第12話
それからしばらくたった或る日
同じ学部であろう女子生徒にカフェテリアで声をかけられた。
「桐谷くん」
「・・・はい?」
「今度さ、翔くんと私の友達と遊びに行くんだけど、桐谷くんも来ない?」
そもそも誰だかわからない女子生徒からの提案に、なかなか状況が飲みこめなかったが、彼女は続けて言った。
「ダブルデートみたいな感じでさ・・・。私・・・翔くん狙いなんだけど、いまいち意識されてなくて・・・桐谷くん仲いいでしょ?誘ったらちょっとは意識してくれたり、焼きもち妬いたりしてくれるかなって。」
空いていた隣に腰かけながら、そう作戦を打ち明けられた。
「はぁ・・・。出かけるってどこに?」
「ん、普通に渋谷とか池袋とか。ブラブラする感じ。桐谷くん来てくれるなら、日程は合わせるから。」
「ふぅん・・・。」
「あ、後翔くんからよく桐谷くんの話聞いてたからさ、誘えそうかなと思って。連絡先聞かれるの嫌がるって言ってたから、詳細な予定は翔くんから聞いてもらえばいいし。」
「・・・事情はわかった。出かけるくらいだったら別にいいよ。後・・・とりあえず名前聞いてもいい?」
俺は出来るだけ相手の顔の特徴と名前を一致させようと凝視した。
「椎名 美羽。同い年だよ。」
「椎名さんね・・・。えっと、翔とくっつくようにお膳立てした方がいいの?」
「ううん、私は私で頑張るから。二人っきりだと緊張するし、桐谷くんと友達巻き込んじゃってる感じ。了承してくれたってことでオッケー?」
「ああ、空いてる予定はまた翔に伝えとく。」
「ありがとう。じゃあ当日よろしくね。」
椎名さんが去って行くと、見計らったように西田が隣にやってきた。
「おつかれ~。」
「おう」
食べ終わって忘れないうちに近日の予定をスマホで確認していると、西田はコンビニで買ったであろうおにぎりを頬張りながら言った。
「さっき椎名さんと話してたけど・・・どうしたん?」
「ん・・・翔を含めて遊びに行けないかって・・・。翔を落としたいらしい。」
「へぇ!そうなんだ。・・・意外と桐谷はそういうの付き合ってやるんだな。」
「まぁ・・・行く場所によるな。遊園地とか人でごった返してしんどいとこならお断りだけど。・・・西田は、来月のどっかの週末空いてる日ある?」
「え?来月?なんで?」
西田はサラダとヨーグルトを袋から出して割り箸を割った。相変わらずOLみたいな食事しやがる。
「いっつも家に来るから、外デートくらいしてやろうと思って。」
俺がそう言うと、西田はポカンとした表情からニヤニヤを抑えきれずに、頬杖をついて口元を隠した。
「ふぅん?へぇ・・・?」
「あ~そういう態度取るならなしで。」
「待って待って、行くってば。また予定確認して教える。」
終始ご機嫌な西田を見ていると、こいつ本当に本気で俺と付き合いたいとか考えてんだろうかと不安になる。
そりゃ西田が誰を好きになろうが勝手ではあるが、最近過ごした時間が長いからって、気持ちのベクトルが単純すぎやしないか?
