第33話
数日後、日程を合わせることが出来た後輩二人が、バイト先にやってきた。
店に入って二人はパッと会釈して、柊くんはワクワクした様子であちこちに視線をやった。
「わ~!すご~い!夕陽!お花いっぱいだよ!すごいね!」
別のお客の会計を済ませて俺の手が空くと、朝野くんは嬉しそうにする彼の手を取ってカウンターにやってきた。
「先輩お疲れ様です。お忙しい時にすみません。」
「いや、大丈夫だ。・・・何か二人が希望する花があれば、適当に合うもの見繕うから・・・」
カウンターから出ると、柊くんは以前と同じような、何か頼み事でもしたいような視線を送ってきた。
「あの・・・えっと・・・桐谷先輩あの・・・ほしい花は決まってるんだけど、その・・・俺と友達になってほしいです・・・。」
「・・・・???」
懇願する目に俺が小首を傾げていると、朝野くんが助け舟を出した。
「あ~あの・・・高津先輩の友達ならいい人なんだろうなぁって薫が・・・。薫は気軽に話せる友達が多い方ではないので・・・仲良くなりたいと思った人にとりあえずお願いしてみたい、と・・・」
「はぁ・・・そうか・・・。別に・・・構わないけど・・・。」
「あ、ありがとうございます。」
柊くんはパッと頭を下げて、次に顔を上げた時は、少し気まずそうにしながら、今度は周りの花について色々尋ね始めた。
いくつかお勧めや値段の差など教えていると、ふと朝野くんが言った。
「先輩は・・・どうしてまた花屋でバイトを?」
「・・・・専門知識が小さい頃からあって。それを活かせると思って花屋にしたんだ。」
「へぇ・・・」
詮索しようと思えば出来る話題だが、彼は俺があまり話したくないことを察したのか、それ以上問いかけなかった。
「二人は特別花に思い入れでもあるのか?」
何気なしに尋ねると、柊くんは鉢植えの花に、まるで赤ん坊にでも触れるようにそっと手を添えた。
柊 「実は・・・そこまで興味があったっていうわけじゃないんですが、最近は咲夜のお兄さんの、美咲さんのうちにハウスキーパーのバイトをさせてもらってたんです。そこで奥様がよく庭で園芸をなさっていて・・・色んな種類を育ててらっしゃって、お手伝いしているうちに興味が湧いて来たんです。」
「へぇ・・・そうだったのか・・・。」
「今は咲夜の婚約者の小夜香さんのうちへ、たまにお手伝いに行ってるんです。俺・・・精神疾患のこともあって、普通のバイトが難しいので・・・。知り合った繋がりで仕事を紹介してもらって。」
「なるほど。俺は咲夜とは大学に入ってからの友人だけど、こないだ彼女を連れて買いに来たし、美咲さんとも偶然外で会ったことはあるし、二人のことは色々咲夜から聞いていたから、俺の知り合いと、柊くんも知り合いっていうことになるな。」
「そうですね!そう思うとちょっと不思議な縁ですよね・・・。」
柊くんは少し気恥ずかしそうにはにかんだ。
「・・・それで、ほしいものは決まっていると言ってたけど・・・結局何にするんだ?」
俺が尋ねると、朝野くんはバラの一角を指さして言った。
「薫に赤いバラの花束を渡したいって思ってたんです。本数に意味があるって知って・・・まだあんまりたくさん買えないので・・・11本もらえますか?」
「ああ、なるほどな。わかった。」
バラの花11本の意味は、最愛。
もっと他の本数にも意味があったりする。何のためかはわからんが・・・。
ドライフラワーにするなら小輪のものがいいだろうと説明して、カウンターでまとめつつ加工していると、二人はそっと見守りながら時々静かに会話していた。
「・・・バラって結構値が張るんだから・・・たくさん買わなくていいんだよ?」
「いいじゃん、せっかくだしさ・・・。ホントはデートの時とかにバラの花束渡したらカッコイイけど、柄じゃねぇし・・・。加工して家に飾っていられる方がいいしな。気持ちだよ気持ち。」
ふと思い立って顔を上げた。
「ん・・・?というか朝野くんが贈りたいバラなんだったら、俺が詫びで買ったらダメなんじゃないか?」
「あ、それは俺が買うので・・・。先輩が何か買ってくださるなら、季節の花のお勧めをもらおうと思ってたんです。何度も通えないかもしれないから、せっかくならプレゼントもって思ったくらいで。」
