第15話 昼食会の行方
私はカヒルと共に、昼食会場手前の王族の控え室へと到着した。その部屋に親族とすでに王である父と正妃、そしてヒラルの姉であるアリマもいた。父と正妃の間にはアリマとヒラルの娘2人、そしてカヒルがいる。アリマは他国王子との婚姻が済んでおり、もうすぐこの王宮を去る予定だ。
「サラ、カヒル」
控室一番奥に座る父が私たちに気づき、こちらに向かって手を上げた。
私とカヒルは一礼をし、父の元へと歩み寄り挨拶をした。
「お父様、お継母様、アリマお姉様。ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
私が顔を上げると、父がまじまじと私の顔を見つめていたことに気づいた。私も父の顔をこうして見るのは久しぶりだった。私の目の前のその人は私と同じ色の瞳を持ち、この世界で数少ない私の味方であるのだと言ってくれているように感じた。
「……会えて嬉しいよ、サラ。もっと顔をよく見せておくれ」
父が私の頬に手を伸ばし、父親が娘に見せる優しい顔を見せた。私の頬に触れる父の手に、私は自分の手を重ねた。私の横にいるカヒルが私たち父娘を見つめているのに気づいた。
「カヒル、お父様たちにご挨拶を」
私に挨拶を促され、カヒルがピンと背筋を伸ばして言った。
「父上、母上、アリマ姉様。こんにちは!」
カヒルの挨拶を見ていた正妃の顔が緩み、彼女が口を開いた。
「まぁカヒル、お父様にしっかりご挨拶出来て素晴らしいわ。サラも元気そうで何よりだわ」
彼女が私と目を合わさないのは毎度の事だ。それは今も昔も変わらない。それも仕方のないのことだと私は思っている。彼女が私を気に食わないのは当たり前だ。自身の伴侶である王が最も愛を注いだ女性の子どもなのだから。
私としては正妃含め姉たちが私に害を及ぼさないでいてくれれば何も問題はないと考えている。私を存在しないものとして扱ってもらえる程、私は彼女たちに対して有り難く思うしそれが彼女たちのためでもあるのだ。
ーーそれでもヒラルお姉様は嫌がらせをしてくるけれど。
「勿体無いお言葉をありがとうございます。お継母様」
私はこの王宮で生きていくためのすました笑顔で挨拶を終え、カヒルと一緒に彼らとは別のテーブル席に座った。
それにしても後から来るはずのヒラル姉様とあの騎士がまだ来ないようだったけれど、しばらくして私たち王族は昼食会場へと足を踏み入れることとなった。
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昼食会場には国内はもちろん、他国の王族や貴族に留まらず著名な学者、音楽家なども幅広く招待を受けていた。会場奥に面している緑豊かな中庭には暑さ避けの天蓋が貼られており、ゆったりと過ごすことが出来るようにテーブルとソファ、飲み物やデザートが至る所に置かれている。昼食後の歓談にはうってつけの環境だろう。昼食会にぴったりの明るい音楽も聞こえてくる。
私たちは王である父の後ろに付いて会場の扉前に立つ。心地よい音楽が止み、辺りが静寂に包まれた。
「ハカン王並びにカミラ皇后、アリマ王女、カヒル王子、サラ王女」
目の前の扉がギィと重々しく開き、父が皇后が歩き始め、それに伴い、私たちも会場へと入っていく。
ーーヒラルお姉様、間に合わなかったわね。
会場内の招待客は皆席を立ち、頭を下げている。
こんな光景はいつものことだけれど、どうも違和感しか感じられない。仮にも王族という身分を持つ私側からの私見でしかないけれど……。私がこちら側だからこう感じるのか、それとも私が彼ら側であっても同じように感じるのだろうか。私が彼ら側にいたとしたら、私は何も感じることなく頭を下げるのだろうか。それが尊敬の念や信頼の証であれば何の疑念も持たないのだろうけれど、そんな思いを持っている人間はこの会場には少ないことが私には見て取れてしまう。彼らに意識を集中すると不思議と見えてくる彼らの本性には正直うんざりしているし、私に中に残っているある儚い希望を打ち砕いていく。でも私はそのおかげでこの王宮から何の未練もなく立ち去ることが出来るのだから、彼らにも感謝するべきだろう。
ーー絶対的な権力を持つ者とそれにあやかろうとする者、ほんの一瞬の隙を見逃さまいと目を光らせる者。誰も彼も滑稽だわ、本当に。
私たちが席に着くまでの間、彼らが下げた頭の下から見える好奇な視線が私をより不快にさせるていく。私はそういった視線にいつまで経っても慣れることが出来ない。そんな視線を受けるだけで吐き気がするほどだった。
ーーやっぱりアスランを連れてくればよかった。あの子がいてくれれば私から目を逸らしてくれるから……。
「我が国、王宮との繋がりに感謝する。我々の絆がより強固なることを祝って」
父が彼らに向かって祝杯を掲げると、会場にいる全員が同じように祝杯を掲げる。
「思う存分楽しんでいってくれ」
父の昼食会開始の言葉と共に、会場には再度音楽が流れ始め、給仕係が一斉に料理を運び始めた。
