第10話
その日、さすがに3人を泊める布団の余裕はないと告げると、翔は気を遣うように言った。
「い~よい~よ。二人はイチャイチャしたいだろうし、俺はもう帰るから。」
ニヤニヤしながら言う翔に、西田は睨みながら頭にチョップした。
そそくさと帰って行った翔を見送って、二人してまたソファに腰かけた。
「・・・面倒なこと知られちまったなぁって思ってんだろ。」
テーブルに残っていた菓子を口に放り込んで問いかけると、西田は何かつき物が落ちたように、ふっと笑みを漏らした。
「別に?俺は翔を見誤ってたなぁって思ったよ。」
「真面目かよ・・・」
「真面目なんかな・・・。どんな関係を築こうが、別にそれはそれだろって友達でいるのって・・・ありがたいなって思ったし、そもそも俺が気にしすぎてたかなとも思った。」
「まぁな・・・。」
二人して後片付けをした後、西田は貸していた俺の服を脱いで、洗濯が終わった自分の服に着替えた。
「じゃ、俺もそろそろ帰るな。」
「あ?・・・・おお。」
「明日俺1限からなんだよ。」
「ああ・・・それがなに?」
「え・・・いや・・・さすがに連日泊まらずに家帰って休もうかなって・・・」
「はぁ・・・。お前のうちからより、俺の家からの方が大学近いのに?」
西田は首をもたげて視線を落としながら、言い訳を探すようにあちこち見やった。
「まぁ・・・別に好きにすりゃいいよ。」
俺が背を向けてシャワーに入る準備をしに寝室へ入ると、西田はさっと俺の手を掴んだ。
「帰る前に・・・・キスしたい。」
その表情が残念ながら俺には何を思って、何を我慢しているのかわかり得なかった。
「言いたい事あんならハッキリ言えば?」
「・・・・言ったよ今。桐谷、キスして。エロめなやつ。」
腰に手を回して引き寄せる西田は、俺に意図を探らせまいとしているようにも見えた。
一つため息をついて、その整った顔を支えている首を掴んでキスした。
深く重ねて絡めるように、何度も何度も受け止めながら、何か途端に不憫に思えてきた。
思えばこんな関係を始めてひと月程だろうか。
西田は何か、次に繋がる自分を形成出来ているんだろうか。
そんなことを思い巡らせていると、西田は俺の首元にキスを落として服の中に手を入れてきた。
「おい・・・」
「やっぱりまだいたい・・・」
「あ?」
服をまくり上げながら、西田は申し訳なさそうに言った。
「シャワー入んだろ?俺が脱がす。」
「・・・どういうつもりだ?」
「・・・わかんない。そこまでされたくないっていうラインがあったら言って。」
「お前は俺を利用するべきだろ。言っとくけど肉便器になるって意味じゃねぇぞ。」
「ふ・・・どこでそんな言葉覚えてくんだよ・・・。そんなことするわけないじゃん。俺は・・・・・・自分の気持ちを整理しながら精査してんの・・・・。」
体重をかけるように抱き着かれて、支えきれずにベッドに座ると、西田は今度は苦しそうに顔を歪めてしゃがみ込み、俺に視線を合わせた。
「愛情が湧いてくる俺がおかしいんかな?桐谷がそうじゃないことくらいわかってるし、そうならない桐谷がおかしいなんて一ミリも思ってないけど・・・。迷惑だったりする?」
「西田・・・俺が最初言ってたことは、今度こそ自分から好きになれる相手が現れるまでに、多少は自分勝手に振舞える己を獲得しろよって話だよ。」
「わかってるよ。桐谷が言いたいことはわかるよ。けどよくある話じゃん。遊びのつもりだけど本気になったとかって・・・。」
「お前のそれは本気じゃない。気を紛らわせてるだけだ。」
西田は少しの絶望感を浮かべて、迷うように視線を泳がせてから、そっと俺を押し倒した。
「断言するじゃん・・・。お前が俺のカウンセラーだったらもう洗脳だよそれは。」
見たことない視点からの西田を眺めていると、それは今までには見なかったオスの顔だった。
「カウンセラーでも洗脳でもねぇ。本能を愛情の証拠だと思うなよ?それはただの性欲だ。お前はいっつも、行動に気持ちが伴ってないと実行しない。自分が好きになってるかどうかを確かめるためにキスして、そこから先をしたいと思うことや、一緒にいないと寂しいと思うことは、していることに慣れてくるからだ。自分の気持ちだけを優先して俺を襲うなら結構、それは当初の目的としてはいいと思う。けど俺には、何となく好きなようにした後、後悔するであろうお前の姿が見える。」
「・・・・・わかってるよ・・・。」
中途半端に好意を孕んだ行動を、西田自身が許さないから、こいつは今まで俺に性行為を要求しなかった。
覆いかぶさるように重なる西田の背中に腕を回した。
「上出来だよ。お前はいつかお互い惹かれあって・・・みたいな自然な恋愛して、可愛い女と付き合えばいいんだよ。・・・つーか重い・・・どけ・・・」
