第13話
渋谷の街を練り歩きながら、翔たちはどうやら特に目的はなく、ウインドウショッピングをして回るようだ。
先導する翔に椎名さんが続いて歩いて、はしゃぐ翔に時々飲み物を渡してくれていた。
まだ真夏でもないのに太陽は熱を放って、影に入るとそこそこの風で涼しいものの、やはりどの店に入っても冷房を入れているくらいではあった。
「今日暑いよね・・・。桐谷くん飲み物とか大丈夫?」
隣を歩いていた佐伯さんが気遣ってそう声をかけてくれた。
「ああ、大丈夫。」
お茶を取り出して一口飲み、前方を確認すると翔と椎名さんは楽しそうに談笑していた。
どうやら上手くいきそうな雰囲気・・・気を回す程でもないか?
まぁ翔は誰に対しても仲良さげだから、果たして特別意識があるのかは謎だけど・・・
その後一同は適当に書店に入って、あれこれ見ながら興味あるものを勧めていた。
しかしどうも、佐伯さんも二人の後を追ったり話しかけたりはしないので、恐らく協力しようという態勢で来ているんだろう。
ばらけて店をうろつくようになって、そっと翔たちを二人っきりにしつつ、流行の書籍が平並びしているところを眺めていた。
恋愛小説か・・・そういや実写化するって話題だったやつだな。
その時ふと思い出した。
いけねぇ・・・西田にもいい女紹介しようって魂胆だったの忘れてた。
少し離れた棚で雑誌を見ていた佐伯さんにそっと近づいて声をかけた。
「佐伯さん・・・」
「なあに?」
彼女はニコリと振り返って、髪の毛を耳にかけた。
よくよく見たら、彼女は結構いいのでは?
少し話したくらいだけど、自己主張が激しくなく、かといって意見を持たないわけでもない。
手芸、料理サークルに所属しているらしく、家庭的で大人しそうな子だ。
「・・・佐伯さんって恋人いる?」
俺がド直球に尋ねると、彼女は少し驚いた表情を見せつつ答えた。
「いないよ・・・?」
「そう・・・」
チャンスか?もうちょっと情報がほしいな。
「どういう男がタイプ?」
「え・・・と・・・」
「ああ・・・あの、露骨に狙おうとしてるわけじゃないから、別に警戒しなくていいよ。・・・実は、親しい友達で彼女と別れた奴がいて、まぁもう吹っ切れてんだけど、出来ればいい人がいたら紹介してやりたいなぁって思って。」
俺が正直にそのまま説明すると、彼女は納得したように微笑んだ。
「そうなんだ。ちなみにどういう知り合い?」
「よく一緒に居る奴。同じ学部の、西田 円香。知ってる?」
「え、ああ!西田くん?知ってるよ、もちろん。」
「・・・もちろん?」
やはりイケメンは認知度が高いのか?
佐伯さんは持っていた雑誌を置きながら言った。
「翔くんもだけど、同じゼミだし。それにうちの学部じゃ高津くんが有名人でしょ?だから彼とよく一緒に居る人も自然と認知されてるよ。もちろん桐谷くんのことも知ってたし。」
「・・・・・そうなのか・・・・。」
これはどうなんだ・・・?
少し西田に対して色眼鏡で見ているようなら、あまり相手としては適さないかもしれない。
「咲夜みたいなやつがタイプだったりする?」
俺がそう聞くと、彼女は首を傾げた。
「ん~・・・私高津くんと話したことないし・・・どういう人なのかまったく知らないから・・・タイプかどうかはわかんないかな。」
「そうか。西田とは交流ある?」
「グループ課題とか一緒にしたことあるし、話したことあるよ。翔くんから話を聞いてるのもあるし、いい人だよね。」
どうやら翔から俺たちの情報がある程度周りにまかれてるようだ。
まぁ印象は悪くないときたし、もう少し聞くべきだな。
「じゃあ・・・佐伯さんは今好きな人とかいんの?」
彼女はそう聞かれてふと真顔になると、視線を落として曖昧な笑みを漏らした。
「ん~・・・私ね・・・半年くらい前に好きな人に振られちゃったんだけど、でもその・・・まだちょっと考えちゃうんだぁ。」
「それは・・・付き合ってた人?」
「ううん、そうじゃないんだけど、仲良くさせてもらってて・・・でも結局他に好きな人がいるから、ごめんなさいって断られたの。」
告白して振られたことに、半年も未練を持ってる・・・だと・・・?
