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第31話

週末になって、バイトに行っていた或る日、咲夜は本当に俺が勤める花屋にやってきた。

まるで白百合のような、大人しくて綺麗な婚約者を連れて。


「よ、お疲れ~。」


「・・・マジで来んじゃん。」


いつもの調子で適当な挨拶と笑顔を向ける咲夜は、一緒に居た彼女の肩を抱いた。


「婚約者の島咲小夜香しまさきさよかちゃん。・・・小夜香ちゃん、こっちは前話した大学の友達で、桐谷。」


桐谷 「どうも・・・」


俺が軽く会釈すると、高校生と聞いていたわりに大人っぽい彼女は、恭しくお辞儀をした。


「初めまして。咲夜くんがいつもお世話になってます。」


長い髪を綺麗にまとめた彼女は、色白で薄化粧でありながら、見るもの全てを魅了しそうな、洗練された美しさを感じた。

咲夜は側にあった花をいくつか眺めながら、気に入ったものを手に取った。


「桐谷、この花を基調にして適当に花束にして。兄貴夫婦にプレゼントしたいんだ。」


「おう、了解。・・・・あ、そういやこないだ近所のスーパーで出くわしたわ、お兄さん夫婦。」


「え!マジで?」


「ああ、お前と間違えて声かけたんだよ。二人とも俺らよりだいぶ年上に感じる程落ち着いて見えた。・・・咲夜の姪っ子、ちっこくて可愛かったわ。」


ぱっぱと花を取りながら手元でまとめていると、視線を向けた二人は嬉しそうにニコニコしていた。


「何だよ・・・」


「え~?不愛想な桐谷でも、赤ちゃんは可愛いなぁって思うんだなぁって。」


「何だとぉ?」


「ふふ・・・ちなみにだけど、うちの御三家の女性陣は花の名前の人が多いんだよ。小夜香ちゃんのお母さんは、小百合さん。美咲の奥さん・・・晶のお母さんは桜さんだよ。」


「へぇ・・・産まれたばっかの姪っ子は?」


茎を水切りして余計な葉を取りながら尋ねる。


「何だと思う~?」


「質問を質問で返すんじゃねぇよ。」


「はは、桐谷は天才肌だからさ、実際目の前で見たなら、インスパイアされて名前が浮かんできたりするかなぁって思ったんだよ。」


「・・・それで当たったら超能力者だろ・・・」


咲夜の後ろで大人しく他の花を眺める彼女は、側にあったピンクの花に手を伸ばした。

俺は思わず、触れようとした彼女に近寄って遮った。


「ノアザミはあまり触らない方がいい。棘がささる。」


「あ・・・ごめんなさい。」


「大丈夫?小夜香ちゃん、怪我してない?」


咲夜は過保護にもその白い手を取る。


「・・・・花の名前と一口に言っても、あまり縁起が良くないものも多々あるだろう。名前にするには向いてないとされるものも・・・。」


まとめた花をカウンターに持って行きながら言うと、咲夜は大事に彼女の手を握って言った。


「もちろん考慮してると思うけどね。姪っ子の名前は鈴蘭だよ。」


「・・・ほう・・・。毒があることで有名ではあるけど、まぁ・・・花言葉としては美しいな。」


「毒なんて大抵の植物に多かれ少なかれあるんでしょ?」


「そうだな。・・・鈴蘭の花言葉は純粋とか、純潔とか・・・そういうのだったなぁ。」


花束をまとめながら加工していると、咲夜は尚もご機嫌な様子で言った。


「小夜香ちゃんに似合うような・・・ピンクの百合とかないかなぁ?小夜香ちゃん、ほしいものがあったら買うよ?」


「そうだねぇ・・・どれも可愛くて迷うね♪」


他に客もいないし、黙ってさっさと作業していると咲夜はまた問いかけた。


「桐谷、ピンクの百合ある?」


「・・・・あるにはあるが・・・・あんまり女性に送るものじゃないな。」


「え・・・そうなんだ。」


すると側にいた彼女は花言葉を知っているのか、苦笑いをこぼしていた。


「桐谷もしかしてさ、花言葉全部覚えてたりすんの?」


「んなわけねぇだろ・・・。よく売れるものとか、季節を代表するような、名が知れてるものを覚えてるだけだ。」


「ふぅん、そっかぁ。」


その後も二人は仲睦まじくあれこれ花を眺めていた。

友人が恋人と幸せそうにしてる姿ってのは、鬱陶しいもんかと思っていたけど、咲夜の心底嬉しそうな笑顔は、恐らく彼女にしか引き出せないだろうし、これはこれでいい一面だなと思う。

