第19話
「もう辞めたんだよ・・・・本当は・・・・。」
帰ってきた自宅で、ソファに寝っ転がってダレていた。
同じくバイトが休みで家に来ていた西田が、俺の呟きに寄り添うように側に来た。
「何が~?」
「生け花・・・」
西田はぐちゃぐちゃになった俺の前髪をどけて、そっと額に触れた。
「俺には、まだやりたいんだけどなぁって聞こえたけど。」
西田の悲しそうな優しいような笑顔、どうして俺にそんな目を向けるのかを、何となく知りながら視線を逸らせた。
「本当はわかってんだよ・・・。今の実力が知りたいから時田先生が見に来ることは。けどはっきり言って・・・期待されることには慣れてないし、鬱陶しい。」
「はは・・・桐谷らしいな・・・。」
「・・・俺らしいってなんだろうな・・・。それを求められてんのかな・・・。」
「・・・ふ・・・あ~あ、珍しいな、弱ってる桐谷なんて・・・。人間らしい桐谷のそのままでいいよ。俺は今の桐谷が好きだよ。お前もそうだろ?悪くねぇなって日々思ってるように見える。話してると楽しそうにしてくれてると思ってる。今作る桐谷の生け花を見てさ、気に入らないとかそうじゃないって否定されるなら、その人の期待には沿えないし、それは悪いことじゃないよ。」
「・・・・じゃあ・・・時田桜花が俺の今も気に入って、更に何かを依頼してきたらどうすんだよ。」
「どうするって・・・・それは桐谷が決めることだろ?」
「そうじゃねぇって、それはそれだけど、お前はどう思うかって話だよ。」
西田は困惑したように表情を歪ませた。
「何でそんなこと・・・」
起き上がって乱暴に髪の毛をかき上げて、まだ前の雰囲気が抜けきれない西田に目を合わせた。
「いっぱしに傷ついた顔すんな。俺はお前を彼氏にした覚えねぇぞ?お前みたいないい奴を、自分のことに振り回したくねぇから関係を辞めたんだよ。しょうもねぇからやめろ、友達の世話焼いてるくらいに思っとけ。」
「・・・わかってるよ・・・わかってるから・・・。そういう俺の気持ちにさ・・・気付かないでよ・・・。わかってるけど見ないフリしててよ。」
「・・・はぁ・・・しょうがねぇ奴だなお前・・・。」
俺がため息を吐き出すと、西田は少しムっとしながら俺の頭をガシガシ撫でた。
「お前がさぁ!自分が思ってるよりいい奴で魅力的なんだって自覚ねぇからだろ?惚れさせんなよアホが!」
「・・・く・・・ふふ・・・お互いあんまり属性を知らな過ぎたからこうなってんだよ。惚れるとか惚れねぇとか馬鹿くせぇ・・・どうでもいいわ、そんなこと。」
「何だよ・・・桐谷はその時田先生とやらに惚れてんだろ?」
西田は容易にそんなことを言うもんだから、自分が今まで固執していた気持ちを振り返ろうにも、何かもうそれすらしょうがないことに思えた。
「惚れてはいたけど、欲しいと思ってたけど・・・だからなんだっつー話だよ。その人と現実的に恋愛したいなんて思ってなかったよ。信仰心に近いかもな。」
「・・・そっかぁ・・・。生け花の神様とまた話す機会があるんだろ?」
「あ?どこで聞いた。」
俺が反射的に睨みつけると、西田は仕方なく笑った。
「小鳥遊さんだよ・・・ミスターコンの参加者になってくれって頼まれたんだ。その時桐谷の話をしてて、その人が来るって・・・。もしかして桐谷が前話してた人かもなってピンときたんだ。っていうかさっき自分で時田先生が見に来るって口にしてたろ・・・。」
「ふぅん・・・・・・。参加すんの?」
「へ?・・・ああ・・・どうしようかな・・・。10人は集まってほしいみたいなんだけど、まだ半分だって・・・。でもさ、優勝したら1年間学食半額なんだってさ!広報部の紙面のモデルとかやんないといけないらしいけど、半額は惹かれるよなぁ・・・。」
「なんか咲夜も似たようなこと言ってたな・・・」
「え、咲夜参加すんの!?」
「するわけねぇだろ・・・。よく似た顔の兄貴が元当主として知られてんだぞ?そんな目立つことする馬鹿じゃねぇよ。」
「あ~そっか・・・。」
「優勝する自信あんならやらない手はねぇけどな。そういうコンテストで勝つには、審査員が誰かによるぞ。相手の気分や好みで決まるんだからな。」
西田はくつくつ笑いながら悩むように視線を泳がせた。
「まぁそうだよなぁ・・・。正直興味はないんだけど・・・優勝者に特典があるっていうのがちゃんとしてていいよな。やってみても面白いかなぁ・・・。」
「好きにしろ~。出場したら全力で茶化しに行くわ~。」
「ふふ、翔と同じこと言うじゃん。」
その後西田はまたボーっと考え込む俺をよそに、キッチンで料理を始めた。
どうやら頼まれてたことを律儀にこなしてくれてるようで、俺がパソコンで課題をこなしている間ずっと家事をしていた。
めんどくさいレポートを終えた後、ネットで最近のコンテストで優勝している生け花の作品などを見ていた。
何かこう・・・収まりがいいと言うか・・・行儀がいいというか、どうにも上品な作品が多い。
審査員も随分と変わっているからか、正統派な作品が評価されてるのか?
咲夜が俺の作品を奇抜と言った意味がよくわかる。俺自身そんな意識なく作っていたけど、お上品な生け花と比べたら、確かに俺のは異質に見えるだろう。
「っち・・・面白味ねぇな・・・」
まるで純愛映画の予告動画を見た気分だ。
二番煎じ三番煎じだこんなもん。
ファッションみたいに流行が回るのか?家元が揉めて流派を気にするようにでもなったんだろうか。
あるいは忖度が大いに働いての優勝者なのか・・・。
こんな作品たちが優秀賞になるくらいなら、俺はあの時からコンテストに出るのを辞めて正解だったかもしれない。
「桐谷、粗方終わったよ。」
「・・・・・あ?」
パッと西田を見上げると、エプロン姿でニコリと微笑んだ。
「バッチリ家政婦しましたよ。作り置きのおかずたくさん冷凍したし、洗濯物も畳んだし・・・。寝食忘れて没頭すんのだけはやめろよ?体壊したら元も子もねぇし。後、洗濯機くらいは自分で回してな。」
「・・・ああ。ちょっと待ってろ。」
寝室に入って箪笥から茶封筒を取り出し、お札をいくらか入れた。
「ん、バイト代。」
「いいよ、買い出しした食費だけで。レシートあるから。」
「おい・・・」
自分の鞄からレシートを取り出して俺に差し出す西田を睨んだ。
「受け取らないのはお前の悪いとこだわ。」
「え~?大した事してないしさぁ。桐谷だって言ってたじゃん、弟の面倒見るくらいのつもりでいいって。・・・そんな顔すんなよ・・・。大学で咲夜と話してた時は、可愛い顔してたくせにさぁ・・・。」
「っち・・・わかった、今回はお前のその失言により食費しか払わねぇよ!初回無料ってやつだ。次回からはちゃんと受け取れよ?わかったな。」
「は~い。ふふ・・・」
咲夜の嫌なところが西田に似ないか心配になってきたな。