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第36話

「ふぅ・・・・。」


冷たい水を飲み干して、日の影った和室でやっと作業を終えた。

エアコンを設置出来ない代わりにと、障子窓の向こうに簾を下げて、サーキュレーターの裏には、氷が入ったペットボトルを設置していた。どれも小鳥遊のアイデアだ。

保冷庫から凍った飲み物を取り出して、スマホで連絡を入れる。

こうも暑い部屋にいると、スマホまで熱を帯びてくる始末で、オーバーヒートしないように風に当てた。

しばらくして小鳥遊と広報部の数名がやってきた。


「桐谷くん!おつかれ~~い!お!!すご~い!」


幼児のような反応を見せて、出来上がった生け花をじろじろと見る小鳥遊。

他の面々も感嘆の声を漏らして覗き込むように見た。


「運ぶぞ。実際教室に置いてバランスを確認したい。」


「オッケー!よし!男共!」


小鳥遊まで器を持とうとしたので、思わず割って入る。


「あんたはいい。俺が持つ。」


「オッケ!じゃあ先導して誘導するね!」


男3人で何とか展示する教室まで運び終え、その一仕事だけでも滝のような汗をかく。

中央に飾られた作品は、教室の広さと相応しく収まって計画通りだ。


小鳥遊 「ふむふむ・・・後は周りにこう・・・展示がこっちにこう・・・・んで~~こうなってふむ・・・良い感じじゃない?」


「うん・・・。大丈夫だろう。」


少し花の傾きをいじりながら角度を合わせると、小鳥遊が預けていた俺のペットボトルを差し出した。


「はい、お疲れ様だったね桐谷くん。予想以上に素晴らしいものに見えるよ。まぁ私は素人だからどこがどうっていう感想は言えないけど・・・。時田先生が喜んでくれるといいね。」


「・・・・小鳥遊、それは礼だ。飲め。」


「ほえ?礼??」


口を開けた小鳥のようなアホ面を向けられて、思わず苦笑した。


「世話になった。長らく作らなくなった理由は色々とあったが、また作品を手掛けるきっかけになったのはお前だ。だからこれからどうってことはないが、俺はあくまで協力者として、広報部の展示のために作った、時田桜花がどう思うかじゃない。そんなことはどうでもいい。」


また大きく息をついて、熱を含んだ髪の毛をかき上げた。


「ふふ~ん?じゃあありがたく受け取ろう。いいミッションをこなせたと言っていいのかな?」


「まだだ。あくまでリハーサルが上手くいったというだけだし。本番はまたその時に作るわけだからな。体調もメンタルも万全の状態だと、今以上のものは作れるだろう。」


「ほ~?これ以上のものを作っちゃうのか!」


「・・・人間ってのは進化してなきゃ意味ないんでな。」


普段使われていない教室は、全ての窓が開け放たれて、風がわずかに入ってくる。


「ふふん・・・桐谷くんあれだな~。そうやって優しく笑ってるだけだったらモテモテだろうになぁ。」


「・・・じゃあ、俺は用があるから失礼する。」


「んお!?おう、お疲れ~い。」


クソ暑い教室を後にして、和室まで荷物を取りに行った。

出来上がった作品はあらゆる角度から写真を撮っている。

これを見返しながら、また自宅で再試行、微調整といくか。

夏休みが近い。後は自己練だな。腕が鈍らないようにするしかない。


今日はそのままバイト先の近くにある美容室へ直行した。

到着すると、いつもの美容師が出迎えて言った。


「今年二回目?桐谷くん。」


「そっすね・・・。なんだかんだ半年来てなかったんで。」


「そうだよねぇ、どうりで伸びてるわけだ・・・。」


シャンプーの後、だいぶ色落ちした髪の毛を梳かしながら彼は言った。


「どうする?いつものグレーアッシュ?長さは?」


「いつもの感じでいいです。」


「そっか、オッケー。・・・前髪さぁ・・・余計なお世話かもしんないんだけど、右側伸ばさない方がカッコイイし自然だと思うよ。」


大きな鏡の中で櫛で持ち上げられると、薄い水色の右目が、見慣れていてもなかなかの違和感だ。

周りがどういう目で見るかはわかってるし、俺自身も見えてしまっていると、鏡に映る度に気が逸れるだろう。

まぁ隠していても聞かれるときは聞かれるが・・・。


「・・・・・じゃあまぁ・・・任せます。」


「そ?オッケー、カッコよくしちゃうから。」


何故人間はカッコよさに拘るんだろう。ある意味それがスタイルだからか?

生きていく上でカッコよくあることが、人生にどれだけ必要なんだろうか。

成人した今でも、他人の考えが分からないことは山ほどある。

むしろこれから社会にもまれて、考えが変わっていくのかもしれないが・・・。


数時間後、前髪も後ろ髪も短くなった自分が鏡の中にいた。


「はい、おつかれ~。どう?イケてるっしょ。」


「イケ・・てるんすかね。俺は一般的な感覚狂ってるんで、プロが言うならそうなんすよね。」


「はは!イケてますとも~!どっからどう見ても完璧よ!」


確かに鬱陶しさというか、暑さは明らかに感じなくなったと言える。

まぁ髪型なんてどうでもいいか・・・。

作品に全てを出し切ったせいか、ポロポロ頭からネジがこぼれ落ちるように諦めがついた。

その後バイト先に着いて、店長や他の従業員に髪型について賛否両論な意見を言われはしたが、適当にあしらって業務についた。

右側に前髪がなくなったので、わずかに光だけを感じる右目が、ボヤァっとした明るさだけを保っている。

いつも通り何かにぶつからないよう気を付けながら、その日も閉店まで働いていた。


1日の仕事を終えて、店先に置いている花を店内へ撤収させていると、カツカツとヒールの音が近づいてきて顔を上げた。

急いできたのか若干息を切らしながら、スーツ姿の女性がやってきた。


「はぁ・・・はぁ・・・今日はもう閉まっちゃうところよね・・・。」


「・・・ええ、21時までなので・・・。何かご購入されるものお決まりですか?それとも何かプレゼントのお受け取りですか?」


問いかけると女性は息を整えてから、立ち上がった俺をじっと見据えた。

そしてニコリと笑みを浮かべて言った。


「いいえ、また遅くまで残業しちゃったから・・・何となく癒されようと思って花を見に来たの。」


「そうですか、閉店作業しながらでいいなら、ご覧になっても結構ですよ。」


「本当?ありがとう、お邪魔するわ。」


少し汗をかきながら花を店内へ入れて、レジ締めをして掃除をした。

その間彼女は本当に店内の花を見て回っているだけで、時々しゃがみ込んだりしながら近くで観察していた。


「ねぇ、桐谷さん」


「はい。」


「お花、写真撮ってもいいかな。」


「・・・営業中は撮影禁止です。」


「あ、そうなの・・・」


「今はもう営業時間外なので・・・どうぞ。」


「ふふ、ありがとう。」


彼女は手早く目当ての物をいくつか撮影していた。

そのうち閉店作業を終えて、彼女に歩み寄った。


「すみません、そろそろ店のシャッター閉めたいので・・・」


「あ、そうよね、ごめんなさい」


彼女が立ち上がった矢先、静かな店内に空腹を知らせる音が響き渡った。


「・・・・・・・ご・・・ごめんなさい・・・。」


彼女は赤面してスマホを鞄にしまった。


「・・・藤川さん」


「・・・・え?」


「もう少し待てますか?この後時間があれば、こないだのお礼したいので、良ければどこか食べに行きませんか。」


彼女は少し恥ずかしそうにしながら了承した。


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