きっと咲夜も、西田も翔も、自分を好きになってくれた相手を大事にしたいという素直な奴だからだ。

自分が恋人がほしいとは思わないし、大事な友人が幸せであれば、それが十分自分の幸せだとも思える。

長い歳月をかけて、俺は人並みの人情も、愛情も持ち合わせることが出来たのかもしれない。


「ああ・・・そうか・・・」


出来上がった花束を眺めて、空気に溶けて消えるような呟きを、咲夜は聞き逃さなかったようだ。


「なに?」


いつの間にか目の前にやってきていた二人は、俺を不思議そうに眺めた。


「いや・・・。友人の幸せを喜べるのは、一際愛情深い西田と一緒にいて、充てられたからかもなぁと思って。」


丁寧に手元の花を包装紙で包みながら咲夜に視線を返すと、端正な顔立ちが真顔からゆっくり口元が持ち上がって、物悲しそうな笑みを見せた。

それから咲夜は支払いを済ませて礼を言うと、婚約者と仲良く手を繋いで店を後にした。


ふと店の外を見ると、予報通り外は曇りだしてきていた。

その後は花の手入れをしながら、小鳥遊に渡された花材の注文票とにらめっこしていた。

次第に雨音が耳に入って、雨脚が強まってきているのが見えた。


「桐谷くん、お客も少ないしもう・・・上がっていいよって言うつもりだったけど・・・ちょっとこれじゃあ帰りづらい天気だなぁ。」


店長が腰に手を当ててため息をつきながら、曇天を覗き込んだ。


「そっすね・・・。まぁ治まるまで店頭いますよ。他の作業と発注済んでるんで。」


「悪いね。」


店長がバックヤードに戻ってまた手元に視線を戻すと、チリンと店のドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ・・・」


「はぁ・・・・最悪・・・・」


大きなため息を漏らしてスーツを着た女性が入ってきた。

突然の雨に降られたんだろう。鞄から小さなハンカチを取り出して、肩や腕を拭いている。


「あ・・・・ごめんなさい、雨宿りで入っちゃって・・・」


「いえ、構いませんよ。・・・店長」


バックヤードにいる店長から大き目のタオルを借りて、彼女に歩み寄った。

綺麗に化粧をした女性は、パッと俺を見上げた。


「どうぞ。」


「・・・え・・・いいのに。どうもありがとう。」


申し訳なさげに受け取りながら、女性はピンクの口元を持ち上げた。


「いいお店ね・・・。」


「・・・ありがとうございます。」


その人は店の空間をゆっくり眺めて、天井からカウンターの隅までじっくり見て言った。


「誰がここのレイアウト考えたのかな。」


「・・・店自体はかなり古くからある建物なので、わかりかねます。商品の配置とかの話しでしたら俺が。」


「・・・貴方が?」


「ええ・・・それぞれよく見える場所があるので。勤め出して少ししてから、店長に許可を取って全部配置を変えました。」


そのままカウンターへ戻ると、女性は今度はしゃがみ込んで、足元に置いてある鉢植えの商品を眺めていた。

激しい雨音が聞こえる中、また注文票を眺めて思案していると、やがて女性は静かにやってきてタオルを差し出した。


「ありがとう貸してくれて。・・・貴方はここの責任者の息子さんとか?」


「・・・いいえ、ただのバイトです。」


「そう・・・。何か買おうかな・・・。そうだ・・・白いチューリップをもらえる?」


女性は少し乱れた髪の毛を後ろに払いながら、辺りをキョロキョロ見た。


「・・・雨宿り目的でしたら、無理にお買い上げいただかなくても結構ですよ。」


「ううん、ほしいから・・・。」


長いまつげを伏せてそう言うと、女性はまた激しく地面を叩きつける雨粒を苦々しそうに眺める。

色とりどりのチューリップが並ぶ一角で、スッと白いものを抜き取り、また丁寧に包んだ。


「お客様お待たせいたしました。」


背を向けた女性に声をかけると、彼女は鞄から財布を出しながら歩み寄る。

ちょうどの小銭を受け取り、レシートを返すと、チューリップを受け取りながら気まずそうに言った。


「お兄さん・・・白いチューリップの花言葉知ってる?」


「・・・ええ、存じております。」


「ふふ・・・そっかぁ、恥ずかしいなぁ。・・・ごめんなさい、まだ雨止みそうにないし、居てもいいかな。」


「ええ、どうぞ。」


予期せぬ通り雨に憂鬱な様子では決してない。

けど俺に出来ることはなかった。


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