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第1話

その日もいつものように平穏な講義室で、隣に座っていた翔が徐に声をかけてきた。


「な~な~桐谷きりや~~」


「なに?」


ノーパソを前に、課題のレポートの文字を打ち込みながら返事をした。


「桐谷ってさ、彼女いんの?」


「いない。」


「そか。んじゃあ~・・・あれ?てか、桐谷ってさ・・・下の名前なんだっけ?」


「・・・名前・・・?春。」


「はる?スプリングのはる?」


「そう・・・。」


「ほえ~・・・あ~!つーかさ、西田さ、西田ってさ!あいつ何回聞いても下の名前教えてくんねぇの!もう2年の付き合いなのにさ~。桐谷知ってる?」


「・・・知らね。」


「咲夜は知ってんのかな?」


「さぁ・・・」


「・・・あ~そだ、彼女いないってさっき言ってたけどさ・・・もしかして彼氏とかはいる?」


「・・・いない。」


「そうなんかぁ・・・。どうすんの?急に知らん女子とかに告られたら」


「は?・・・・知らん。」


「絶対ありえるよ。桐谷隠れイケメンじゃん。」


翔はそう言いつつ、俺の顔をジーっと覗き込むように見た。


「てか・・・桐谷って何で鬼太郎みたいに前髪で片目隠してんの?・・・邪眼?力開放しちゃうの?」


「ふ・・・しねぇわ。何だよ・・・お前どうあって構ってほしいんか?」


パチンと最後の文章が終わってエンターキーを弾くと、翔はニマニマしながら言う。


「え~?ちげぇよ。ただ気になることは全部聞いちゃえ~って思って。俺は咲夜や西田と違って、ガンガンいこうぜタイプだから!」


「意味不明だな・・・・。」


「んで?何でお目目隠してんの?」


頬杖をついて笑顔を絶やさない翔は、俺とは正反対のタイプで人懐っこい奴だ。


「・・・子供の頃に事故に遭って、右目失明したんだ。目の色変だし、周りからしたら怖いだろう。聞かれて答えたら逆に気ぃ遣わせるだろうし。」


「・・・ほえ~マジか。今も痛い?」


その時背後から聞き慣れた声がした。


「おつかれ・・・桐谷そうだったん・・・」


振り返るといつメンである西田と咲夜が、席を詰めてもらうのを待つように立っていた。


「ん、おつかれ。」


翔に左に詰めてもらって、二人を隣に座らせた。

座るや否や西田は心配げに言った。


「つーか桐谷・・・片目見えてないなら言えよそういうことは・・・」


「なんで?」


「いや・・・今まで板書見えてないこともあったろ絶対・・・。不自由なことがあるなら手伝ってやるのに・・・。」


西田の隣で、咲夜も同じく少し事情を伺うように視線を送っていた。


「別に慣れてるから・・・見えない場合は望遠レンズついてる眼鏡かけるし。」


「それでも・・・左目だけで細かい字見ようとしたら・・・結構疲れるだろ・・・。」


普段何気ない会話しかしないのに、西田は周りのことに気遣いが働き過ぎるところがあるようだ。


「まぁ・・・疲れる時はボーっとしてほとんど聞くだけにしてるよ。後、なるべく板書じゃなくてプリント渡してくれるか、口頭での説明が多い講義取ってるから。」


「じゃあ録音かなんかしてるってこと?」


黙っていた咲夜はそう問いかけた。


「そう。いずれにしても特に心配かける程の不自由はないし、手を借りたいんだったらとっくの昔に相談してるよ。」


「ったく・・・んならいいけどさ。」


「でも何で桐谷彼女いね~の?遊ばないの?」


ブレずにそう聞いてくる無垢な翔が、俺には新鮮で逆に好感を持っていた。

二人は急に何の話だ?という反応をしていたけど、俺は構わず返した。


「・・・・何でと言われるとそこまで理由ないけど。恐らく一般的な男子大学生より、俺は性欲が少ないんだと思う。だから女遊びして発散したいっていう欲求がないし、特定のコミュニティの中で気を回すのも得意じゃないから、出来るだけ関わる人数を絞ってる。」


