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第20話

その日は珍しく早起きして、ネット注文していた生け花用の花を箱から取り出した。

ガサガサと包まれた袋をはがして、一本ずつ手に取る。

生花の香りが部屋の中に立ち込めるようで、その色鮮やかさに若干気後れする。

バイト中常に花には触れているものの、自分がこれから生けるものを手に取るのは随分と違う感触を覚えた。

茎や葉、花びらの様子を一つ一つ確認していると、つい数年前まで馴染んでいた感覚が次第に蘇る。

鋏を持ってまだみずみずしいその茎をパチンと弾くように切る。

水切りして用意した簡単な器と剣山に、花材をそっと生けた。

しんなり伸びた枝と可愛らしい葉が、控え目にも堂々と立って花を迎える準備になる。


ここは自分の寝室だ、空間を生かすような派手なものは見合わないかもしれない。

けど今久々に目の前にした生ける花たちに、心躍る自分がいる。

自由にやるか・・・流派も様式にも拘らずに。自分の為だけに。


パチンパチンと鋏の音を響かせながら、一人きりの空間で黙々刺していく。

生けるために触れている感触が懐かしい。味のある傾きに茎を曲げ、自然な曲がり方をした枝に合わせ、表情を見せるように花を思い思いに生ける。

モデルに衣装を着せるように。写真を遠近法で撮影するように。絵具を重ねて濃淡を作るように・・・。


まだ薄明るい時間から始めて、いつの間にか朝日が昇って窓の外は煌々としていた。

没頭していた自分に気付いて、やっと部屋にある時計の針の音が耳に入る。


「やばい・・・今何時だ・・・」


気付くと家を出るギリギリの時間だった。

慌てて用意を済ませて、花はそのままに部屋を後にした。


1限から3限まで講義を受け終わり、展示を予定されている教室を訪れた。


「あ、桐谷くんお疲れ。」


扉を開けると何人か広報部の者が集合していた。

小鳥遊さんが満足気にこちらに来て俺の顔を見上げる。


「今回は依頼の受諾感謝する。さっそく打ち合わせといこうか。これ、君が知りたがっていた花の仕入れ先とか、予算の件まとめてあるから。」


冊子を渡されて何となく目を通す。


「・・・そこまで広い教室じゃないようだが、展示物はこの教室の広さに対して何割くらいになる?」


小鳥遊さんはぐるっと空間を見渡して腕組みする。


「そうだなぁ・・・制服のマネキン置いて・・・部活の紹介物と・・・あれと・・・それと・・・。だいたいだけど7割くらいかな?そこまでぎゅうぎゅうに置かないしね。」


「では・・・展示物を主に見物しに来る人達は?」


「え・・・まぁ理事長が呼んだ来賓者とかが雑談しに来たりが主かな。教授たちも見に来る人はいるけど、生徒はほとんどこないね。」


「そうだろうな・・・。見て回る通路確保以外に、テーブルや椅子を置く予定は?」


「まぁコーヒーテーブルサイズくらいのものは置くかな?」


「コーヒーテーブル・・・展示物以外の家具が決まったら必ず共有してくれ。作品と合わないものになると困る。」


「そうなの?」


一つ息をついて、少し眠気を感じる頭を必死に働かせた。


「・・・本来、生け花など芸術品と別の展示物とを、両方活かす空間のデザイナーがいないといけない。ただ展示したい物、ただ飾りたい生け花を置いてしまうと別々の主張があって、来た人は何をどう見たらいいのかわからなくなる。一番にアピールしたい展示物が何なのか、どういう順番で誘導するように見せたいのか、その空間で生け花がどういう役割を果たすものになるのか、まず目的が定まっていないようじゃ、何を作っていいのか決められない。」


捲し立てるように言うと、その場にいた数人はシンと鎮まって俺を見た。


「はぁ・・・。それとも何か?目的もコンセプトも決められてない何となくのお遊びに俺は巻き込まれてるのか?それならハナから作る気ないぞ?俺はプロでも何でもないただの華道家元の息子だけど、金をもらわないにしてもプロ意識は持ってやるつもりだ。」


小鳥遊さんはニヤリと口元を持ち上げた。


「そうでなくっちゃねぇ。ごめんね?生け花だけじゃなくて空間のバランスまで考えさせちゃって。ご存じの通り私たちもただの学生だからさ?さすがにプロを雇ってまで学際の展示会は出来ない。無償でどこまで出来るかっていう勝負でもあるね。ただ叔父は君が使う花材の予算に関しては、糸目をつけないつもりでいるから、一応そこに書いてはいるけど多少の無理難題言ってくれても問題ない。とりあえずこの場所の展示を想像しやすいように、いくらか撮影していた去年一昨年の様子とかを見せるよ。」


