第3話
横に並んで座った咲夜と西田は、俺が何となく眺めて余計なことを考えていると会話を始めた。
「ねぇ、西田」
「ん?」
「俺と話すときさ、緊張してる?」
ドストレートに尋ねる咲夜がなんか面白い。
「へ・・・?いや・・・別に・・・。何で?」
咲夜は俺の顔をチラっと見つつ、またじっと西田の心でも読むように見つめた。
「・・・・・あ~・・・えっと、そういう風に穴が開く程見つめられるとさすがに緊張するな。」
「・・・ふぅん・・・?まぁいいや、そういえば・・・彼女とは話せた?」
「ああ・・・・うん、ちゃんと言えた。」
「そっか。」
二人は目の前で短い会話を終えた。
決して俺に気を遣って詳細を話さないとかそういうわけではないと思う。
西田と咲夜は恐らくだけど、俺たち4人の中では一番気が合う二人なんだろうと思う。
俺がさっき緊張してる風に見えると言ったのは、その通りかどうかなんて知らんし、俺の見当違いかもしれない。
西田は誰に対しても気を使い過ぎる性質だ。だからそう見えてしまっている。
人間観察は割と好きなので、もしかしてこう思ってるんじゃないかと憶測を働かせるのが俺の癖でもある。
だからと言って考えすぎて悩むわけでもないし、何かにガッカリするわけでもないので、ほとんどが妄想だ。
「なぁ・・・」
俺が短く声をかけると、二人は同時に俺を見た。
いかにも女にモテる二人の顔は、どこにいても見栄えするだろうし、周りにいる女子たちもソワソワして会話を聞いているかもしれない。
だが俺にとってはそんなことどうでもいい。
「咲夜には聞いたことあるかもしれないけど・・・西田はさ、男を好きになった事とかあんの?」
「え・・・いや、別に今のところないかな・・・。咲夜もそういえばないって言ってたな。」
そう言いながら西田はチラリと隣に視線を向ける。
「はぁ・・・俺は女の子大好きだから。ていうか小夜香ちゃん大好きだから。」
俺は人が気付かないフリをしている気概にすら、気付かせてやるのが好きだが、咲夜に対してはそういうことにしといてやろうと思う。
というかこいつの人間関係とか関わり方とかは、あまり掘り下げてやらない方がいい気がした。
咲夜は意外とメンタルが強い方ではないからだ。
「何でそんなこと聞くのさ。」
咲夜はぶっきらぼうに頬杖をついて尋ねる。
「いや、そこまで意味あってのことじゃない。西田はそういうの偏見あるかなって。」
「ないよ?特に・・・。」
咲夜はふんと鼻で笑った。
「ふん・・・てっきり桐谷が西田に気があるのかと思ったや。」
「ええ!?んなわけないだろ・・・・・・・ないよな・・・?」
西田が苦々しい顔をしながら、俺に恐る恐る尋ねた。
「あぁ、俺も今のところ男色の気はねぇよ。」
西田は安堵した様子で席を立って、もう講義はないからと帰って行った。
「・・・いいの~?帰っちゃったぞ~?」
尚も咲夜は意地悪な笑みを浮かべてそう言った。
「お前は俺を疑ってるわけか。」
「ふふん・・・俺さ、友情と愛情って紙一重だと思うんだよね。」
「・・・・お前が言うか・・・。」
「あ?どういうこと?」
「いや・・・」
咲夜はその時ばかりは俺を鋭く睨みつけた。
「あのさ・・・思ってることがあるんだったらハッキリ言えば?俺だけわかってます、っていうスタンス別に嫌いじゃないけど、わかったような気になるのは早いと思うよ?」
冷たく放つその言葉に、俺は特に何も感じはしないけど、本人がそこまで言うならと口を開いた。
「ん~・・・ほら、高校の時の文芸部の後輩くんだっけ・・・あの子」
「あ?薫?」
「ああ、そう・・・薫くんとやら・・・。お前はただの後輩って気持ちで片付けてたんだと思うけど、俺はお前の話を何となく聞いてた限りで、特別意識が強いように思えた。」
「まぁ・・・そりゃ特別意識はあるよ。そもそも内輪のことを話せた友人が少ないからね・・・。」
「いや、そういうんじゃなくて・・・お前と薫くんはそれ以上の関係だったと思えた。」
咲夜は真顔を崩さず、眉一つ動かさずに俺を見据えた。
「大事な友達だっていうのは建前で、お前にとっての俺や西田に対する友達っていう意識は、その子にない気がする。」
牙城を崩したくて言ってるわけではない。咲夜が言えと言ったから言った。
咲夜はやがて視線を手元に落として、ふぅと息をついた。
「そうだったとしても、桐谷別に興味ないだろ。」
「・・・まぁ、感じたことを正直に話しただけで、そこまで興味はないな。」
これ以上悪戯に内側をつつくことはしない。俺は咲夜を友人だと思っているから。
「ま、何となく言いたいことはわかったや。確かに妙な感覚ではあるよ。でもまぁ誰にも話すことでもないかな・・・。」
咲夜はそう言って「先に行くね」と自分のお盆を持って去って行った。