恋愛をしない俺からすると、なかなか同調しづらいものだ。
彼女はよっぽど一途な人なのか?
けどまぁそれは悪くない。若い女性は失恋の痛手は新しい恋で治すものだと、そう本でも読んだ気がする。
「俺が西田をお勧めするのはダメかな?あいつは真面目でいい奴だよ。」
ここであまりに西田をプレゼンしすぎるのはよくないと見て、それだけを言葉にすると、佐伯さんは俺をじっと見て考えてくれているようだった。
そしてふっと笑みを漏らして言った。
「そうだね、きっといい人だと思う。翔くんも桐谷くんもいい人だから。・・・・・そうだね・・・・じゃあ今度見かけたらもうちょっと積極的に話してみようかな?」
「うん、よろしく。」
「ふふ、友達想いなんだね。」
俺が側にある雑誌を手に取りながらいると、彼女は何気なく言った。
「まぁ・・・良い奴過ぎるから、損してほしくなくて。というか何だろうな・・・世話焼いてるだけかな。」
「そっか。」
一先ずはオッケーだろう。
後はそうだな・・・翔から少し周りの情報がほしいところだ。
書店で少し買い物をした一同は、その後ファミレスへと入った。
女子と男子で別れてソファ席について、隣で翔がメニューを凝視しながら呟いた。
「クワトロピザのクワトロってさ・・・何だろ・・・。」
「・・・たぶんイタリア語だろ。」
「そうなん?」
すると向かいでメニューを見ていた佐伯さんが言った。
「クワトロはイタリア語で4だよ。4種類のチーズが入ったピザだからじゃないかな?」
「そうなんだ!へぇ!え、佐伯さん外国語イタリア語取ってるとか?」
「ううん、受講してるのはフランス語。私のおじいちゃんイタリア人で、元料理人だから。料理用語は結構教えてくれたよ。」
「え!そうなんだ!すげぇ!料理人とかカッケー!じゃあれだ・・・えっとハーフじゃなくて・・・」
桐谷 「クオーターだろ?」
「あ!そうそう・・・。クオーターって・・・英語?」
「そうだな。・・・中学生レベルの英語だぞ?」
「イタリア語の話してたから混乱しただけだって!」
必死に弁明しながらメニューを見返す翔を、椎名さんと佐伯さんは微笑ましく見ていた。
「あ~二人とも俺のこと子供っぽいって思ったろ?」
ジトっと見返す翔に、椎名さんは笑みを堪えきれない表情で手を振った。
「そんなことないよぉ!可愛いなって思っちゃって・・・」
「全然フォローになってないじゃん!」
実際可愛い子供のようだから仕方ない。と内心思っていた。
翔はこの人懐っこい性格と口調が素であって、誰に対してもだいたいこういう感じだ。
はっ!そういえば聞かないといけないことがあったんだった。
皆がメニューを決めて注文し終えた後、椎名さんと佐伯さんが雑談している瞬間を見計らって、翔にそっと声をかけた。
「おい・・・」
「ん?」
「ちょっと聞きたいんだけど、翔から見てさ、同じ学部の連中とかそれ以外で、西田のこと狙ってる奴とかいんのか?」
俺がそう尋ねると翔はニヤァと口角を上げた。
「え?なに?心配なの?」
「あ?・・・・・いや違う、俺がじゃない。西田に似合ういい女がいたら紹介してやりたいと思ってんだよ。俺はそもそも女友達なんていないし、さっき話した感じで佐伯さんは紹介するにいい人なんじゃないかと思ったんだよ。けどいきなり彼女が親し気に西田に話しかけたとして、元々狙ってた人が周りにいたとしたら、彼女が反感買うだろ?だからお前から情報をだな・・・」
翔は合点がいったように口を開けた。
