第2話
翌日、早く来過ぎた講義室でボーっとスマホを眺めていると、何人か生徒が入ってきた気配と共に名前を呼ばれた。
「桐谷くん」
振り返ると昨日の女子Aがいた。
「・・・あ~・・・えっと・・・おつかれ」
俺が名前を思い出せないでいると、その子はふふっと口元に手を当てて笑った。
「鳥野です~。私は桐谷くんの下の名前ちゃんと覚えてるよ?春くん?」
さっと隣に腰かけながら彼女は、これからは私メインキャラです、と言わんばかりの顔をする。
「あ~・・・うん。」
興味なくまたスマホに視線を戻すと、頬杖をついて彼女は俺を眺める。
「デートしたいって言ってたよね?私連絡先聞いてないことに気付いたの。教えて。」
翔をトレースしてる時にそんなこと言ったかもしれん俺・・・
「ん~・・・やっぱいいや。」
「え?」
「デートとかめんどくさくてしたことないし・・・。興味ない。」
失礼なことを言っている自覚はあるので、俺はせめてキチンと話そうとスマホを閉じて机に置いた。
彼女と同じように頬杖をついて、左目の視界に映るだけ彼女を見た。
「したことないって・・・ホントに?」
「うん。」
鳥野さんはハトが豆鉄砲くらったようにしばし停止した。
「え、じゃあ誰とも付き合ったことないの?」
「うん。」
「・・・じゃあファーストキスもしかして私?」
「いや・・・違うけど・・・」
「・・・女の子とエッチしたことは?」
「ない。」
「うっそー!」
「・・・嘘つくメリットないからなぁ。」
「あ・・・もしかして男の子が好きとか・・・?」
「いや、別に今のところ好きになったことないよ。」
「へぇ・・・そうなんだぁ。」
俄然興味が湧いてきたと言わんばかりに、彼女はニヤリと口角を上げた。面倒極まりない。
「じゃあ私が付き合えたら、桐谷くんの初めての女になれるんだぁ。」
「・・・若干セクハラだなぁ、その発言は・・・。」
「え、ごめん。」
鳥野さんはまたスマホに目を落とす俺に、どうしたら気を引けるものかと思案するように、服をつんつん引っ張る。
「桐谷くんからの好感度が全然上がってないことはわかったんだけど・・・恋愛自体に興味がない人だったりする?」
「うん。」
「さっきから何眺めてるの?」
「・・・ネットでニュース見てる。」
「そっかぁ・・・。桐谷くんが興味ある事ってなあに?」
何とも彼女は、よくわからない俺に挑もうとする変わり者かもしれない。
「・・・・・恋愛以外ならそこそこ興味あるよ。めちゃくちゃに好きでハマってることってのはない。」
「ふぅん・・・。でもさ、人間ある程度パターン化してルーティンがあったりするじゃない?同じ朝ごはんのメニューにしちゃうとか、服も同じブランド買っちゃうとか・・・」
「・・・はぁ・・・。悪いけど話しかけないでほしい。」
見えない右目を傾けて彼女を見ても、左目の視界でしか表情をとらえることは出来ない。
めんどくさいというだけで人を傷つけるつもりはないけど、かわすよりハッキリ言った方がいい時もある。
「え~?そんなに興味ない?」
彼女は座りなおすように腰を寄せて近づいて、コッソリ耳打ちした。
「昨日いっぱいキスしたじゃん。桐谷くん上手だったよ♡」
俺の頭の中で、どでかいフォントで文字が並ぶ。
ど う で も い い
この子はキスすらしてはいけない相手だったようだ。見誤った。
誤解を受けそうな距離感にいる中、同じ講義を取ってる西田がやってきた。
「・・・おはよ・・・桐谷。」
どうやら俺が絡まれてると判断して、あえて邪魔に入ってくれたようだ。
俺がゲッソリした表情を返すと、鳥野さんもパッと振り返った。
「・・・あ、西田くんおはよ~。」
「ああ、鳥野さん、おはよ。えっと・・・座っていい?」
「あ、私の隣いいよ~。桐谷くんそっちつめて?」
「・・・鳥野さんが西田と代わってほしい。どいて。」
尚も冷たくあしらうと、彼女は勘弁したようにため息をついて渋々席を立った。
去っていく彼女の背中をチラリと見た西田は、そっと俺の隣に腰かける。
「なに・・・迫られてた?」
「・・・・・。」
答える気力もなく軽いため息をついて、今後声をかけられないことを祈った。
昨日の雨の影響か、今日は快晴ではあったけど、若干水たまりが残る中、昼時にカフェテリアへと向かう。
うるさい翔がいないと実に静かに日常が過ぎることを感じながら、学生が集う食事場で、いつものように集団の中で一層に目立つ咲夜をすぐに見つけた。
周りの席は女子が埋め尽くしていて、皆一様に彼をチラチラみながら食事を進めているんだ。
「おつかれ」