「ほ~ん、そなんだぁ。」


「なんか・・・桐谷がここまで自分のこと喋ってるの初めて聞いたかもな・・・。」


西田が苦笑いしながら言うと、隣で咲夜もくつくつ笑った。


咲夜 「確かに・・・1年の時からの付き合いなのに、あんまり個人情報知らないもんな。それを特に疑問に思わず付き合い持ってるけど・・・。」


手元でボールペンをくるくる回していると、翔が机に突っ伏して言った。


「西田も咲夜もさ、あんま人に興味持たない方じゃん?俺は仲良くなってきたって思ったらじゃんじゃん聞いちゃうもんね~。」


「俺だって聞きたいけど、地雷踏まないように気を付けてんの。お前はガンガン質問しすぎだろ・・・。」


窘めるように言う西田は、翔をまるで弟扱いしてるようだ。

咲夜は指摘されていた通り、もう会話に興味を失くしてスマホを眺めている。

何とも・・・タイプの違う俺ら4人は自由だ。

二人の会話に挟まれたまま、講義が始まるまでの時間をボーっと待っていると、また翔は嬉々として俺に投げかけた。


「んでさ桐谷、西田、ぶっちゃけ二人だったらどっちがモテんの?」


その質問を受けて俺も西田もお互い顔を見合わせたけど、そんな答え分かるはずもないし俺は特に興味がない。

律儀な西田も、そればっかりはため息をついて同じく無関心を示した。


「どうでもいいしわかんねぇよそんなん・・・。何、翔はそんなに女にモテたいの?」


「モテてぇよ!俺はお前ら3人と違ってイケメンでも何でもないから、モテたらめっちゃ遊びまくりたい!」


「へぇ・・・性病コンプリートが翔の夢か?」


俺がチクリと毒を吐くと、翔は流石にぐっと口をつぐんだ。


「心配しなくても、翔だってそれなりにモテんだろ?可愛いくて無邪気な印象持たれるから、年上に好かれそうじゃん。」


西田もあしらいながらスマホを眺め始める。


「モテたい相手にモテねぇんだもん。バイト先のおばちゃん達にはめっちゃ可愛がられてるけどさ~。綺麗なお姉さんとか、可愛いJKとかにモテたいの!な~3人のうち誰でもいいから合コンセッティングしてよ。」


西田 「頼む相手を間違ってるだろ・・・。俺と咲夜は彼女いるし、さっきの口ぶりからして桐谷はそういうの興味ねぇじゃん。」


「んえ~?」


桐谷 「翔サークルとか、ゼミの知り合いと飲みに行ったりしてんだろ?そこの人脈の方が頼りになるだろ。」


翔はその後もあれやこれやと話が飛んでは、俺や西田の知り合いから合コンにこじつけられないか画策していた。

そういう話題を一番毛嫌いする咲夜に一切尋ねないあたり、空気を読んでるとは言えるだろう。

確かに翔の言う通り、西田も咲夜も周りの女子からかなりモテているように思う。


二人とも彼女がいると明言しているものの、グループの飲み会などに巻き込まれて来てもらえないかと、誘いを受けている様子はしょっちゅう見かけるし、月一くらいで告白されている場面を見かけることもあった。

大学に入学してもう3回生ともなれば、同い年の連中は大概理解しているものの、新入生が入ってくるとどうしても、恒例行事のように二人は女子からのアプローチを受けていた。

