第18話
翌日返信がきて、広報部の部長である彼女から正式な依頼を引き受けることとなった。
予算の相談や打ち合わせ等を含めて、夏休みにまで大学に行く羽目にはなるが、展示する教室での相談は欠かせない。
面倒なことになった・・・とは思ってる。
けど正直、時田先生が俺をだしにされてわざわざ来校する意味もわからない。
上手く会話が成立するかどうかはわからないが、聞きたいことは山ほどある。
講義室で次の授業を待っている間、時田先生の最近の作品でも調べてみようかと思ったけど、あまり情報を仕入れ過ぎて感化されるのはよろしくない。
相手に忖度して作品を作るようになってしまう。
「よ、おつかれ。」
はっとなって隣に座った奴を見ると、不思議そうに俺を眺める咲夜がいた。
「桐谷どうした?あんま顔色よくないけど・・・。」
「・・・・・いや・・・・大丈夫。」
咲夜は真剣な顔つきで凝視してくる。
「また不摂生してる?」
「・・・いや違うって・・・」
西田といい咲夜といい・・・俺の生活面を気にしすぎだな・・・
「西田を家政婦として雇うことにしたから大丈夫だって・・・。」
俺がそう言うと咲夜はケラケラ笑った。
「え、なにそれwどういうこと?」
俺は仕方なく小鳥遊さんから受けた話や、自分とわずかに交流ある時田先生の話をした。
「へぇ・・・そうだったんだ・・・。時田桜花って俺でも知ってるよ。テレビでも見たことあるし、ネットニュースでも海外での活躍取り上げられてたりするもんね。」
「ああ・・・俺は最近の活躍はまるで知らなかったけど、何を目的に俺の作品を見たいと思うのか知り得ないから、話を聞かないことには意図がわからないと思ってな・・・。」
「ふぅん・・・。」
咲夜は頬杖をついて長いまつげを伏せた。
「うちにも何度か来たことあったんだよね・・・。」
「・・・は?」
咲夜は記憶を思い返すように目を閉じた。
そして何となく気まずいような表情をする。
「高津家に・・・というか御三家それぞれに作品を提供してくれたことがあったんだよ。俺が子供の頃だったから・・・10年前くらいかなぁ・・・別に個人的に話したことあるわけじゃないから、どういう人かは知らないけどね。でも晶が・・・美咲の奥さんがさ、ずっと華道や茶道をやってたから、実は桐谷のことも中高生の時から知ってたよ。晶から雑誌を見せてもらったことあったし、自分でネットの情報見たしね。」
「・・・・・そうなんか・・・。」
咲夜は俺の経歴を知りながら、今までその一切を尋ねやしなかった。
こいつ自身が自分の話を聞かれるのが嫌な奴だからかもしれない。
「桐谷は時田さんにライバル意識がある感じ?」
「ふ・・・・まさか・・・。どちらかと言えば憧れだよ。」
「そうかぁ・・・。時田桜花の作品も、桐谷の作品も俺見たことあるけど、なんか似てる感じがしたんだよね。」
「似てる・・・?」
俺自身彼に似せようと作っていたことはなかった。ただただ必死に注目を集めようと生けていたから。
「ん~・・・俺素人だしそこまでわかんないから失礼だったらごめんね?晶も美咲も華道を嗜んでたから言ってたんだけど、コンテストに出してた桐谷の生け花を見て、時田桜花が同時期に出してる作品との会話みたいだって言ってたんだよ。ほら・・・アーティストがさ、特定のアーティストとか曲に対してアンサーソング作るみたいな・・・そういう感じ。時田さんはプロだし年齢も離れてるから、俺でもすごい作品だなぁってのはわかるんだけど、桐谷のも俺は同等くらい奇抜だったし衝撃受けたよ。」
咲夜が芸術に対して感想を語る様を初めて見て、俺は何も言えなくなった。
「桐谷は根っからの芸術家なんだろうな。俺は好きだよ。」
何か満足気な笑みを浮かべる咲夜に、湧きあがるような恥ずかしさと、高揚感に似た何かがこみあげた。
「はは!桐谷顔真っ赤。何その反応、可愛いとこあんなぁ。」
「・・・・てんめぇ・・・・」
咲夜は俺の頭を撫でてニヤニヤしていた。
「・・・おつかれ二人とも。」
気付くと側に西田が立っていて、パッと見上げると驚いた表情で俺を見た。
「西田おつかれ。」
「桐谷・・?どうした・・・」
心配そうにする西田をよそに、咲夜はにやつきながら続けた。
「何でもないよな~?ちょっと内緒話してたんだよ。そしたら桐谷が照れ顔見せてくれてさ~。可愛いったらなんのってw」
思わず咲夜の頭をはたくと、「ごめんごめん」と子供を窘めるようにまた俺の頭を撫でた。
「え~・・・俺にも教えてよ。」
西田は前の席に腰かけて強請るように振り返った。
「お前らマジ調子乗んな・・・。咲夜手ぇどけろ!」
「ふふ、はいはい。」
詳しく聞きたがる西田をあしらいながらいると、翔がパタパタと走ってやってきた。
「お~い、お疲れ~!何々お前ら~、イケメン共が女子からの注目集めやがって!周りの女の子たちがソワソワして見てんぞ!」
空気をぶち破って悪態をつく翔は、いつものように西田と咲夜に犬のように大人しく丸め込まれて着席させられた。
自分自身わかっていた。
生け花を続けていたのは、俺自身表現することが好きで、楽しくて仕方ないことだからだ。
けど楽しいだけじゃ上手くはならない。あの人の理想に届くような作品は出来ない。
だからいくらでも研究したし、優勝や金賞、最優秀賞を獲ることは、彼がそれまで成し遂げていたことだから当然だと思った。
届いた先で何をしたいかなんて決めていなかったのに、俺を見てほしいという気持ちしかなかった。
けど最後に参加した大会の後、花展で話した時、何か俺の中で糸がプツンと切れて作る気力が失せた。
時田桜花は、自分と人と生きる世界を分けている存在だった。
俺は自分の中で、今まで生けてきた花たちが、突然無意味で色あせたように見えた。
それ自体がショックだった。自分の気持ちだけで、美しく咲いている花を無為にしてしまったことが。
いつか朽ちていく花を、今ある命として生けるのが華道家だ。
俺みたいなガキがその尊さを表現しきることも、作品として0か100にしてしまうのが、愚かな気がしてならなかった。
俺は自分自身に落胆したんだ。