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「――よって、我々城附生一同は正々堂々と武技を競い合わせ、古今東西、祖先の霊に至るまで恥じることのないよう戦い抜くことをここに誓います。選手代表、長尾景雪」
競技場の前は、肉の熱気が渦巻いていた。各校のジャージで身を包む生徒が黙々とランニングを繰り返し、応援客らが熱心に祈りを捧げていた。後方からは、続々と観客たちが押し寄せている。どこもかしくも、狂乱と歓声が立ち上っていた。
二月末日。首都十三エリア、総体予選の第一日。
競技場前の広場に、総勢四百名の紺とオレンジのジャージを纏った生徒が勢揃いしている。
そのすべてが、城西大附属高校からの予選出場者である。皆一様に顔を強張らせ、緊張感をあらわにしている。マネージャーやアナリストたちも忙しく動き回り、準備に余念がない。
その中に、トオルはいた。愛刀を帯び、黒のブーツを履いている。防刃衣こそ着込んでいないが、ものの数分で試合準備ができるだろう。そんな臨戦態勢だ。
十三エリアの参加選手は三万を超えているという。メインだけでなく、サブアリーナからも歓声がとどろき渡っていた。
トオルの予選一回戦は、午前九時から始まる。総勢五十名で行われるゾーン性のバトルロワイヤルだ。
第二戦、第三戦も同じ形式をとっている。そして、二日目以降は一対一へと移行する。それを勝ち抜き、スーパーシードである朝来野アキラの決勝トーナメントに挑む挑戦権が与えられる。
引きずり出されたトオルにあるのは、もはや諦観を超えた何かだった。
心はぐちゃぐちゃだ。こころの整理はつかず、寄る辺を失い、ついには目的まで見失っている。
半ば、茫然自失としたまま右から左へと話を聞き流していた。
「おい、ナッツー」
ありがたい諸先生方からの訓示が終わると、極めて険悪な声が鼓膜を打った。
同じクラスで、トオルを目の敵にする柴田である。うろん気な目で見つめると、彼は凄まじい形相で睨みつけてきた。
「前回のは油断だ。この大会で、決着を付けてやる」
そして、颯爽と去ってゆく。取り巻きたちは、露骨に肩を当てていった。
「選手の皆様に申し上げます。選手番号一から五十までの方は、メイン競技場にご集合ください。選手番号五十一から百までの――」
「さあみんな、悔いのないようにな」
「オレ、勝ち残ったら古賀さんに告白するんだ」
「逃げちゃダメだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」
「試合前のこの感じって良いよな。血が冷えるっていうか」
大会アナウンスにしたがって、選手たちがこぞって受付へと向かう。すでにデバイスチェックは終わっているので、ほぼ素通りで巨大なフィールドへと登った。
大浜オープンと同じ約五十反の大きさではあるが、障害物はなく、だだっ広いだけである。さらにはゾーン性ゆえ、時間経過でフィールドが狭まる。いずれ、立錐の余地のないほどの近距離戦へと移行するだろう。
トオルは、総体予選が間もなく始まる前で、入念にチェックを行なっていた。ヘッドギアのベルトを締める。靴紐をふん縛って立ち上がると、静かに国家が流れ始めた。
『で、結局どうすんだ』
「戦うしか、ないでしょ」
『だがよ、オレ様がやれんのは精々三分なんだ。このばとろわっつうのには、不利なんじゃねえか?』
「わかってるよ、そんなの!」
周囲がビビるのも構わず、トオルは虚空に向かって叫んでいた。
「一試合三十分。だから、なんとか僕が逃げまわって、勝負どころで降臨を使うしかない」
『そんな思い詰めんなよ。別にバレたって構うこたぁねえ。バラされたところで、気にしなきゃいいのさ』
「僕は違う! アークとは、エルとは違うんだ……! 違うんだよ……」
試合前だというのに、トオルはすでに憔悴しきっていた。体調は最悪である。睡眠不足で眩暈は絶えず、感情は定まらないままだ。
だが、勝たねばならない。勝たなければ、二度とエルという名前を背負って生きなければならなくなる。
いや、違う。朝来野を裏切れない。彼にどのような事情があるか知らない。けれども、彼の情熱に背き、嘘で塗り固めた自分を誇ることはは誰が許しても、自分が許せそうになかった。
「えー、それでは、ただいまから第九十八回、総体予選を開幕します」
戦いの銅鑼が高々と鳴った。