他の男子たちに紛れるタイプの俺や翔と違って、二人は一般人と違ってモデルのような頭身をしている。

西田は加えて愛想もよく、人付き合いも上手く顔が広いこともあり、あらゆる繋がりから人間関係が広がってしまって、登録している連絡先も俺とは桁違いだ。

咲夜に関しては言わずもがな、かの有名な財閥の後続者だったということが知られてしまっているので、元当主であった双子のお兄さんとセットで周りから認識されている。

芸能人と遜色ないルックスに、育ちのいい振る舞いと文武両道さに、女子からも男子からも注目の的だ。

ハッキリ言って一般人とは住む世界の違う人種のように思えるが故に、そうそう勇気をもって声をかけてくる者はいない。

見た目で目立ってしまう二人だが、俺から言わせたら中身はただの大学生だ。

年相応の悩みを抱え、たまに彼女の惚気話を聞かせてくる普通さは安心感すら覚える。


かく言う俺は周りからどう思われてるだろうという話だが・・・

それだけ目立つ2人と紛れて生活しているので、特に自分がどうとかいうイメージはどうでもいい。

情報通な翔から一度聞いた分には、「頭良さそう」「無口でクール」「怖そう」「実は優しそう」などと色んな印象を持たれているようだった。


「なぁ春く~ん」


講義を終えて荷物を片付けていると、甘える犬のように翔が声をかけてきた。

チラリと横目だけ返すと、イキイキした目で見つめ返してくる。


「なに?」


「友達から今日飲みに行こって連絡きたんだよ~。んで出来ればあと一人、男連れて来いって言われたからさ~来てくんないかな~~。」


「・・・はぁ・・・」


俺が断れば西田や咲夜に飛び火する。

まぁ二人とも断ることは目に見えてるだろうから、翔はあえてお願いしないかもしれないけど・・・

まぁ飲みに行くくらいいいか・・・


「わかったよ。」


「マジ!!?やった!ありがとう!桐谷大好き!」


「うえぇ・・・」


誤解を受けそうな声を上げて俺に抱き着いてきた翔を、隣の二人は苦笑いで見ていたに違いない。


その後連れられるままに繁華街に繰り出した。

適当に約束の時間まで翔とウインドウショッピングをし、その後落ち合った翔の仲間たちの中には、女子も何人か見受けられた。

恐らく俺は、数合わせの合コンに呼ばれたというとこだろう。


「え、桐谷くんって下の名前なんていうの~?」


居酒屋の座敷の席で、隣に座った女子がそう言った。

なんだ、今日は名前を聞かれるイベント多いな・・・


「春。」


「春くん?季節の春?」


「そう。」


「そうなんだぁ、いいね、なんか爽やかなイメージと合ってるよ。」


爽やか・・・初めて言われたな・・・


「彼女いる?」


「いないよ。」


飲みかけのハイボールを煽って、チラリと騒ぎすぎてないか翔を確認する。

まぁそこまで酔ってない様子だ、大丈夫だろう。


「あ、なんか頼む?桐谷くんお酒何好き?」


「・・・ん、じゃあ・・・ジントニック。」


「え~ジン飲めるの?私ちょっと苦手であんまりなんだよね。結構色々飲める人?」


「まぁ・・・ビールも飲むし、カクテルも焼酎も何でも飲むよ。学生が嗜む範囲だから、いい店知ってるとかじゃないけど・・・。」


「そうなんだぁ!じゃあお酒わりと強いんだね。私こないだ友達とバー言ったんだけど、お洒落だけどそこまでお値段しなくて飲みやすくてさ、日本酒もたくさんあったよ。」


「へぇ・・・。」


気を利かせて次の酒を注文してくれたその女子Aは、適当に話して飲んでいるうちに、若干顔を赤らめてきていた。


「大丈夫?水頼もうか。」


「あ・・・ありがと~・・・」


宴も酣ってやつか・・・

すると若干ヘロヘロになった翔が俺の隣に座った。