西田にしろ咲夜にしろ、自分はこうだと自分でレッテルを貼るのが好きだな。
人間無理にでもアイデンティティを持っていないと不安になるからだろうか。
いやまぁ・・・でも、咲夜の言った通り分かった気になるのはよくねぇな。
人間と言うのは複雑怪奇で、面倒くさくて、常に変化していく生き物だ。
それは動植物と同じように、己が自然の中で生きていくために進化していくがごとく。
時に退化しながら、同じ過ちを繰り返したり、大義を成し遂げようと奮闘したり、くだらないことに意味を見出しながら、己の価値を計ろうとして死にたくなったり、命を燃やしたりする。
どうしようもなく愚かで罪深くて、可愛くて愛おしいもの。
今のところ俺が思う人間は、そういうものだった。
講義が全て終わって、広大な図書室でまた、興味を惹かれるものはないかと物色していた。
するとふと本棚近くの窓際の席から、話し声が聞こえた。
遠目で何となく眺めると、片目の視界でとらえたのは、先ほど話題に出していた咲夜の後輩くんと、友人らしき男性だった。
いや・・・あの雰囲気は友人じゃないな。
彼らの表情で何となくそう感じると、人目を忍ぶように二人はそっとキスをしていた。
仕方なく視線を逸らせて、見なかったことにしてやろうと離れた本棚に向かった。
最近は経営学に関する書籍を読んだりもしていたので、そのあたりの棚を見つけてゆっくり背表紙をなぞった。
目線より少し高い本を手に取ろうとしたとき、横から体にトンと人がぶつかった。
「っと・・・すいません」
俺より若干背の高い青年が俺をチラリと見て立ち止まった。
そして眉をひそめて口元に手を当てたと思うと、今度は凝視しながら目を細めた。
「・・・やべぇ・・・イケメンだ・・・あの、何年生っすか?」
「・・・3年だけど・・・」
「あ、そうなんすね・・・。俺法学部1年の武井って言います。」
少しチャラそうな印象を受ける茶髪でピアスの青年は、ニヒルな笑みを浮かべた。
「・・・あっそう・・・」
俺は構わず目当ての書籍を取って、彼を避けて空いてる席についた。
するとさっと青年は俺の隣の椅子を引いて座った。
「あの・・・恋人いますか?」
「・・・はぁ?」
なんだこいつ・・・と思いながら睨みつけると、そいつは頬杖をつきながら俺を覗き込むように見つめた。
「いやぁ・・・綺麗な顔してんなぁ・・・。俺ルックスいい人好きなんすよね。後、今のところ男しか好きになったことなくて。普通にナンパです。」
新手のナンパだったか・・・最近めんどくさいイベントが立て続けだなぁ
怠くて無視していると、そいつはそっと俺の前髪に触れた。
「こういうグレーのアッシュって染めるの大変っすよね・・・つーかめっちゃ似合ってますけど・・・イケメンだからか。3年生ってことはハタチか21っすよね?先輩、退屈させないんで飲みに行きませんか?あれ・・・てか右目・・・カラコン入れてます?」
「うるせぇ奴だな・・・」
なかなか骨のある絡み方に思わずそう言葉が漏れた。
「よく言われます。」
何が嬉しいのかニコニコしながら茶髪ロン毛野郎は尚も俺をじっと見た。
「こないだは可愛い男の子見つけてナンパしたんすけど・・・恋人いるって断られたんすよねぇ。まぁ顔は好みなんで隙あらば狙うんすけど・・・。先輩名前なんて言うんすか?」
「・・・っち」
俺が舌打ちするとまた徐に頭上から声がかかった。
「あ、桐谷、おつかれ。」
「・・・咲夜」
咲夜も何か借りに来たのか本を片手に持って、チラリとついでに俺の隣にも目を向けた。
「えっ!やっば!あ、あの、先輩も3年生っすか?」
案の定そいつは咲夜に食いついて立ち上がった。
「・・・そうだけど・・なに?桐谷の友達?」
「んなわけねぇ・・・ナンパだナンパ。」
「はぁ?ナンパぁ?」
「法学部1年の武井です、お名前伺ってもいいっすか?」
咲夜はジロリとそいつを睨んだ。
「ヤダね。鬱陶しいから失せなよ。」
咲夜にしてはキツめな塩対応だな、と見上げるとそいつは口をへの字にして何故だか少し嬉しそうだった。
「やっべぇ・・・かっけぇ・・・。先輩恋人いますか?」
「・・・いるって言ってもしつこいタイプに見えるな・・・。俺は婚約者がいるよ。」
「マ!!!?マジすか!?あれ・・・・てか先輩どっかで見たことあるような・・・え、もしかしてモデルさんとか俳優さんっすか?」
そういう聞かれ方にうんざりしている咲夜は、ふいっと視線を逸らせて本棚の奥に消えて行った。
特に俺のためにこいつを追い払おうとも考えないのが、実に咲夜らしい。
「うわぁ・・・やべぇ・・・。え、先輩ここの大学ってイケメン多いんすか?」
「知らん・・・。」
集中して読書も出来ないので、その本だけ借りて帰ることにした。