「あ~・・・なるほど。ん~・・・西田のファンっぽい子はいるけど、そもそも西田別れたことを周りに言ってないじゃん?だから咲夜同様彼女持ちだからなぁって思われてて狙われてることはねぇよ。」
「そうか・・・・」
それはそれでまずい。彼女がいると公言している西田に佐伯さんが親し気に話しだしたら、それはそれで周りからの印象が悪くなる。
そこまで気にする必要があるのかと言われればそこまでだけど、咲夜や西田が思っているより二人は衆目の的だ。
公の場で親しくなってもらうというよりは、やっぱり個人的にやり取りしてもらう方が安全策ではある。
「色々桐谷も気ぃ回してんだな?」
お冷を飲みながら翔は呟いた。
「まぁな。あいつ口にはしないけど、女の子大好きだろ。」
「え??そうなん?」
意外だったのか翔は驚きと笑いをこらえたように言った。
「なに?どうしたの?」
目の前にいた二人も気になったようで、椎名さんがそう声をかけた。
「いやぁ・・・半々だと思ってたけど俺。」
ニヤニヤしながら翔が続けるので、二人は釣られて微笑みながらどういうことだろうと思案していた。
到底女性に聞かせることでもないので、俺は濁しながら説明した。
「声かけられたらまんざらでもない態度取るし、見てるものは普通の男性向けのもんばっかだよあいつ。俺に隠してるつもりらしいけど・・・可愛い女優がテレビに出ると嬉しそうだしな。」
「ふふ・・・・・そういうとこお前もよくチェックしてんだもんな~?」
翔のニヤついた顔が収まらないので、思わずべし!っと頭をはたいた。
「俺の話じゃねぇんだよ。あいつに限らずお前らのことはよく観察してるわ。偏見はないといいつつ、あいつはノーマルなの。」
「え~?誰の話~?もしかしてヒントから探ってほしくてクイズしてる?」
椎名さんがクスクス笑いながら言うと、翔はニッコリ笑った。
「ううん、何でもない!男同士の下世話な話だったから、女の子の前で失礼のないようにわかりにくく話してただけ。」
「全部種明かしすんのかよ・・・」
「誰の事とは言ってないからいいじゃん。あ、ご飯きたよ!」
テーブルいっぱいに注文した料理が並ぶと、真っ先に手を伸ばしそうな翔は当然のように合掌した。
「いただきま~す♪」
その様子に俺たちはちょっと拍子抜けしつつ、それに倣って続いた。
いいぞ翔、今日はお前のいいとこ出てるぞ。その調子だ。後は3歳児みたいに口元を汚さずに食べられたら上出来だ。
「うっま~♪」
大人しくパスタから丁寧に食べ始めた女性陣と違い、ピザと取って頬張る翔は案の定ソースまみれだ。
ダメだったか・・・・まぁでも・・・椎名さんから見てどうかって話だな。これで幻滅されたらアウトだが・・・
チラリと彼女の様子を伺うと、尚もパスタをくるくる巻きつつ、翔を愛おしそうな目で見ていた。
よし、セーフだ。自然体な翔をよしとしないと付き合えないだろうしな。
「桐谷くん、サラダどうぞ。」
いつの間にか気を回して装ってくれていた佐伯さんが、俺に小皿を手渡した。
「あ、ありがとう。」
すると翔が肩をトントン叩いた。
「んふふ~ふふんふふぁーふぉっふぇふぃふぇ」
「食べてからしゃべりなさい。」
思わず突っ込むと目の前の二人は堪えるように笑った。
「ドリンクバーな。お前のは適当に淹れるぞ?」
「桐谷くんわかったんだ・・・」
美味しそうに食べる翔がいると、周りはやはり幸せそうにしてくれるもので、話題が尽きないキャラでもあるし、元々仲がいい連中のように食事は進んだ。