第32話
何度か顔を合わせた人でも、久々に会うと誰かわからなくなったりもする。
毎日のように会って話すいつメンとは違い、1回や2回会った程度の人間を把握するのは無理だ。
見た目以上に何か特徴があれば思い出すことは出来る。
他人を巻き込んで階段から転げ落ちそうになった一件から数日後、たまには読書をして息抜きを・・・と考えて、空きコマに図書室へと赴いた。
すると奥の棚に入っていく二人の人影が目に入った。
あの凸凹感・・・
高身長の男子生徒と、小柄で華奢な中性的な青年。
間違いない。こないだ迷惑をかけてしまった彼らだ。
咲夜の知り合いだったので、詫びと礼を、と思ったが断わられてしまっていた。
いらないと言われているのに無理に礼をするのも厚かましいが、インテリアとして置ける小さい花束くらいだったら、受け取ってもらえるかもしれない。
二人が消えた本棚に静かに歩み寄り、ひょいと覗くと、驚いて体が無意識に固まった。
人気のない図書室の一角で、あろうことか二人はキスしていた。
先に背の高い男子生徒が俺に気が付いて、パッと相手の肩を掴んで離れた。
同時に俺がぶつかった青年も振り返る。
「・・・・悪い・・・邪魔した・・・」
思わず謝ると、二人とも気まずそうに赤面して平謝りした。
その後3人で図書室の長机に落ち着いて、改めて礼を述べた。
「こないだは助かった、ありがとう。咲夜から連絡してもらったけど、詫びも礼も受け取らないって話だったが・・・」
二人とも遠慮がちに微笑む。
「いいっすよ、そんな・・・。お互い無茶なことして助け合った感じですし。むしろ薫のこと、咄嗟に助けてくれてありがとうございます。」
ちらっと薫と呼ばれた青年を見ると、彼もニコリと微笑んだ。
「・・・迷惑でなければ、なんだが・・・。実は花屋でバイトをしていて、良ければ加工した花束でも受け取ってもらえないかと思って・・・。ほんの気持ちだけど。」
薫 「花束・・・」
「ああ、別に家にそういうものを置く趣味がないなら構わないけど・・・。」
二人は顔を見合って、少し嬉しそうにして青年は言った。
「花屋さんって・・・どちらの?」
俺が少し離れた花屋の説明をすると、彼は頷きながら聞いていた。
「・・・夕陽、俺ちょっと見に行きたいかも。花屋さんなんて行く機会ないもん。」
「確かにそうだな。こなへんにないし・・・。先輩が店員さんとしているなら行きやすいな。」
珍しいことに二人は興味が湧いたのか、思いのほか食いついてくれた。
「・・・今日同じ時間に空きコマなら、俺が作ってきて持ってこようと思ってたが・・・。店に来たい感じか?」
咲夜と親しい方の青年は、パッと表情を輝かせて言った。
「はい。色んな花見たいですし・・・先輩が花束作って加工してるとこも、近くで見れるなら見てみたいです。」
可愛らしく素直な反応に、隣にいた彼も愛おしそうに微笑んだ。
二人の様子を見ていると、何とも幸せそうでインスピレーションが湧いてくる。
あれこれと瞬間的に頭の中で色んな花が思い浮かぶ。
「なら・・・決まりだな。俺がバイトに行っている時で、二人の都合がいい日に来てもらえればいいから、とりあえず連絡先を教えておく。」
二人は快諾して連絡先を登録してくれた。
スマホをしまうと、薫くんとやらがじっと俺を見つめた。
「・・・なんだ?」
「あ・・・えっと・・・俺あの・・・実は、解離性同一性障害で・・・先輩の前で変な言動を取ったらすみません。」
「はぁ・・・そうなのか。別に構わない。」
何でもなく答えると、本題はそこじゃないのか、またじっと子犬のような目を向けられる。
何か言いたげだったけど、彼は勇気が出なかったのかそのまま話をはぐらかして、元々文芸部で本が好きだから図書室に入り浸っていたと話した。
隣の恋人らしい朝野くんは、一生懸命俺に話をする彼を見守っていたけど、俺としては二人きりの時間を邪魔してしまったのが申し訳なかったので、適当なところで話を切り上げ、離れた所で読書することにした。
「ふぅ・・・」
反対側の隅で手に取った本を持って、また空いていた席に腰かけた。
涼しい空気に混じる書籍独特の紙の匂い、最近草花ばかりに触れていたので、違う空気に包まれるのが何だか不思議な感覚だ。
パラっと手元のページを開く。
華道は作品としてそれを永遠に残すことは出来ない。
花が生き物である限り、写真などには残せても、そのままを永遠に保存することは不可能だ。
だから人間はドライフラワーやブリザードフラワーなど、出来るだけ長持ちする加工をする。
本はいいな・・・紙媒体で書籍にしてしまえば大事に保管出来るし、半永久的に残して置ける。
生け花は・・・どうしてもやっぱり、生で見てほしいという気持ちがある。
今回のような展示に使う学生の作品や、コンテストなどでなければ、本来空間を彩るためのものでもある。
コンセプトに合わさった生け花がその空間の中にあれば、まるで架空の世界に転送されたような気分にでもなれるだろう。
花にはそれだけの力がある。色があり、香りがあり、躍動感があり、確かな命がある。
他のものと組み合わせれば、無限の世界観を作り出す一員になれる。
手元のオムニバス小説をパラパラと読み進めながら、その空間を想像した。
その場所に咲いているであろう花も。
一説では野菜や草花を育てる際、愛情をもって話しかけたり、音楽を聞かせたりすると味が良くなったり、花のもちが良くなったりするという。
「・・・興味深いし一度試してみるか・・・」
席を立って、今度は手ごろにベランダで育てられそうな野菜と花を調べることにした。
小さな鉢植えくらいで育てられる花ならいくらでも知ってるが、野菜は専門外だ。
あまり食べることは好きではないけど、ミニトマトやバジルなど、安価でかつ手ごろに育ち、収穫までも日が浅いらしい。
「失敗しにくいものでやってみるか。」
本棚の前でポツリと呟くと、ふと隣に人が立つ気配がして顔を上げた。
「・・・先輩って独り言とか言うんすね。」
「・・・・・・・・・・?」
俺の記憶のデータベースにない人物が目の前にいた。
ロン毛の茶髪でチャラそうな男子生徒だ。
とりあえず視線を逸らせて席へ戻る。
「え~!無視ぃぃい!?あ、先輩また俺の事忘れてんでしょ?武井です、名前は理人です!ここと食堂で会ってますよ!」
「・・・・・うるせぇ奴は嫌いだ、失せろ。」
「塩対応どころじゃない・・・・。静かにするんで構ってくださいよ。」
「日本語通じねぇのか?」
とりあえず俺は目の前の生き物から思考を逸らすように、また手元の本の文章を眺めた。