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第21話

物心つく前から無理やりに叩き込まれた華道を、俺は偶然にも好き好んでやっていた。

俺の血筋がそうさせたのか、はたまた褒められて伸ばされたからか定かでない。


バイトがない日の夕方、パソコンに送られた学祭の映像を見ながら、イメージを固めようとしていた。


6つの様式全てで一度作ってみるか・・・。

使う花の色合いや組み合わせによっては、奇抜さも厳粛さも出せるかもしれない。


鋏を手に取ってまた、パチンパチンと茎を切り落とす。

まだ小さい頃、大きな大人用の鋏を扱うことも難しく、子供用の鋏を使っても茎や枝が固くて切りづらく、悪戦苦闘しながら作品を作っていた。

加えて右目が見えないこともあって、人の何倍も時間がかかった。

だがそれと同時に、片目でも生きて行けるように努力し続けて、普通の人と変わらない生活が出来るようになった頃、初めて生け花のコンテストで優勝した。

与えられたテーマと花材で、一瞬でイメージを固めて時間内に作り上げることは、かなりのプレッシャーではあったけど、何より楽しかった。

生けている時だけが、感情が動いて俺自身も生きているのだと実感出来たからかもしれない。


母は怪我をしてからは、無理に続けなくてもいいと気遣ってくれたが、自ら進んで必死に生け花と向き合う俺を止めることはなかった。

それだけを渇望していて、一心不乱に花材を集めては生ける。

無限の可能性と表現があると分かった時は、この先何年も続けて自分は何を成したいのだろうと、途方に暮れたこともあった。


いずれ一人で生きていくようになる頃、自分で稼いで生活しなくてはならない。

生け花の講師になりたいわけじゃない。時田桜花のような、クリエイティブな華道家になりたいわけでもなかった。

夢中で生け花をやり続けていた時、気付けば俺は18、受験生だった。

スポーツの特待生などとは違い、推薦なんてものはない。

若者の認知度も低く、日本古来の文化でありながら、それで生計を立てられる者などわずかだ。

勉強はそこそこだったが、悩んでいた俺の心を良くも悪くも切り替えたのは、時田桜花だった。


迷っているなら、まずは堅実な道を選びなさい。

芸は身を助けると言うけれど、今はそんな時代でもないかもしれない。

君の作品の素晴らしさを以てしても、時に大きな力でなかったものにされてしまう。

評価を受けるだけのコンテストはもう辞めなさい。


そう言われた。

結局のところ何を言いたかったのかと、真の意図はわからなかった。

もう一度会う機会が訪れるなら、それを聞くチャンスかもしれなかった。


そうして俺は普通の大学生になった。

人と上手く関わる術など知らぬまま。生け花での表現以外のことを経験しないまま。


両親はそんな俺をいつも気にかけていた。

けれど感情的になって俺を叱ったり、しつけたりはしなかった。

誰よりも俺の才能を信じてくれていたから、困った時だけ手を差し伸べてくれる存在だった。

けれど二人とも俺が普通の交友関係を築けるのかを一番心配していたようなので、そればかりは読書しながら、他人とのコミュニケーションを勉強するしかなかった。


そして大学1年の時、そもそも友人というものがどういうきっかけで出来るのかと壁にぶち当たった。

そんな時だった、或る日講義室で授業を待っている間、ボールペンを足元に落としてどこかへやってしまった。

あらぬところに転がって行って、俺がキョロキョロして困っていると、咲夜がさっとそれを拾い上げて渡してくれた。

そして俺に手渡した咲夜は初見でこう言った。


「・・・もしかして視力悪い?」


呆気に取られて俺は見つめ返した。この世にこんな綺麗な顔をした男がいるのかと思ったからだ。

けど咲夜は瞬間的に失言だと思ったのだろう、申し訳なさそうな顔をして詫びた。

すると咲夜は当然とばかりに俺に気を遣って、一緒に前の席に座ってくれた。

余計なことを口にはせず、話しやすい咲夜とすぐに仲良くなった。


それから咲夜の友人である、西田と翔とも気兼ねない仲になり、今に至る。


手元にある最後の花の茎を少し曲げて、少し手前に飾った。

奥行と躍動感を出して、色とりどりに仕上がった生花しょうかだ。

広報部の展示は、大学の紹介であり、活動報告であり、校風をアピールする場だ。

色んな色がある花が、同じ場所で活躍する・・・そういう学生たちをイメージしよう。

なら6つの様式全ての生け花を飾っていいかもしれない。

いや、そうなると場所を取りすぎるか・・・

どんなスタイルであっても、どうな生徒であっても、一つの何かに所属して個性を生かしている、そういうコンセプトがいいだろう。


「ふぅ・・・・・」


目の前に出来上がった作品は、ある意味奇抜であると思うし、バラバラなようで協調性があるとも言える。


その時ガチャリと自宅の扉が開く音がした。


「桐谷~・・・いる~?」


「・・・いるよ。」


散らかった葉や茎を拾い上げてゴミ袋に入れながらいると、西田が寝室をさっと開けた。


「あ・・・・・・・」


俺を見つけて表情を緩めた西田が、生け花を見た途端に時が停まったかのように黙った。

そのうちゆっくり座り込んでじーっと見ていたので、正面から見せてやろうと器を返した。

西田はまじまじとその試作品を見つめて、そのうちじんわり涙を浮かべた。


「え・・・・どうした?」


思わぬ反応に驚いて声をかけると、西田はポロポロ涙をこぼした。


「ごめ・・・・。・・・生け花のことぜんっぜん知らないしわかんねぇけど・・・今何となくわかったわ・・・。桐谷が作ったもんだと思うとなんか感動して・・・」


西田は鼻水をすすりながら恥ずかしそうに笑った。


「はは・・・俺芸術作品とかで泣いたことないのに・・・。何だろ・・・ずっと知りたかった桐谷の心の内がやっと見えた気がして・・・。わけわかんねぇよな!ごめん!とにかくすごいわ、桐谷が言ってたことわかった。」


「・・・・何がだよ・・・」


「・・・ん・・・憧れの人と作品で対話してたんだろ?それが出来る表現力を持つ人に惹かれるってことだよな。俺は形に出来る何かも、技術も持ってない。だから桐谷に好きになってもらえるはずなかったよな。涙が出たのはさ、すごいなぁって気持ちと・・・生け花に対する純粋な感動と・・・これが桐谷の作品なんだなっていう嬉しさと・・・ああ、ホントに俺じゃダメなんだなっていうショックかな・・・。今更ごめん・・・。」


何故だかその時だけは、苦しそうな西田に同調する自分がいた。


「謝るな・・・。」


「ふ・・・うん。」


涙を拭う西田の隣に座りなおして、そっと抱きしめた。


「西田・・・ありがとな。感じ取ってくれる何かがあるのは嬉しい。俺は心底お前のことを大事な友達だと思ってるよ。・・・少しでも好きになってくれてありがとな。」


西田は震える腕で抱きしめ返して、言葉にならない何かを堪えながら泣いていた。


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