「な、桐谷ぁ二次会来てくれる~?」


「・・・ああ・・・・おん。」


酔ってる連中が心配だったので了承すると、女子Aがコテンと俺の肩に頭を乗せた。

見ると彼女は完全に瞼を閉じて寝入ってしまっている。


「あれ~・・・桐谷その子狙いだったりする~?」


「いや・・・誰も狙ってねぇな。翔もあんま飲みすぎんなよ?」


その後20分ほど飲んで、カラオケに移動しようとなった一同がお会計に集計しだしたので、隣のAを起こした。


「あ、ごめん桐谷くん・・・。」


「ん、上着。会計してカラオケに流れるらしいわ。」


「そうなんだ・・・。私もう飲めないかも。」


「別に無理に飲む必要ないから。・・・立てる?」


女子Aは俺の手を取って立ち上がって、皆が出口に流れて行く中、若干ふらついていたので肩を掴んだ。

支えるように歩いている俺を見て、他のメンバーは何かを察したように、送ってやってくれと頼まれてしまった。


「桐谷、初お持ち帰りか!?」


「本人を前に・・・お前・・・」


気合の入った目で息巻く翔をあしらって、くれぐれも飲み過ぎるなと注意しつつタクシーを捕まえた。

泥酔という程じゃないだろうけど、女子Aは人の手を借りないと歩けないようだったので、しょうがなく家まで送ることとなった。

いや、歩けない時点でそれは泥酔と言えるか・・・

かく言う俺はまったく酔っていない。

大学生の一人暮らしらしいアパートに着き、眠そうな目をする彼女に声をかけた。


「ここでいいんだよな?えっと・・・」


ドアの横に表札があって初めて名前を認識した。


「鳥野さん?」


「うん・・・あ・・・ありがとう、ごめんねぇ。やだ私・・・結構記憶飛んでるかも・・・」


「・・・鳥だけに?」


彼女は部屋の鍵を取り出しながらクスクス笑った。


「桐谷くんそんな冗談言うんだぁ。」


「ん、じゃあ戸締りしっかりな。」


俺が彼女の肩から手を離すと、咄嗟に手を掴まれた。


「ヤダ、あがってって?」


「・・・なんで?」


「え~?・・・ふふ、お持ち帰りしてくれたんじゃないの?・・・あ、私がお持ち帰りしちゃったんだ、この状況。」


「まぁ確かに・・・」


さてどうしたもんか・・・

ぽーっと赤らめた表情をしながら、俺の返事を待つ鳥野さんは、俺からすると他の人と変わらず、女子大生という認識以外にない。


「ん~・・・ごめん、明日1限からだし、帰るわ。」


もちろん適当な嘘だ。


「え~?サボっちゃいなよ。」


夜も更けて22時を回ろうとしている。

目の前のこの子は取った俺の手に指を絡めて、ニッコリ上目遣いをやめない。


「・・・わかった。」


言い訳を探すのが面倒になって、俺は彼女の家にお邪魔した。


「ちょっと待って~!すぐ片付ける~。」


女性らしい室内で、慌ててテレビ前のテーブルのものを片付ける鳥野さんの後ろ姿を見ながら、特に酒の影響を受けていない俺は、考えることが面倒になっていた。

その後適当に腰を落ち着けて、キッチンで水を飲んだ彼女は冷蔵庫を開けながら言った。


「桐谷くん、何飲む~?ワインあるけど、ビールがいい?」


「あ~・・・いや、もうお酒はいいよ。お茶とかで大丈夫。」


「そ?じゃあお茶淹れるね。」


温かい緑茶を淹れてくれた彼女は、汗をかいたから先にシャワーを浴びてくると浴室に消えて行った。


何も盛られてないことを祈りながら飲むか・・・。

湯気の立つ緑茶を口に運び一息つく。

2DK程のシンプルな部屋で、カーテンがひかれたベランダをチラリと見ると、わずかに雨音が聞こえてきた。

立ち上がって少し外を覗くと、細かい粒が斜めに降ってきている。

若干湿気を感じたのはこのせいか・・・翔のやつ大丈夫か?

