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第28話

7月初頭、バイト先で頼んだ花材がいっぺんに大学に届いた。

借りていた華道部の和室は、どうやら以前からあまり使われてはいなかったらしいが、届いたものを保管出来るとしたらそこしかなかった。

真夏でなければそこまで暑苦しい場所ではないのかもしれないが、以前自分が熱中症になったことも含めて、出来ればエアコンを完備してほしいもんだ。


「ん~~・・・」


大量に届いた花材を眺めながら唸っていると、ガラっと勢いよく和室の扉が開かれる。


「桐谷くん!おつ!・・・あや!?花材届いたんだね?」


「・・・ああ。」


小鳥遊は小型の扇風機を首に下げながら、袋に入った花材を眺めた。


「小鳥遊、一応聞きたいんだが・・・ここにエアコンをつけるというのは難しいと思うか?」


「・・・あ~・・・ん~~・・・。でもあれだよね、桐谷くんがここ使うの学祭までだよね?」


「そうなんだよな・・・。華道部はもうないとのことだし、エアコンがないからここ使われてなかったんだろ?」


「まぁね。・・・つってもたくさんの花材をここに置いてある以上、他の教室で作ってみてっていうのは、君からしたら結構面倒だもんねぇ。かと言って短期間のためにエアコン完備してくれる程上の人が寛容かと言われたらそうじゃない気もするし・・・。」


「・・・それこそコネを使うべきだろ。」


小鳥遊は肩をすくめてため息をつく。


「ん~~・・・そこまで必要性を感じないならオッケーしてくれなさそうよねぇ。何かこう・・・利益を見込める企画を提供出来ればエアコンくらいつけてくれそうだけど・・・。」


「・・・何だその目は・・・。俺にどうしろってんだ。」


小鳥遊は食い下がるような目をして眉を下げる。


「西田くんとミスターコン、1、2フィニッシュでもしてくれたら、二人で紙面を飾ったりして、それが話題になってモデル業の仕事が舞い込んだりするんじゃなかろうかと思って~。」


「ふん・・・何言い出すかと思えば・・・。愚問だな。」


「そしたらあれだね!見に来た時田先生の提案を受けることだね!」


「・・・提案?」


突如具体的な名前と目的が飛び出してきて、俺は思わず聞き返した。


「なんかね、こないだ理事長に会った時、時田先生は何でわざわざ桐谷くんに会いに来るんだろ的なこと聞いたんだけど、叔父が言うには一緒に作りたいものがあるってチラっと言ってたらしいのよね。」


「・・・・・」


彼の目的が見えて来た。

あろうことか大学生である俺に、共同の仕事を持ちかけようとしているんだろうか。


「なんかあれだね、そこまで気に入られてるのってすごいね。皇室に作品献上してた人でしょ?」


いや・・・あの人の目的を一括りにするには尚早だ。

突発的な言動を取る人ではあるし、聞かれたことに適当に建前で言っただけかもしれない。

第一誰よりも実力主義なはずだし、ただの学生にそんなことを頼むのはおかしい。


「桐谷く~ん?お~~い」


頭の中では、それは違うだろう・・・と否定する要素ばかり浮かんできた。


「ま・・・時田桜花の目的はどうあれ、今は目の前の問題だ。・・・・エアコンが無理そうなら扇風機でいい。後は熱中症を起こさないように俺が注意するしかないな。」


「・・・そうか~い?じゃあ扇風機くらいなら使ってない教室のものがあるし、今日講義が終わったら運んでおくことにするよ。」


「ああ、頼む。」


昼休みがもう少しで終わる時間だ。

次の教室に向かいながらいると、同じ目的地なのか廊下の先に西田が見えた。

隣にいる女子と仲睦まじく会話しながら歩いて、こちらには気付いていない。

女子の方は何となく見覚えがある気がするが思い出せない。

とりあえず講義室に着いて適当な席につくと、少し後から入ってきた二人が知り合いに挨拶を交わし、やがて西田がこちらに気付いてやってきた。


「よ、おつかれ~。」


入り口付近に目をやると、さっきまで話していた女子は友人同士固まって座ったようだ。


「おつかれ。」


「・・・なに?どした?」


チラチラと視線を動かしていた俺に気付いて、西田は隣に腰かけながら問いかけた。


「いや・・・。さっきまで話してた女子は?」


「・・・ん?・・・あ、佐伯さん?」


「・・・あ~!佐伯さんだ、そうか。また顔と名前が一致しなかった。」


「そうなの?ふふ・・・佐伯さんがどうかした?」


「・・・一緒に座らねぇのかぁと思って。」


「・・・え、佐伯さんと話したかった?」


「いや違う、お前がだよ。」


「俺が・・・あ~、別に毎回一緒に座るわけじゃないかな。最近ちょっと仲良くなった気はするけど。」


ちょっとかよ・・・

嗾けた俺としては残念だった。


「・・・お似合いじゃん。」


頬杖をついて呟くと、西田はじっと俺を見て推し量るような間を取った。


「なに?焼きもち?」


「はぁ?本気で聞いてるか?それ。」


「ん~ん。一応聞いた。んなわけないか・・・。」


まったくこいつは・・・


気持ちを切り替えさせるように女の話をしてもダメらしい。

俺が言うのは違うのかもしれない。

そうだよな。そもそも西田は、恋愛したいと思って人と関わってないと言ってたし。

興味を抱いた相手と交友関係を深めようとしている段階なんだろう。


「悪い・・・余計な言い方した。翔と椎名さんの一件で一緒に出掛けた経緯があったから、佐伯さんはいい人だと思えたし、何となく西田と波長が合うんじゃなかろうかと思ったんだ。」


素直に思ったことを言うと、西田は少し驚いたように目を見開く。


「ふ・・・はは、翔にもそれ言われた・・・。」


「そうか。まぁ・・・惚れた張れたより、お前が心許せる相手になったら、親友になるかもだし、合う合わないは色んな種類あるわな。」


「そうだなぁ・・・。」


西田はボーっと教室の正面を見ているようで、どこか焦点が合っていなかった。

そして教授が入ってきて生徒達が静かになる中、ボソッと俺にだけ聞こえる声で言った。


「俺は今も、もっと桐谷のこと知りたいなぁと思ってるよ・・・。」


俺の中にある後悔や思い出は、心の内からもう切り離してしまったがゆえに、西田の今の気持ちさえ推測することは出来なかった。


「俺はこれからもたぶん無意識な言動でお前を傷つけるよ。」


解っていることはそれだけだった。

西田はふっと鼻で笑って悪態をつくように言った。


「傷つかねぇよ、ば~か。」


チラっと左目でその表情を伺っても、無表情で目を合わせようとはしなかった。

西田はきっと二度と、部屋にいた時のように愛おしそうな視線を返すことはないだろう。

俺が何度もこいつの心をへし折ってしまったから、もう二度と捨てた気持ちを取り戻そうなんて考えないだろう。

俺はもう、誰かと幸せになってほしいなんて願い方は出来ない。

西田の気持ちを切り捨てた俺に、そんな資格はない。


悲しいとか切ないとか、そんな気持ちすら湧いてこないのだから。


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