第2話 始まりの夢
第2話は現実世界で私が見た夢の中でのお話です。
私の中の何かが変わるきっかけとなった最初の出来事になります。
私にとって運命とかいう言葉の意味は、それまでの私には何の関係もなかった。
少なくともこの人生には、幸せな運命なんてものはなかった気がする。私が気付いてないだけかもしれないけれど……。
でも何かに気づかせようと私の身に起こった数々の出来事が、運命というものを必死に私に伝えてきたんだと今になって分かる。
私にとっての運命はこれから語る最初の出来事から始まり、この物語を書いている今この瞬間、そして夢の中でも運命は廻り続けている。
私はかなりの回数の生まれ変わりを経験してきた、と思う。
勝手な判断だけれど、ある程度の回数は経験していると感じている。
生まれ変わりの回数が人間としての成熟度に関わる云々を言いたい訳ではなく、ただ私には必要な経験がたくさんあったんだと思う。私はそれだけ未熟で、それらを何度も経験しなければ気づくことができなかったんだろう。
今世においても困難な人生を過ごしてきた私が、懲りもせず絶望を感じたその日。
人が感じる感情は人それぞれなのは理解できているつもりだったけれど、その時の私にとってその絶望は、耐え難いものだった。
ーーもう、もういいんじゃないか?
こんなに辛いことをまだ私が経験する必要があるのか?
こんな状態がいつまで続くのか? もういい加減に終わらせて欲しい……。
私が生きるこの世界に再度絶望し、泣きながら眠りについた夜に見た夢のお話。
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雲の間から優しい光が差す昼間。
自宅マンションを背にして、私が乗る自家用車が停車している。
私は車の後部座席に座っている。
後方に見える駐車ゲートに、私はふと目を向けた。
突然、私の世界に入ってきた存在。
ゲートの向こう側に、【彼】がいた。
その存在が、【私】にとっての【彼】だと直感で分かった。
この時の感情を上手く言葉にできないけれど、ただ「分かった」んだ。
その存在を感じて驚いている私がいるその瞬間、その彼を冷静に見ている私もいた。その光景をよく覚えている。黒のクロスバイクの横で、丈の長い薄手の黒いコートに白い帽子を被った笑顔の彼が、そこに立っていた。
彼の視線の先には誰かがいるんだろう、彼は優しく笑っていた。
ーーあぁ、いた……
懐かしくて切なくて、私の心があたたかくなった。
車窓越しに私が見つめていると、彼が視線に気づいて私を見た。
ーーお願い、気づいて……
1秒にも満たない祈りの瞬間、彼の瞳が何かを理解した。
私が身を乗り出した瞬間、まるでドラマのように私が乗る車が動き出す。
ーーあぁ、離れていく……。 今度はいつ、いつかまた逢えるのかな……
諦めに似たような感情が私を包む。
ーーだけど…… このままでいいの? 本当にこのまま逢えなくなってもいいの……? 嫌だ!!
加速し出す車の中で、私は「止めて」と何度か言った。
でもなぜか車が止まらない。
ーーなんで? なんで止まらないの?
私は焦る。
「止めて!!! 」
私が叫んだ瞬間、車は停まった。
場所は大通り手前の道路。
私は家族に待っててと伝え、車を降りる。
そして走った。とにかく走った。
見覚えがあるような、でも知らない場所。
辺りを見回しても、彼はいない。
きっと彼も私を探しているはずだと分かっていても、彼を見つけられない。
見つけられなくて、もうどこかも分からない道で私の足が止まる。
きっと今までにも繰り返し感じてきたであろう慣れた喪失感をまた経験して、私は呆れて涙も出ない。
ーーきっともう、逢えない……
その場にうなだれ、私は立ち尽くした。
この世界にまた独り取り残されたような感覚。永遠に続くような孤独の時間。
私だけがこの世界で時が止まっているように、私の横を足早に通り過ぎる人たち。
その中のひとりが、少し先で足を止めたのが感じられた。
近くに人の気配を感じる。地面に落ちた私の視界に何かが見えた。
ーー誰かが、いる……? 誰かの靴が……
目線を上げると、そこに【彼】がいた。
かつての【私】が知る、優しい瞳で私を見つめていた。
涙が、出たーーーーー。
その先の記憶は、ただただ幸せだったことを憶えている。
彼が私を抱きしめてくれていた。
なんて幸福な時間。
そして彼が私に言った、たったひとつの言葉。
「大丈夫」
私が何より欲しかった言葉。
きっとこの人生で一番求めていた言葉。
自分ではない誰かに、言ってもらいたかった言葉。
その言葉を言ってくれたのが、他の誰でもなくあなただった。
長い間直視出来ずにいた私の中の孤独の塊が、溶け始めた。
寂しがっていた私の魂が、優しい光に包まれてゆく。
冷たい身体に、懐かしい温もりが私に伝わってくる。
何より求めていたあなたの温もり。
はるか遠いあの日から待ち焦がれていた人。
ふたり離れ離れになったいつかのあの日から、ずっと私が切望してきたもの。
彼はとても落ち着いていた。まるで幼いこどもを優しくあやすように穏やかだった。
変わらないその優しさと温もりが、私にはとても居心地が良かった。
はるか昔に感じたであろう懐かしい温もりによって、私は心から安心することができた。
私の頭を優しく撫でる慣れたその手が、私の孤独を満たし優しく溶かしていく。
やっと、見つけた。
あなたに逢えた。
私を探しにきてくれたこと、また出逢えたこと。
夢の中で私が流した涙は、喜びと安らぎの涙。
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それでも私はまだ、不安を感じることたまにがある。
けれど不思議と孤独を感じくなった。驚くほどに、全く孤独を感じない。
時が経つにつれて、私はこの夢の出来事を冷静に思い返すことができるようになった。
大切なのは、私自身が私を「大丈夫」だと思えたこと。それが何より、私にとって一番重要なことだと気づいた。
夢の中であろうと、私が心から求めていた言葉を聞けただけで本当に嬉しかったの。
またあなたに逢えて、心から喜んだの。
嬉しくて、嬉しすぎて涙が溢れたの。
心から安心することができたの。
私は大丈夫なんだって信じられるようになったの。
本当に、本当に嬉しかった。ありがとう。
私はまだこの世界で、生きていける。
後もう少ししたら、この現実世界であなたに逢える。
絶望の夜からの幸福感で溢れた目覚め。
月日が経っても色褪せることのない、鮮明で幸せな夢の記憶。
鈴虹色です。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
来週の掲載まで1週間ありますが、楽しみにしていただけたら嬉しく思います。