まず、トオルはいつものように黒いフードを被って遁走した。
自然、ほど近い場所で戦意の高い連中がかち合う。障害物もなく、戦術と言えるようなものも取りようがない。
勝利という観点から鑑みれば、その判断は悪くなかった。
いつもならば、これで少しばかり時が稼げる。だがしかし、今日にかぎってはなぜか、他の選手がトオルに的を絞ってきた。
進路を塞ぐように、三人の敵が取り囲む。トオルは苦々しく舌打ちをもらした。
「なんで、こっちばっかり!」
これは、一つの必然だ。というのも、参加者五十名のうち、城附オープンの参加者がそこそこな割合で占められていたのだ。そこで好成績を収めたトオルは警戒対象の筆頭といえよう。真っ先に漁夫ろうとしたが、一転、孤立無援の状態に陥った。
『右だ、右! その次、斜め前に走れ!』
「くそっ、三対一だってのに!」
「シードを殺せ!」
トオルは、巨大な手斧を叩きつけてきた巨漢の股をすべると、振り向きざまに長剣を薙いだ。脇腹をごきごきと抉る、えぐみのきいた音が流れた。
息つく暇なく、間断なしに右へ左へと駆ける。試合はバトルロワイヤルだ。一度目立つ戦いを始めてしまえば、勝ち抜けるまで終わりはしない。
「はぁ、はぁっ」
『まだ終わってねえ! 次、後ろ!』
三人も打ち倒したのに、まだ五人組に囲まれている。どうやら彼らは同じ近隣校同士で同盟を組み、めぼしい相手を潰そうとしているようだ。
トオルは城附オープンで結果を残し、第一予選のシード選手になっている。つまり、ランキングだけで言うなら警戒最上位の選手なのだ。
それだけに狙われやすいが、同時にトオル以上の選手は居ないといっていい。無論、実力的には近しい選手もいるが、どんぐりの背比べにすぎず、決定打に欠ける状況だった。
呼吸は荒く、怒号をかき切りながら競技場内を疾駆する。強豪校である城附の選手はほとんどが二回戦から出場してくる。つまり、トオルに組めるような仲間は居ない。
激しい攻防をくぐり、裸締めで意識を飛ばす。銃弾の嵐を拾った死体(※死んでません)で受け、用済みになったそれごと蹴り飛ばす。駆け違いざま、忍者のように身のこなしの早い選手を叩き落とした。
『飛ばし過ぎだ! 一回、降臨すんぞ』
「まだ、行ける!」
トオルの鬼気迫る戦いぶりに、対戦相手たちは尻込みしはじめた。レーザー光で区切られたフィールドは、すでに半分以下になっている。縮まってゆく外縁部に陣取りながら、背水の陣を敷いて敵襲に備えた。
そうこうしていると、参加選手は五名へと絞られていった。二回戦へと上がるのは二名。目の前に、見覚えのある二人が姿を現した。
「よぉ、ナッツー。さすがは、柴田を倒しただけあるじゃねえか」
「げへへ、でもここまででごんすよ。兄貴とオイラのタッグは、今まで負けたことがないんすよ」
「右近くんに、権左くん」
額の汗を拭いながら、トオルは下段に構える。もうすでに、上段に構えることすら億劫だった。
「はっはっはー。悪運尽きたなぁナッツー。お前が満身創痍なのは確認済み。漁夫っていた俺たちは万全だ。そのうえ、こっちは無敗の連携がある」
「ま、オイラたちは個人戦専門なんで、そもそも組んだことがないんすけど」
「うるっせえ! 茶々入れんじゃねえ!」
げひん、と涙目を浮かべながら権左が拳骨を受ける。どこかコミカルなやり取りも、総体予選中とあってか油断は一切なかった。
二人の実力はトオルがよく知っている。棍を扱う右近と、突撃銃による中距離戦を得意とする権左だ。一対一でも手こずるのに、二体一は反則に近い。そのうえ、このコンディションである。
「ふん、びびってんのか、ナッツー」
遠景には、残り二名が争っている。つまり、向こうの勝者とこちらの勝者が勝ち上がる。逃げ場はない。ここが、勝負どころだ。
「いくよ、アーク」
『お前にしちゃよくやったぜ。こっからは心配すんな』
二人が前後に構えを取る。だが、トオルはすでに準備を終えていた。
右手で顔を覆い、その瞳に緋い環を浮かび上がらせる。そして、二人同時に叫んでいた。
「降臨!」
決着は一瞬だ。
納刀し終えるまでおよそ一秒。それで、すべてが終わっていた。
予選バトルロワイヤル第一回戦、勝者、夏目トオル。
さらに、その日の午後に行われた第二戦、第三戦においてからくも勝ち上がり、夏目トオルは二日目の予選トーナメントに駒を進めることとなった。