定食が乗った盆をテーブルに置いて向かいに座ると、咲夜も短く挨拶を返して、また箸を口に運ぶ。
咲夜といると一番楽だ。こいつは無理に会話をしようとしないし、西田のように気を使い過ぎる性分でもない。
いや、厳密には友人に対してはそういう態度なんだろう。
同じテーブルについていても、終始黙って食事をしていることは珍しくなく、どうでもいい話題の宝庫である翔が話しかけなければ、食べ終わって席を離れるまで何も話さないこともある。
当然だが、例え存在に気付いていて別の場所に座ったとしても、お互い気にならないという具合だ。
実にいい距離感。だがそれもまた、咲夜が俺がそうあることを望んでいるのを察しているからかもしれない。
何事にも固執することなく、執着も頓着もない俺を、咲夜は特に心配もしなければ興味もさしてない。
だが恐らくだけど、こいつは困っていたり何かを抱えこんでいる様子の者にはすぐに気づく。
そういう時だけは側に居てやろうと気を回せる奴だ。
それにしても、サバの味噌煮定食が美味い。これは当たりだ。
もぐもぐと咀嚼しつつ、何気なく咲夜にチラリと視線を向けると、食べ終わった彼は飲み物を口に運んで、同じく視線を返した。
いつ見てもマネキンのような顔をしている。
「・・・どうした?」
意外にもそう声をかけられて、思わず返事に困った。
「いや?」
すると咲夜のいつものふっ・・・と鼻で笑うような笑い方なのに、これで恐らく女は落ちるのだろうと感じる笑顔を見せた。
「なんか疲れてんじゃん。」
咲夜の短い指摘は、毎回のことだが的確ではある。
「・・・・・疲れてるわ。マジめんどい、怠い。」
俺がそういいながら白米をもりっと箸で掬うと、ふぅんと漏らしながら咲夜は頬杖を突く。
「俺は桐谷の自由さと真面目さが、相変わらず好きだな・・・。ブレないところも。桐谷は桐谷のままでいいんじゃない?」
咲夜は・・・俺が何も話していないのにも関わらず、何故か俺のアイデンティティを肯定した。
俺が黙って見つめ返していると、同じく咲夜も意地悪そうで特徴的な笑みを浮かべながら、俺をじーっと見た。
「俺、変なこと言った?」
「おん。でもまぁ・・・咲夜に肯定されるのは悪い気しねぇかな。」
「ふふ・・・そ?・・・桐谷とかはさ、俺の顔見てて何考えたりする?」
「・・・?マネキンみたいな顔だなって思ってた。」
「へぇ・・・・そう?マネキンって・・・。ふぅん・・・。西田は何て言ったと思う?」
「あ?・・・あ~・・・何だろ・・・ん~~・・・あ~『イケメンは苦労多いんじゃねぇかなぁ』とか?」
俺が適当なことを言うと、咲夜はあっけらかんと笑った。
「はは!正解は、『俺が女だったら絶対目の前に座ってたら緊張するなぁ』だってさ。」
「ふぅん・・・。まぁでも、咲夜はさ、自分の努力で得たわけじゃないその見た目も、別に嫌いではないだろ?」
「あ~うん、嫌いではないね。おかげで女の子にモテたし、評判はいいからさ。今は、小夜香ちゃんが好きって言ってくれるから好きになったよ。」
「あ~・・・てかさ、西田はさ、別に今でも咲夜のこと・・・真正面から見てたらあいつ、たぶん緊張してるよ普通に。」
俺がそう言うと、咲夜はピタっと表情を止めた。
「え・・・?そう?」
「おん・・・」
咲夜はふと真面目な顔で視線を逸らせた。
「なんでなんだろ・・・もう2年間も付き合いあるのに?」
「さぁ・・・。あいつはさぁ・・・お前以上に人の変化に敏感だろ?付き合いが長くなる程、お前の良いところがわかるからじゃね?」
「・・・え~?どういうこと?」
「んだからぁ・・・好きな人に対して悩みまくってた咲夜とか、念願かなって彼女と幸せそうにしてる咲夜とか、自分の悩みを聞いてくれる咲夜とか、色々知ってるから、中身もいい奴だなってわかってて・・・自分との差を感じてるとか?」
「・・・差を感じて何で緊張になるのさ・・・」
「ば~かお前・・・自分で聞けボケ。俺のは推測だよアホ。」
「めっちゃ言うじゃんw」
また割り箸でおかずを口に運ぶと、タイムリーにも西田がやってきた。
「おつかれ。咲夜、これ。」
「あ?なに?」
「こないだ・・・家で相談乗ってくれたからお礼。」
ちょっと恥ずかし気にしながら、西田はジュースを咲夜に手渡した。
「そんなんいいのに・・・。ありがと。」
二人のやり取りを見ながら、思わず脳裏をよぎる、少し前にたまたま観たドラマの風景・・・
なるほど・・・こういうイケメンのやり取りで・・・女子はキャーキャーするわけだな・・・
まじまじと考えていると、二人して俺の視線を不思議に思いながら、頭の上には?を浮かべていた。