西田に似合ういい女が界隈にいないんだろうか・・・。
そうだ、椎名さんたちと出かけた時に、誰か紹介出来るような手ごろな相手がいないか聞いてみるのもありだな。
西田は恐らく、今一番気になる相手がいると、その他の誰かを後回しにするタイプなんだろう。
西田を好きだと言ってくれてる奴は他にもいるだろうが、自分から好意を抱いている、この場合は俺にだが、俺と今まで通り気安い関係でいる限り、他の相手を意識しづらくなっている状況だ。
別に無理やり他に目を向かせるわけじゃないが、出来れば俺じゃない方がいい。
「なぁ西田」
サラダを食べ終わった西田に徐に声をかけた。
「ん~?」
「俺相手に気を回すのは時間の無駄だし、気持ちに応える気はないから不毛になる。遊びの関係は結構だが、本気にするなら他にしろ。」
ハッキリ言う方が本人のためだし、今なら何か間に合うかもしれないと思った。
西田はふと真顔になって、箸を置いた。
「・・・本気にさせてみろって言ったのはどこのどいつだ。」
「言葉の文。売り言葉に買い言葉ってやつだ。」
「俺は前よりかは桐谷がちょっと変わってきてくれてると思ってる。」
「俺は少しの間付き合ってやるって言ったんだぞ?そんなに猶予を与えたつもりはない。」
「・・・別にごっこを解消された後でも友達辞めるわけじゃないだろ?」
「その気がない俺相手に、一生懸命になってるお前を見てられない。」
紛れもない本音を言うと、西田は悲しそうに笑みを漏らした。
「・・・そう言われてさ、じゃあわかった諦めるよって引き下がれないって前も言ったろ?気持ちを簡単に取り外し出来るようなもんならとっくにそうしてるよ。俺はさ・・・散々別れた痛手を引きずってたけど、お前とか周りの人のおかげでどうにかなったの。もう思い出したり振り返ったりしないで済んでるんだよ。そりゃお前の他に気になる子はいるよ?でもお前の代わりになるってスペア感覚で考えてるわけじゃないよ。俺は恋愛をしたいと思ってしてるわけじゃなくて、桐谷や他の意識してる相手を、一人の人間として向き合っていきたいと思ってんの。どうしても恋人がほしいって思いながら行動してるわけじゃないからさ、大目に見てよ。桐谷は桐谷でいつも通り好きにしてくれていいし、俺もそうするから。お前が友達思いでそう言ってくれてんのはわかる。でも桐谷も言ってたろ?俺が怪我してもお前の痛みじゃないんだから関係ねぇだろって、俺がお前に振られて痛い目見ても、お前には関係ないじゃん。ま・・・お前もいい奴だから可哀想って思うってことだよな・・・。」
「・・・はぁ・・・。似たもん同士かよ・・・。」
西田は乾いた笑いを吐き捨てて、また頬杖をついて気だるく言った。
「類友ってやつだよ。な・・・サシ飲み行ったことないよな。外デートは飲みに行こうよ。」
「・・・ああ、いいよ。」
俺が了承すると、西田はいつものようにニカっと笑ってスマホを眺めた。
こいつの言葉を信じるなら、もうしつこく忠告しなくていいんだろう。
そして5月最後の週末、椎名さんに頼まれたダブルデートの日がやってきた。
椎名さんに誘われた女子1名も、どうやら翔と椎名さんと同じゼミの同級生らしい。
まだ5月だというのに真夏日で、しっかり水分補給用でペットボトルを二つ持って出かけた。
集合場所のハチ公前あたりに来ると、週末なのもあって・・・人がごみのようだ・・・。
はしゃぎすぎて翔が熱中症にならないように見とかねぇと・・・。
辺りをキョロキョロして探そうにも、合流が難しそうなので着いた旨を連絡すると、翔から電話がかかってきた。
「もっしも~し!桐谷どんなカッコしてる~?」
「花柄のシャツに黒パンツ履いてる。」
「待って~~?・・・・・あ!見っけた!もう皆ついてるからそっち行くな~!」
どこから見つけたんだ?と思いながらいると、不意に後ろからガシ!っと掴みかかられた。
「桐谷~~!」
「はいはい、元気だな今日も。」
ずれた日よけの眼鏡をかけ直しながら振り返ると、犬のようにまとわりつくいつもの翔と、デート用に着飾った女子2名がいた。
俺が軽く会釈すると、椎名さんが口を開いた。
「桐谷くんありがとね、わざわざ。こっち友達の佐伯さん。」
「どうも、桐谷です。」
「こんにちは、初めまして。佐伯 リサです。よろしく。」
ロングヘアの茶髪に、耳元で揺れる大きなピアスに目が行った。
色白で顔立ちの整った子だと思う。
「よし!挨拶も済んだし行こうぜ~。」
暑い中相変わらず元気な翔に、一同は大人しくついて行った。