第30話
翌日、いつものように昼食を食べ終わった後、ノーパソを立ち上げてカフェテリアで課題をしていた。
すると隣に誰か座ったので、気付いて見ると西田だった。
「よっす・・・。」
「おう」
もう食べ終わっていたのか、飲み物片手に腰を据えた西田は、一つストローをすすってから言った。
「何で既読無視なんですか~~。」
「・・・あ?・・・・ああ・・・そうか、忘れてた。心中で『お前おかんかよ』って思うだけ思って返信すんの忘れてた。」
「んだよそれ・・・。おかんじゃねぇわ。」
西田は苦笑いを浮かべながらまた飲み物をすすった。
「・・・ん?桐谷・・・腕どうした?」
「あ?・・・?」
ふと指摘された肘の上あたりをよくよく見ると、打ち身で青くなっていた。
「ああ・・・昨日・・・ちょっと階段から落ちそうになって。」
責め立てられるのは予想出来てはいたけど、余計な嘘をつくのも面倒でそう答えた。
西田は案の定一瞬で青ざめて、飲み物を静かにテーブルに置いた。
「何だよそれ・・・他に怪我は?」
「ない。助けられたんだ。ぶつかってしまった子の連れに。咲夜より背の高い男子だった。見かけたことはないからたぶん同じ学部じゃない。・・・礼をするべきかと思ったけど名前を聞かなかったんだ。」
「・・・はぁ・・・双方に怪我なかったんならいいけど・・・。何年生かわかるのか?」
「いや・・・華道部の和室を借りて帰る途中の階段だった。上の階から降りてきてたし・・・校舎もうちとは離れてるな。」
「ん~サークルの教室がある辺りの学部の子ってことかなぁ・・・。あ、そうだ。」
西田は徐に立ち上がって、近くのテーブルに座っていた女子に何か尋ねていた。
すると二人で一緒にこちらに戻ってくる。
「桐谷くんおつかれ。・・・サークルの教室が並んでる上の階なら、ちょうど図書室だね。講義室もいくらか並んでるけど。」
側に座りなおした西田と女子生徒・・・はよくよく見ると佐伯さんだと気づく。
「桐谷、それ何時ごろだったん?」
「え・・・ああ・・・18時前くらいだったかな。」
西田 「ん~・・・半端な時間ではあるけど、最後の講義があったか、もしくは図書室にいた生徒ってことかな?てか助けてくれたその人は名前言ってなかったの?」
そう言われて昨日の光景を思い返した。
「ああ・・・俺とぶつかった子は『かおる』って呼ばれてたな。少し中性的な子だったが男だと思う。助けてくれた高身長の男子も名前を呼ばれてたっけか・・・・『ゆうき』?・・・『ゆうひ』か?」
「かおる・・・」
西田は覚えがあるのか神妙な面持ちになって、パッと佐伯さんに視線を向けた。
彼女も少しビックリした様子を見せて、ふっと微笑んだ。
「・・・そっか、私の知ってる二人だったら、桐谷くんを助けてくれたのは朝野くんで、ぶつかった子は薫くんだね。」
「・・・佐伯さんの知り合いなのか。」
彼女は少し寂しそうな笑みを見せて、コクリと頷いた。
聞けば彼らは法学部らしい。確かに俺がいた上の階は、法学部が使う校舎だ。
「ありがとう二人とも。時間がある時にそっちの校舎近辺を探してみる。」
西田は飲み終わったジュースのパックをつぶしながら言った。
「何言ってんだよ・・・どんだけ生徒数いると思ってんだ・・・。桐谷が探せる時間に運よく見つかる確率なんて低いよ。」
「そうか・・・?いやでも、どこかで見覚えある子だったんだ・・・。」
俺が少し黙って思案していると、目の前に座っていた佐伯さんが口を開いた。
「桐谷くん・・・高津くんは薫くんの知り合いだから、連絡先わかると思うよ。」
「え・・・そうなのか。」
「うん、母校が同じだし、同じ部活の先輩後輩だったみたいだから。」
佐伯さんから思わぬ情報を得て、昼食後に同じ講義だったこともあり、教室で咲夜を待った。
「桐谷、おつかれ。」
「おう、お疲れ。」
天気が若干悪いからか、気象病の咲夜は気だるそうに髪の毛をかき上げて腰を下ろした。
「なに?聞きたい事って。」
俺は昨日の事の顛末を説明し、薫くんとやらに連絡を取ってもらえないか尋ねた。
「なるほどね・・・。別にいいんだけど・・・桐谷ってそういうお礼とか律儀にする方なんだな。ちょっと意外だ。」
「・・・?そうか?いやまぁ・・・少しぶつかった程度ならまだしも・・・下手すりゃお互い酷い怪我してたかもしれない事故だったからな・・・。怪我を回避した上に助けられたし。」
「ふふ、まぁそうだね。朝野くんの連絡先は知らないけど、二人は一緒に住んでるし、薫に連絡取って聞いてみるよ。」
「ああ・・・頼む。」
その時『薫』と名前を呼ぶ咲夜の声を聴いて記憶が蘇った。
「あ~そうか・・・。前にお前が話してたな、その薫くんの話。俺ちょっと覚えててお前に何か聞いた覚えあるわ・・・。あの子がそうだったのか。」
「ん?ああ・・・そういえばそうだね。世間狭いよなぁ・・・偶然俺の知り合いに助けられるなんてさ。」
確かにそうだと思いながら、スマホをいじる咲夜の端正な横顔を眺めた。
高校の時の後輩・・・同じ部活・・・。咲夜が好んで何か部活に入るように見えないから、恐らく半強制的に部活に所属していないといけない学校だったんだろう。
大人しそうで中性的な男子・・・助けてくれた朝野くんとやらと一緒に住んでいる・・・親し気な雰囲気だったし、もしかして二人は友人じゃなく恋人関係か・・・?