会場内は一気に懇談ムードに変わり、あちらこちらで話し声が飛び交った。こんな時私を含めた子どもたち、つまり王族であっても政治に介入できない女性や子どもなどは蚊帳の外であり、ただのお飾りでしかない。正妃である皇后にはやたらと言い寄ってくる者がたくさんいるけれど。こんな時は父が婿候補を連れてくる前にさっさと美味しいものだけ食べて帰るに限る。
隣に座れるかと思ったカヒルは正妃の横に座っているから私にはこの会場で話す人すらいない……隣にいる父を除いて。それもいつものことだけれど。テーブルに置かれた美味しい料理をひたすら食べる私を隣でずっと見ている父の視線に私が気づかないわけがない。私は視線を料理に向けたまま口を開いた。
「……お父様。私に何かおっしゃりたいことでも?」
突然話しかけられて驚いたのだろう。
「お、いや……。美味しそうに食べるなと感心していた」
思いがけない返答だった。いつもならあの席に座っている男はどうだとか、そこの息子と話をしてきたらどうかを話すのが当たり前なのに。私が驚いて目をパチパチさせていると父は懐かしそうに言った。
「……セマもいつも美味しそうに食べていた。彼女は身体が細いのにたくさん食べていたよ。やっぱり母娘だな……」
父の瞳はまた王からひとりの父親になっていた。そして私を見つめるその先には、愛した母ががいるんだろう。
ーーそういえばお母様もよく食べる人だった。好き嫌いせず何でも食べる人だったわ。
母に思いを馳せながら父の方を見た先に、正妃がものすごい形相をしてこちらを睨んでいたのが目に入ってきた。
「ゴホンッ」
私はわざとらしい咳をして父に目配せをし、父はすぐに気づいて取り繕った。
「ゴホン、うん……そういえばヒラルの姿が見えないが、どうした?」
ナイスタイミングで後ろに控える侍従にヒラルお姉様の話題を振った。
ーーさすが王ね、こういう所に機転がきかないとね。
「ヒラル様は少し遅れておりまして……まもなく専属騎士とご入場予定と伺っております」
なぜか侍従が私をチラチラ見ながら父に報告をしている。
ーー昼食会前の出来事を王宮統括の侍従である彼の耳に入っていないはずはない。でも……アスランに関しては何も言えないはず。とすれば……あぁ! あの騎士のことだ!!
「そうか。……専属騎士といえばサラ、お前にも騎士をつけたはずなんだが一緒じゃないのか?」
私はついビクッとしてしまった。
ーーいや、私は何も悪くないのに。うん、私に罪はない。
そう思いながら侍従に目を向けてみた。侍従は父の後ろで小さく首を振った。
ーーこれは……知らないふりをしろってことね!!
私は父に向き直って勇気? を出して言った。
「専属騎士だなんて……何のお話ですか? 私の方には何も……」
私が出す必要のない勇気を出して言ったのに、目の前の父の顔が真顔になっていく。
ーーえ、私何か間違えた?
「イルファンを呼べ。すぐにだ」
「すぐに呼んで参ります」
侍従が深く頭を下げ、近くにいた騎士を従えて会場を出ていった。
イルファンとは、この国の騎士団長のことだ。
思わぬ事態の流れに会場内がざわついている。理由の分からない不穏な空気に正妃やアリマお姉様、カヒルももちろんどうしていいのか分からないのだろう。もちろん、何も悪くない私だけどお父様が怒るとやっぱり怖い。王の怒りは簡単に人の生死に直結してしまうからだ。
10分もしないうちに騎士団長のイルファンが会場に姿を現した。
その間父は一言も口を開くこともなく、会場は凍りついたように寒く感じた。招待客たちは皆静かに食事を続けている。
ーー今日は他国との懇親会では……?
騎士団長でもある屈強な彼が真っ青な顔をして私たちの前に現れた。横には侍従がついており、ここに来るまでの間に専属騎士の件を話したんだろう。彼が父の前に跪いた。
父はイルファンを見もせずに口を開いた。
「あの男をサラの専属騎士に付けたはずだが」
イルファンの身体が固まる。父よりも大柄なこの人が恐怖に満ちているように見える。
「……左様でございます」
父が立ち上がり、イルファンの前に立った。
「お前に理由を聞く必要もない。今すぐ連れて来い」
「……直ちに連れて参ります」
イルファンが立ち上がり深々と敬礼をしたその時、会場の扉からヒラルの姿が見えた。もちろんその後ろには例の専属騎士がついていた。
2人に気づいたイルファンが拳を強く握りしめる音が私にも聞こえた。
父に目を向けると、会場に入ってくる2人を何の感情も感じられない瞳で見つめていた。
ヒラルお姉様に目をやると、さっき廊下で会った時とは違う衣装になっていた。あの後着替えに行くとは……。
会場内での出来事を何も知らないヒラルお姉様がお気に入りの専属騎士と共に私たちの前に姿を現すまで、そんなに時間は掛からなかった。
この光景が信じられないといった面持ちをする騎士団長とこの会場全体を凍り付かせるほどの瞳をしたこの国の王。恐らくこの件を把握しているであろう侍従と私が焦る。そして何が起こっているのか全く分からない正妃たちと招待客。その沈黙をヒラルお姉様が満面の笑みで軽々と打ち破って挨拶を述べた。
「お父様、お母様、皆様、ご機嫌よう。遅くなり申し訳ございません。」
何も知らずに笑みを浮かべる王女と、後ろで機械のように頭を下げる無表情の専属騎士。
ーーラーレ、アスラン……お願い、助けて。