「なるほど、そうか。・・・じゃあ適当な夏の花で小さ目に作るか・・・。ちなみにバラを花束として鮮明に残しておきたいなら、ドライフラワーにするのはお勧めしない。かなり色落ちが激しくてこのままの状態は無理だからな・・・。花の部分だけを切り落として乾燥させて、その後アクセサリーにするとかなら鮮明さは保てるだろうけど、意味を持たせた花束としてプレゼントしたいなら、バラはそのまま持ち帰るといい。」
朝野 「わかりました・・・結構時間かかるもんなんですね。」
「ああ・・・。夏の花をまとめたやつは、麻縄で縛っておくから、風通しの良いところか扇風機かエアコンでもあたるところに適当に吊るしておいてくれ。色褪せはするが、褪せた後も味が出て形もいいものを選んでおくから。包み方をアレンジしたり、飾り方を考えたらいくらでもおしゃれなインテリアスワッグになる。」
「はい、ありがとうございます。」
手際よく淡々と作り進めていると、柊くんが手元まで寄ってきて言った。
「先輩どうして花がお好きなんですか?」
黒く澄んだ瞳が、あまりにも真っすぐ見つめてきて、若干気後れする。
「・・・・生け花をやっていた、小さい頃から。そういう家柄に生まれたということもあって。・・・馴染みがあると言う理由はそうだが、好きなのは・・・作品を生み出すことや、表現することが好きだからだ。花は命だし、知らず知らず自分も生命力をもらっている気にもなるのかもしれない。」
拙くて言葉足らずな説明だと思った。
けれど柊くんは少し黙って言葉を飲み込むように頷いた。
「先輩はアーティストなんですね。・・・俺はたまに小説を書いてました。物語を作るのが好きで・・・。でもそこまで何作もまともに完成品を作れたことないんです。・・・もし見られる機会があるなら、また先輩が作った作品、是非お目にかかりたいです。」
「・・・そうか。なら学祭の時、広報部の展示を見に来ればいい。訳あって作品を置くことになったから。」
「そうなんですね!わかりました、楽しみにしています。」
彼の口ぶりから、元々俺が華道をしていたことを知っているように思えた。
恐らく咲夜あたりが少し口にしたんだろう。
けれど二人はその後も、自分の話をしたり、大学の話をしたり、特に俺個人の話を聞き出そうとはしなかった。
きちんと距離感を保ったうえで、目上の者を敬う姿勢を崩さず、それでいて少しでも他愛ないことを知れるなら、仲良くなるために知りたい、という意思が伝わってきていた。
何とも好感を持てるカップルだ。
何より好印象だったのは、「普通は」という枠にはめた会話をしないところ。
大学生なんだからとか、男なんだからとか、そういうステータスから相手を計って話を進めはしない。
俺と対話する中から、まるで一つずつ積み木をゆっくり重ねて喜ぶ子供みたいに、人物像が出来上がっていくことを嬉しそうにしてくれていた。
きっとこの二人は、人間が多面性を持ち、自身の理解の範疇を超えることを、当たり前だと思っているんだろう。
最初こそ仲睦まじい様子を見て、絵に描いたような大学生カップルかな、と少し思いはしたが、案外それぞれの人間性がしっかりしているように思えた。
出来上がった二つまとめて、包装しながら尋ねた。
「柊くんは・・・どうして咲夜と親しくなったんだ?何となくだけど、そこまで気が合う・・・という感じも見受けないんだけど。」
咲夜は自分と合わないと思った人間は、すぐに突き放すタイプだ。
一度突き放されれば、取りつく島もなくなって、仲良くなろうとするのは至難の業だ。
「えっと・・・高校生の時、俺が一方的に好きだったんです。だから先輩に好かれるような後輩を、演じてたとこはありました。」
それを聞いて俺は思わず朝野くんをチラリと見た。
堂々と話せるなら彼らはそれなりに長い付き合いなんだろうけど、どんなカップルであっても、相手がかつて好きだった人の話なんて大抵聞きたくないもんだ。
朝野くんは特に何でもない様子だったので、俺は適当に相槌を打って、包み終わった物を渡した。
「ありがとうございます!わぁ・・・綺麗、すごい・・・」
二人して大事に花を持って嬉しそうにした。
こういう瞬間が花屋冥利に尽きるってもんだ。
会計を済ませて、彼らはまた丁寧に礼を述べて帰って行った。