そういや咲夜・・・・もっと前にその後輩の話してたことあったな・・・・
そこそこ親しい関係性だったように話してたけど・・・何で『知り合い』って言い方なんだ?
特別な関係性を匂わせていたように感じたのに、急によそよそしくなる理由・・・
ああ、そうか・・・咲夜は万人に好かれるいい奴ってわけじゃない。
愛想はいいし礼儀もしっかりしてるけど、距離を感じる関係になったのはもしかして・・・
「咲夜・・・男と関係持ったことあるって話してた相手は、その薫くんのことか?」
近くに人が座っているわけではないが、出来るだけ小声で言った。
咲夜は動かしていた指を止めて、透き通った瞳をこちらに動かした。
そしていつものように誰にも本性は探らせないような、貼り付けた微笑みを見せた。
「そうだよ。・・・でもね桐谷・・・そういうことは感づいても言わないもんでしょ?」
いつもより少しくぐもった怪しい声で咲夜は言った。
「俺が人に対して礼をすることを、意外だとか言いやがったからな。」
「ふふ・・・ごめんって。そうだよね、俺と同じで桐谷も育ちはかなりいい子だし、それくらいするよな。」
ああ、そうだ・・・咲夜は時々こうやって俺を年下のようにからかうような、目線を下げた話し方をする。
国を支えてきた財閥の後続者なんてもんに産まれたら、ほとんどそれは貴族と同じようなもの。
咲夜は無意識にも他人と自分が違うことを理解しながら、俺たちにすら無意味な壁を作る奴だ。
「俺は咲夜に極力意地悪な言い方しないでやってるってのに・・・」
「・・・そうかぁ?」
ジトっと視線を返すと、咲夜はまた堪えるようにくつくつ笑った。
「そう睨むなって・・・。桐谷は基本的に周りに興味ないじゃん。そこまで律儀なイメージなかっただけだよ。ていうか・・・あれだな、何となくだけど・・・西田との関係があってから、ちょっと桐谷変わったよな。」
咲夜は何気なく、最近のことなのに懐かしむように言った。
「・・・そうか?俺は無自覚だな・・・。」
「・・・ま、桐谷は自分の感情処理下手っぽいもんなぁ。俺も人のこと言えないけどさ・・・。何も悩んでたり苦しんでなきゃ、別に構わないけど。」
「・・・そういうのは作品として吐き出して形にしたら、ちゃんと切り分けて置いてこれる。これまでもそうしてきた。」
「そうなんだ。・・・・ねぇ、今一度聞きたいんだけどいい?」
「なに?」
咲夜は改まってじっと俺を見据えて口を開いた。
「西田に対して、『会いたいなぁ』とか『一緒にいてほしいな』とか・・・特別な感情は、本当になかった?」
大真面目に聞かれたその質問に、今更なんだとも思ったけど、咲夜の目は、嘘偽りを一切許さないという意思を感じた。
俺は目を伏せて少し前までの西田との時間を思い返した。
「・・・ない。」
「そっか・・・。」
咲夜は短くそう返して、納得したように安堵した笑みを浮かべた。
すると咲夜のスマホから通知音が鳴る。
「・・・桐谷、薫から返信来たけど、朝野くんに説明したら礼はいらないってさ、『気持ちだけ頂戴しておきます』だって。」
「気持ち・・・なるほど。」
「・・・?何がなるほど?」
「気持ちは貰ってくれるってことは、花束を贈ったら受け取りはするのかと思って。」
「はは!そこは生け花じゃないの?」
「そんなもん邪魔だろ。ちょっとした花束をドライフラワーにした方がましだ。」
咲夜は若干拗ねたような目をして頬杖をついた。
「え~いいな、俺もほしいんだけど、桐谷作のドライフラワー。」
「お前花とか欲しがるんだな・・・」
「おい・・・そういうとこだぞ!」
相変わらず咲夜と会話していると周りからの視線はささるが、こいつの妙なとこにムキになるところは、ガキっぽいし面白い一面だ。
花が欲しけりゃ俺のバイト先に買いに来いと言うと、これまた意外にも咲夜は快諾して、彼女と一緒に買いに行くと楽しそうに言った。