第14話
ダブルデートとやらを終えてから数日後、翔と椎名さんがどうなったかは知り得ないしそこまで興味はなかったが、或る日講義室に到着して真ん中らへんの席につくと、斜め前の方で西田を見つけた。
相変わらず友人と楽しそうに会話していて、その中には佐伯さんの姿があった。
お?さり気なくさっそく仲良くなる機会を得ている感じか?
あまりじろじろ見ていてもいけないので、微笑ましく思いながらいると、ザワザワとしていた皆の空気が少しまとまったような、同じものに注目しているような雰囲気になってふと顔を上げた。
そこには友人たちに挨拶を交わされて、何となく返しながら気だるげに登校してきた咲夜がいた。
2年生以降の連中ならまだしも、やはり入学して間もない1年生たちはまだまだ咲夜が見慣れないのか、キャーキャーと嬉しそうにしている女子たちもいる。
「おはよ。」
俺を見つけてやってきた咲夜は隣に荷物を下ろしながら座った。
いつもより少し眠そうだ。
「おう、おはよ。・・・寝不足?」
「ん・・・ちょっとねぇ・・・。」
咲夜にしては珍しい。
こいつは俺ら4人の中じゃ、一番趣味という趣味がない男だ。
規則正しい生活をしているらしく、睡眠時間を削ってまで遊んだりすることを嫌う傾向にある。
「彼女と長電話でもしてたのか?」
唯一考えられるとすればそういうことになる。
咲夜は欠伸して頬杖をつきながら、ふっと笑みを漏らした。
「ううん、昨日兄貴夫婦のうちに泊ってたんだ。赤ちゃん産まれたばっかりだからさ、毎日大変だし嫁さんぐっすり休ませてあげたいって美咲が言うから、二人で交代しながら夜面倒見てたんだよ。俺も今日午後からだし大丈夫かなって思ってたんだけど、やっぱねんむい・・・。あれを毎日やってると思うとすごいなぁって・・・。」
「ふ・・・何だそうだったのか。子育て1日体験で疲れてたのか。」
「うん・・・いやでも楽しいんだよ?姪っ子可愛いしさ・・・でもまだまだ新生児だから、扱いに気を遣うし大変だった。交代で見ててもどうしても泣き声気になって俺も寝付きにくくなってね~。」
「そうか、お疲れ。お兄さんは気疲れしてなかったか?」
「美咲はだんだん慣れてきたみたいで、今育休中で余裕もあるから俺よりは大丈夫そうだったよ。ちっちゃい赤ちゃんなんて小夜香ちゃんが産まれた時以来に見たけど、ほんっと可愛いのなんのって・・・。目に入れても痛くないってああいうことを言うんだなぁと思って・・・。」
咲夜は机に突っ伏して、眠い目をこすって幸せそうに語った。
咲夜 「俺も早く子供欲しいな・・・」
「ふ・・・大変だなって体験しても、その年で子供欲しいって思えるのすげぇよ。」
「ん~・・・まぁそうなのかなぁ・・・。」
典型的な大学生は兄弟がいない限り、子育てを手伝うことなんてないだろう。
姪や甥と関わることがあったとしても、好きな時間に構ってやる程度で、どういうことをするのが子育てかなんて知る由もない。
そもそも俺たちは自分のことばかり考えて生きる年頃だ。
恋愛事や進路にぼんやり悩みながら、目先の楽しみのために日々を費やすというのが大学生というものだと思う。
咲夜は眠そうな目で少しボーっと考えた後口を開いた。
「・・・幸せなんだよねぇ、今がさ。二人ともホントに大変だったから、本家じゃない所で普通に暮らして子育てしてるっていう・・・そういうことがもう奇跡で、めちゃくちゃに嬉しいことなんだと思う。だからさ、大変で憂鬱だぁみたいな雰囲気が二人からしないから、俺も幸せな気持ちでずっと手伝えるんだよ。」
「・・・なるほどな。」
咲夜のその言葉に全てが詰まっていた。
そういう立場だった人たちが、いったいどういう生活を送って、どういう状態で生きて来たかなんてものは、一般人の俺には知り得ない。
けど日常が日常であることが心底幸せだと思えるほどなら、それはとても過酷なものだったんだろう。
咲夜が娯楽にあまり手を出さないのは、自分の過去や、自分の代わりに当主をしていた兄がいたからなんだと思った。
きっとこいつは、身内がどれ程大変な思いをして生活しているかと、普段から考えていたはずだ。
自分の立場や家族のことを考えて、手放しで遊ぶということが出来ないでいる。
現に彼女とは色んな所にデートしているみたいだが、そこそこ交友関係が広いのに、飲みや遊びに行っているという話は聞いたことがない。
「咲夜・・・」
「ん~?」
瞼を閉じそうになっていた咲夜に、寝入ってしまわないためにも声をかけた。
「こないだ翔と話してたんだ。都合がつけば車を出せるから、4人でどこかに行きたいって。それに西田も・・・当たり前のように顔を合わせて一緒に居ても、就職したら全然遊べなくなるんだろうなぁってセンチなこと言ってたわ。息抜きに俺らに構ってくれてもいいんじゃね?」