「・・・ああ、わかった。」


動画で撮影されていた去年の様子を拝見して、以前は恐らく華道部が作ったであろう生け花が出入り口を飾っているのが分かった。

俺は思わず一緒にパソコンを眺めていた小鳥遊さんに声をかけた。


「おい・・・・」


「ん?」


「何だこれ・・・誰だこれ生けたの。」


「え、去年の華道部の部長じゃない?結構拘り強い口うるさい奴だったのよねぇ・・・高飛車でさぁ・・・。桐谷くんが入学してから君の頼もうと思ってたのにさ、部長が頑なに嫌がったのよ~めんどくさかったわ~。もう卒業したからいないよ?」


「・・・ほう・・・こんなもん出すくらいなら俺なら死んだほうがましだ。」


「ははは!言うねぇ。まぁ素人の私でもわかるよ?主張が強すぎるっていうか、我が強い性格出てるっていうか・・・来てくれた人達もちょっと困惑してたもんなぁ。まぁ、部長の親御さんがいいとこの社長さんらしくてさ、叔父も容認してたみたいだね。」


「ふ・・・大人の忖度に巻き込まれて大変なこったな?」


「ふふ、まぁその分自由にやらせてもらってる部分はあるんだよ。何はともあれ、そこまで畏まった展示をしてるわけじゃないのは伝わったと思う。広報部と言えど、うちも一部活の展示だし、お偉いさん方がお茶の足しに話題にするくらいだよ。」


「そんなことより疑問なんだが・・・」


「ん?」


「本来部活の紹介も含めて華道部が展示していたんだろう?俺は華道部に所属してないが?」


小鳥遊さんは書類の準備を進める部員をチラリと見ながらあしらうように言った。


「あ~大丈夫。華道部は人数の関係で去年既に廃部になったから。それでも最後にって部長が出してたのがさっき見てもらったやつだよ。」


「・・・は?こないだ俺に、知らないと思うが華道部があるって言ったよな?」


「そうだね!ある、じゃなくてあった!だね?ごめんね?」


もう突っ込む気も失せて再度画面に視線を戻した。


「去年のこの展示と今年も変わらないと思っていいのか?」


「そうだねぇ・・・各部活の活動歴を紹介するのが主だったりするし、だいたいこんな感じだと思って大丈夫。」


「そうか・・・じゃあ主張が強すぎず弱すぎない自由花で行くか・・・。」


小鳥遊さんは教室の入り口に立って、空間を覆うように腕を動かした。


「このくらいの高さでね、これくらいの大きさでさ、ザ!生け花!って感じの~風流な・・・パッと明るい感じのがあったらいいなぁって思ってるよ!」


「・・・・・言わんとしていることは伝わったが、それは所謂『生花しょうか』と呼ばれる様式だと思う。俺がさっき言ったのは自由花だ。」


俺はスマホを取り出して検索して写真を見せた。


「へぇ・・・こういうのもあるんだねぇ。でも可愛らしくていいね。」


「これはあくまで一例だ・・・可愛く仕上がるかどうかなんてわからん。生けられた姿は違うだろう。生花だと存在感が強すぎる。このシンプルな教室の雰囲気とも合わない。」


壁紙や天井、ライト、床板などは変えられるわけがない。ならばこの条件でそれ相応のものでないといけない。


「まぁ桐谷くんがそう言うならいいけど。その自由花?とやらで時田先生を唸らせる作品出来そう?」


「さぁな・・・。あんたが依頼した目的は、広報部の展示物と見合う生け花だろう?それとも・・・理事長に何か時田桜花に対して目論見があって、そのために彼を挑発するような作品でも作らせろって言われてんのか?」


「あ~・・・どうなんだろうね。そこまでの話はされてないかな。口ぶりからとりあえず桐谷くんが作品作らないと、時田先生が来ないみたいだからお願いねって感じだったから、特にどういう作品にしろっていうのはないはずだよ。」


「それならいい。いちいち時田桜花の名前を出すな、気が散る。」


「はいは~い。」


雰囲気に合うものを、自分の持てる力で作るしかない。

それ以上のことは出来ない。

力み過ぎず、高望みせず、自分が作りたいと思える理想と現実を。

120%の作品を作れるまでの助走を始めなければならない。


教室を見渡しながら先ほど見た雰囲気を、頭の中で想像した。

入り口と出口と、最低でも二つ作る必要がある。

展示するというだけの空間に、目的やコンセプトがないならそれらは自分で決めるしかない。


自分が満足いくものを作れたなら、それをどう思われようが構わない。



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