さっき一緒に飲んでいたメンバーで、傘を所持していた者はいなかったように思う。

意外と翔はドジで、以前雨で濡れた校舎の入り口ですっ転んでいたのを思い出した。

ボーっと眺めていると、そのうち浴室から物音がして鳥野さんは戻ってきた。


「・・・どうしたの?」


「や・・・雨降ってきたから。」


「え、ホント?」


外に洗濯物などはないようだからいいけど、鳥野さんは部屋着姿のままそっとベランダを覗き込んだ。


「わ・・・思ったより降ってるね・・・。泊ってっていいからね。」


その言葉に一瞬面食らいながら、まぁそうなるか・・・と諦めた。

彼女はニッコリ笑って、ペタペタ歩いてまたキッチンへ向かう。


「桐谷くんってさ・・・こういうの慣れてない人?」


「・・・・まぁ流石に介抱して家まで来たことはないかな。」


「そうなんだ、ごめんね?面倒かけて。」


「・・・いや別にいいけど。もう平気そうなら、傘借りて帰るよ。」


「え~?ふふ、帰っちゃうの?桐谷くん結構紳士な人?」


「・・・紳士は初対面の女性の部屋に上がらんだろ。」


「ふふ!そうだね。じゃあ泊ってってよ。」


彼女は可愛らしいカップに自分の分のお茶を淹れて、また俺の隣に座った。


「・・・・ふぅ・・・。桐谷くんもシャワーどうぞ?」


「・・・いや、いいや。あ~・・・いや、飲み屋の匂い取った方がいいか。」


流石に人様の家で、大衆居酒屋の匂いをマーキングするのは失礼極まりない。


「うん、良かったら入ってきて♡置いてるバスタオル適当に使っていいし。上に着てるパーカーは明日洗濯してあげるから、カゴに入れといて?」


「ああ、はい・・・」


しょうがなく言われるがままにシャワーを借りた。

髪の毛にもだいぶ匂いがついていたので、シャンプーを借りて洗った。


「・・・・・まぁ・・・いいか。」


上がってタオルで体を拭き、パンツを履きなおして髪の毛を拭いつつ、扉を開けて彼女がいるダイニングに顔を出した。


「鳥野さん」


「ん~?・・・あ・・・なに?」


半裸の俺に若干恥ずかしそうにしながら彼女はもじもじしていた。

けれど俺の顔を見て少しの間ポカンとする。


「ドライヤー借りてもいい?」


「・・・へ、ああ、うん。」


その後無事に髪の毛を乾かして、また彼女の元に戻った。


「あ、お茶淹れなおそうか?」


「ああ、いいよ。」


残った緑茶を口に運んでいると、彼女からの視線を感じた。

どうやら緑茶には何も盛られなかったようだ。


「・・・なに?」


「・・・右目・・・だけカラコンしてるとかじゃないよね?たぶん・・・聞いちゃダメ?」


乾かす前の顔を見たせいか、彼女はちょっと気まずそうに尋ねた。


「いや、別に大丈夫だけど・・・まぁちょっと事故に遭って失明してるだけだから・・・」


他人からしたら気持ちの悪い見た目だろうと思う。

俺の見えてる片目の視力がおかしくなっていなければ、右目は薄い水色がかった瞳になっていた。


「そうなんだ・・・大変だね。」


月並みな言葉で眉を下げる彼女は、次の言葉に困っているようだ。


「・・・俺は特にもう気にしてないから大丈夫だよ。鳥野さんがどう思っても気にしないけど。」


飲み終わったカップの底を見つめながら言うと、彼女もカップに口をつけた。


「不思議な感じがするなぁと思って。ちょっとビックリしただけだよ。変な目で見てごめんね・・・。」


「・・・。」


気にしないって言ったけど一応謝るんだな・・・

どうやら彼女は見た目はわりかし可愛らしくとも、中身は素直な子のようだ。

嫌な印象を与えないように配慮が出来る普通の人。

それが最初に見せた俺への一面ということになる。


「それにしても桐谷くんって髪の毛ちょーサラサラ♪」


乾いたばかりの髪に触れながら、彼女は俺に顔を寄せた。


「あ・・・同じ匂いするね。」


ニッコリ微笑む彼女の誘い方はそれなんだろう。

正直まったくその気はないけど、何もしないとなると鳥野さんに恥をかかせるだけだ。

真っすぐ見つめてくる彼女の頬に触れて、そっとキスした。

短く重ねた唇を離すと、強請るようにまた彼女から何度かキスされて、次第に深く重ねていった。


「桐谷くん・・・ベッドいこ?」


まぁそうなるか・・・

だけどここでこれ以上手を出すつもりはないと断言しても、しょうもない問答が続いてしまうだろう。

俺は今だけ、百戦錬磨の咲夜をトレースすることにした。

あいつなら女の子に恥をかかせないようにしながら、これ以上をしない言いくるめ方を思いつく奴だ。

