさ。」


「はぁ・・・」


「うちは父の代から花屋なわけだけど、跡継ぎいなくてさぁ。」


「あ~そうなんすね。」


「どう?桐谷くん。正社員なってうち継がない?」


唐突の提案に面食らったが、店長は「今日飲みに行かない?」みたいなテンションで言った。


「まぁでもあれかぁ・・・君国立大だもんなぁ・・・。せっかくいいとこ就職出来るのに花屋はないよねぇ。」


「・・・・・・まぁ・・・・。正直、こういう職種がいいなっていうのは定まってても、どこの企業がいいかとかまでは目星つけてるわけじゃないんです。目先のことに手一杯なこともありますけど、進路については、もう少し吟味したいなっていうのが、今の気持ちですね。」


「そうかそうかぁ・・・そうだよなぁ。ごめんね、忘れてちょうだい。後継のことは自分で何とかするよ。」


「はい・・・。すみません、ご期待に添えなくて。」


「いやいや、君は期待以上にやってくれてるよ。ありがとね。」


俺自身、これだと思えるものが見つからない限りは、無難な就職先を選ぶだろう。

やりたいことと仕事は分けることも出来る。

学祭で時田先生が、何を考えて俺に話をするつもりなのか聞けた暁には、ようよく人生設計を始めなければならない。


店の外、遠くの方で力尽きていくようなセミの鳴き声が聞こえた。

魂を捧げた生け花に、どういう気持ちの区切りをつけるのか、考えなければいけない時がくるだろう。


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