西田は本来、女性が恋愛対象であり、恐らくバイセクシャルではない。
けれど誰しも自らの性が変化することはある。西田は変化しそうな自分に戸惑っているんだろう。
そっと体を離して大人しくベッドから降りる西田は、深いため息をついた。
「受け止めて勘違いさせてくれりゃあいいのに・・・」
「・・・それは洗脳だろ。なんだ、結局そうされたいのか?」
「違うよ。そういう可能性があるって話だろ?まんざらでもないなら、俺のこの好意だって恋心と同じなんだよ。細かくラインを引かなくても、そうかもって思ってもいいじゃん。」
「まぁ思うのは勝手だな。良い感じに自分勝手が成り立ってきたな。そろそろ俺を振る頃だぞ。」
「・・・やだね・・・俺は桐谷のことをもっと深く知りたいって思ってごっこに付き合ったんだよ。お前の中で何も芽生えなくても、桐谷自身の人間性をもっとちゃんと知りたい。」
「はい、クソ真面目~。」
俺は立ち上がって着替えを取り、そのままシャワーに入った。
西田は俺が思っていたより純粋な奴なんだろう。周りに恵まれて、愛されてきた育ちの良さが見える。
風呂から上がって下着を履いて、髪の毛を適当に拭いていると、不意に西田が扉を開けて入ってきた。
西田は黙ってそっと後ろから抱き着いて、半分濡れた俺の髪の毛に構わずすり付いた。
「泊るって親に連絡した。」
「・・・おう、好きにしろ。」
「今度さ・・・色々準備物持ってきていい?」
西田は離れながら俺のタオルを取って、髪の毛を拭き始めた。
「何のだよ」
「ゴムとか・・・その他諸々・・・。もちろん桐谷が乗り気じゃないって、その時言うなら何もしないけど。」
どうやら西田はやることやってから存分に後悔したいらしい。
いまいち気乗りしないが、恋人ごっこというからには、そういうことも含まれるのは最初からわかっている。
「好きにしろ。」
投げるように言うと、丁寧に拭いていたタオルをどけて、西田はまた顔を覗き込むようにしてキスした。
「好きだとか愛おしいって思いたいだけだっていうのは、俺もわかってるよ。好きだなぁって思うことは、なんていうか・・・心の栄養だし、そう思いたくなってる自分が最初からいるから。欲してるだけで、桐谷じゃなくてもいいんだろって言われたらそれまでだよ。でもさぁ・・・・・大学生なんだからさ、何となく付き合うか~みたいなん別にありなんじゃねぇかな。」
「・・・・はぁ・・・まぁそうだな。だから今こういう状況なんだろ。」
「そうじゃなくてさぁ~~。」
Tシャツに腕を通しながら、西田の額をべしっと叩いた。
「わかってる言いたいことは。けど本気だなと思う相手として俺は適してない。わかるか?お前を心底好きだって言ってくれる奴を好きになれ。お前なら選び放題だろ?それにある程度女に慣れてるなら、相手が遊びのつもりかそうじゃないかくらい選別出来るはずだ。少なくとも、俺じゃない。」
西田は視線を落として、リビングに戻る俺の後に続いた。
「ほらほら桐谷、ドライヤーしてやるから座って。」
「今誰かを思い浮かべてたな?そいつにしろ。」
俺がそう言うと、西田は少し強引に腕を掴んでソファに座らせた。
「いっつもいっつも好きにしろっていうスタンスのくせにさ、俺は適してないってなんだよ、矛盾してるだろ。俺が誰を好きになろうが勝手だろ?お前はなに?俺が傷つくから自分を好きになるのはやめろって言ってんの?」
「そうだよ。」
「・・・・・好きだって言ってくれる人を、好きになってみようなんて妥協じゃんか。失礼だよ。本気で想ってくれるなら、自分も本気で好きになった時に応えるべきじゃん。」
西田のその言葉に思わず失笑した。
「そうだろうな。じゃあ俺がお前に本気になれるようにしてみせろよ。思い浮かべた気になるやつと、俺を天秤にかけながら、精査ってやつをすりゃあいいよ。」
西田はその時、初めて露骨に苛立ちを顔に出した。
ドライヤーを床に置いて、そのままソファに押し倒すようにキスを繰り返した。
Tシャツの上から体を撫でるように手を伝わせて、首や鎖骨に音を立ててキスを落とす。
「・・・・桐谷の体に覚えさせちゃおっかなぁ・・・。気持ちよくなったら俺を好きになってくれんのかな。」
「・・・・良い度胸だな。言っとくけど元来俺もお前も受けじゃねぇんだから、やりあったら喧嘩みたいになるぞ?」
「いいよ、大歓迎。最後まで出来るための下準備ってことでさ、今日は存分にエロイことしよ♡」
そう言って西田は俺を見下ろしながら服を脱ぎだした。
「おい・・・お前もシャワー浴びてこい。」
「・・・はーい♪」
ご機嫌な様子で浴室に向かう西田が、なんかちょっとイラっとした。