そう言いながら咲夜の頭をくしゃくしゃ撫でた。
すると整った顔立ちの口元がニヤリと持ち上がって、またゆっくり瞬きをした。
「そうだな、結局どっか行こうって言っても具体的な予定を立ててないし・・・。じゃあ今日中に考えてグループにメッセ入れるわ。」
「ん、お前は日々頑張っててえらいぞ~~」
頭を撫で繰り回していると、咲夜は俺の手首を掴んだ。
「西田にもそういうことしてんの?」
「・・・あ?」
「最近二人の雰囲気が変わった気がしたからさ、より仲良くなったのかなって。」
何気なくそう指摘する咲夜は、やはりさすがの観察眼と言える。
まぁでも察してるなら隠すこともない。
「まぁな。お遊び程度だよ。」
俺がそう答えると、咲夜は少し思案するように視線を外して、また俺をじっと見た。
「西田相手には早めに手を引いてあげなよ。あいつは純粋なんだからさ、長引くような関係を築いちゃったら、律儀にずっと忘れられないなぁなんて、恋焦がれちゃうよ?桐谷そういうのは不本意でしょ?」
たまにこいつの達観した指摘が怖くなる。
「ああ、まぁな。最初から長々と付き合ってやる気はないし、忠告したり予防線を引いたりはしたよ。」
咲夜は落とすように笑うと、教室に教授が到着してダレた体を起こした。
意識して過ごしているわけじゃないけど、俺も仲のいい連中と居られる今を堪能しているのだと思う。
当たり前に楽しいと思えて、雨が降ろうが風邪をひこうが、身近な人間が元気でいてくれるのはありがたいことだ。
そしてそれを俺たちの中で一番実感しているのは咲夜なのかもしれない。
一緒に居ると楽で、会話せずとも同じ空間にいることは多いけど、心のどこかで咲夜は要領良いから大丈夫、と思っている。
身内だから言えない悩みがあり、身内のことだから友達に言えない話もあるだろう。
西田のことばかり気にかけていたので、たまには咲夜の話も聞いてやらないといけないなと思った。
講義が終わって咲夜とカフェテリアに向かいながらいると、西田が他の友達と前方を歩いていた。
隣にいた俺より5センチ程背の高い咲夜は、肘をトンと俺に当てた。
「西田が一緒に居る人達ゼミの人とかかな。」
「ああ、たぶんそうだろうな。」
「そういえば昨日翔がさ、何も文章送らずスタンプだけのメッセ送ってきたんだよ。」
「はぁ?何だそれ。」
咲夜はくつくつ笑った。
「わっかんない。何回か連投してきたんだよ。なんかはしゃいでるような、興奮してるような様子なのはわかったけど・・・」
そう言って咲夜からスマホの画面を見せられた。
文字がついたスタンプで分かることと言えば、『明日説明します!』という一つだけ。
二人して肩をすくめて昼食を食べに行くと、列に並んで適当なご飯を注文した頃、背後から翔の声が聞こえてきた。
あいつはどこにいてもわかる声だな・・・。
咲夜と盆を持って着席すると、食べ物をこぼさないギリギリのスピードで早足してきた翔が同じテーブルにさっとついた。
「おつかれ!二人とも!」
「おう・・・」
咲夜が少しビックリしながら翔を見ると、何やらニマニマと満面の笑みで俺たちを見ていた。
「うっぜ・・・」
思わず歯に衣着せぬ本音が漏れたが、翔は文句など言わず座って意気揚々と言った。
「3人いっぺんに報告したいだけど、西田は?」
「さぁ・・・まだ講義あるならそなへんにいんじゃねぇか?」
少しあたりを見渡したけど、結構な人込みで特定の人間を見つけるのが不得意な俺には何が何やらわからない。
翔はさっとスマホを取り出して徐に電話をかけた。
会話からどうやら同じくカフェテリアにいたらしく、西田も俺たちの元へ召喚された。
「お待たせ・・・なに?どうしたの。」
盆を持って空いた隣に座った西田は、俺や咲夜の顔を伺っている。
すると翔は珍しく声を抑えて、身を乗り出しながら打ち明けた。
「実は・・・・彼女出来た。」
俺たちは少しの間を取って各々がリアクションした。
桐谷 「っち・・・・どうでもいい~~~。」
西田 「え!マジで!?おめでとう。」
咲夜 「へぇ・・・誰?大学の人?」
「ちょ~ちょ~お前ら~、いくら親友の恋人気になるからっていっぺんに質問しすぎだっつーの!」
「質問は咲夜しかしてねぇんだよ。何だったら俺と西田は相手の検討ついてるわ。」
「そうなの?」
目を見張る咲夜に、俺と西田が辟易した態度を見せると、案の定翔は椎名さんの話をした。
「前からちょっと気になってたんだけどさ~・・・仲良くするチャンス逃してて、んでもこないだ桐谷が付き合ってくれたダブルデートの後から、二人でまた出かけてさ、そん時告白されて付き合うことになった~♪」
デレデレする翔に西田は微笑んで言った。
「良かったじゃん。」
「ん、ありがとう!西田も誰かといい感じになったら報告しろよ。」
西田はその言葉に曖昧な笑みを返していた。