隣の寝室に入り、ここにきて俺はソファで寝ると言っても押し問答が始まるだろうから、大人しく二人してベッドに横になり、また求められるままキスを繰り返した。

肝心なのは、「キスをしただけ」という事実のまま終わることだ。


「鳥野さん」


「・・・なあに?」


「何で俺にしたの?他にもいたけど、男は。」


「え~・・・?だって一番顔がタイプだったから・・・」


「ふ・・・正直でいいな。」


「ふふ、でしょ?」


「じゃあ何で俺がわざわざ送ってきたと思う?」


「え、ワンチャンって思ったんじゃないの?」


「いや、思ってないけど・・・。傘貸してくれたら帰るって言ったでしょ?」


「え~?・・・ん・・・じゃあなんで?」


彼女はすり寄るように俺の胸に抱き着いた。


「酔ったふりする子ってどんな風に誘うのかなってちょっと興味あったからだよ。」


俺がニッコリ咲夜を模した笑顔を作ると、彼女は驚いて顔を見上げた。


「・・・え~・・・?バレてたの?」


「まぁ、ちょっと素面に戻るの早かったからね。部屋に上がった俺を見て捕まえた気でいた?」


「ふふ・・・捕まえてるよ~?」


鳥野さんは甘えた声で俺の体に触れた。

突き放すのは簡単だ。相手を拒絶しない断り方というものはある。


「俺さ、ワンチャンとか・・・流れでいっか・・・とかそういうのあんま好きじゃないからさ、もうちょっとちゃんと友達付き合いしてからじゃダメ?それとも鳥野さんは、そういう関係しか求めない感じ?」


俺の言葉に彼女は真顔で少し考えながら、目を伏せて静かに言った。


「ん~・・・ふふ・・・。なんか・・・付き合ってた人にもうフラれちゃったからさ・・・どうでもいっかってなってた。」


その時俺の名探偵がキュピーンと脳裏に光を走らせる。


なるほどな・・・

咲夜が言っていた。女は目を見て嘘をつく。伝えにくい本音を言うときは、目を逸らせることが多いと。

逆に男は目を逸らして嘘をつくそうだ。

まぁ全てに当てはまるわけではないのはわかってる。

咲夜のように人の扱いに慣れていれば、いかようにでも会話は進められるだろうし、相手の意図をくみ取って操って見せるだろう。

俺は次に翔の無垢さをトレースすることにした。


「どうでもいっかってなるのはわかるけど・・・俺的にはもっと色々デートしてお互いのこと知りたいかな。簡単に繋がって、はい、おしまいってさ・・・虚しくない?」


これは核心を突いた一言だ。裏目に出る可能性もある。

眉をひそめたままの彼女に、今度は真面目で他人思いの西田をトレースする。


「誰に対してもそうだけどさ、一緒に飲んでちょっと仲良くなれたから・・・出来ればそういうことしてほしくないなって思うんだよね。余計なお世話かもしれないし、そんなに深く考えることでもないだろって思うかもしれないけど、これでいいやって思って人間関係築くと、自分の周りはずっとそうなっちゃう気がするだろ?」


彼女に考える機会を与えたいとかそういうわけじゃない。

俺は心底この状況がどうでもいいんだ。後とりあえずもう眠い。

だが自分の本音は今は飲み込むしかない。


「そうだね・・・。ふぅ・・・。ふふ、桐谷くんって意外と真面目な人なんだね。」


「意外と~?・・・だいたいゴムもないのにそういうことしないよ。」


俺はまた咲夜をトレースして意地悪な笑みを返す。


「うん、ふふ♪好き♡」


彼女は納得したようにまた俺にキスして抱き着いた。

その後も何度か多少イチャつきを強請られたけど、咲夜のキャラでのらりくらりとかわした。

そのうち会話の方が盛り上がって、俺はそれぞれ別の人格を貼り付けるように話しながら、いつの間にか二人して寝入っていた。


やがて朝日が差し込んで、鳥のチュンチュンという可愛らしい鳴き声で目が覚めた。


・・・・あ~~・・・・どこだここ・・・・あ~・・・・そうか・・・


しっかり服を着たまま目覚めることが出来て、隣で寝ている女子Aも部屋着をちゃんと着ている。


楽しんでもらってそういう空気を回避するってのは・・・・なんつーか・・・クッソめんどくさいな・・・・

あ~だっる・・・帰ろ。

咲夜は女に迫られる度にこういうことしてきたんかなぁ・・・いや、あいつは食えるなら食ってきたんだろうけど・・・。


Tシャツ姿のままベッドから出て、軽く伸びをして体をほぐす。

後で服渡されるとかも面倒だから持ち帰ろ。


洗濯籠に入れていたパーカーを取って、彼女が寝ている間に部屋を出た。


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