第13話 現実と本心
朝が苦手なこの私が無理矢理起こされてから、早2時間が過ぎようとしている。
侍女のラーレにされるがままの私でさえもいい加減疲れてきたし、正直飽き始めている。午前中でこんなに疲れているにこれから昼食会だなんて……。あぁ、既に行きたくない。
私の気持ちなんてそんなことはお構いなしに、ラーレはせっせと準備を進めている。
「こちらに手を通してくださいね」
私はラーレの言う通りに衣装に手を通す。
透け感のある滑らかな生地を何層も重ね、繊細な金刺繍が施された美しい衣装を身につけていく。衣装としてはかなりシンプルなデザインだけれど、生地の質や細かい刺繍からも見ただけで相当に値の張るものだ。肌触りもとても良く、高級で美しいこの衣装が王女のためにあつらえた衣装だと誰が見ても分かるだろう。
「とてもお美しいです、サラ様」
半分夢の世界に戻ってい……いや、ウトウトしていた私はラーレ声で顔を上げた。
大きな鏡に映る華やかな女性が見える。
鏡越しにうっとりとしているラーレの姿を見て、私は微笑んだ。
ウエーブのついた背中まで届く燃えるような赤茶色の髪に、森と海の色を混ぜ合わせたような青緑色の瞳。髪色は母、瞳は父譲りだ。両親ともかなりの美貌の持ち主ではあるが、その間に生まれた私も2人に負けず劣らずだと言われている。髪を整えメイクをし、こうして着飾ればそれはそれは美しく見えるのだろう。
見た目の美しさがそれほど必要なのかを、私はよく理解していない。外見が美しい、という意味は理解できている。皆が褒め称える美しさがあることは知っている。でも、それが私にとって重要であるかと聞かれればその答えはノーだ。
私と母を良く思わない人間たちは、身分以外にも外見のことで私たちを非難してきた。卑しい美しさで周りを魅了するのだと。この国ほとんどの人たちが黒髪、または黒に近い茶色い髪をしていた。それでも街にはたくさんの人種の人たちが行き来をしているし暮らしてもいる。他国出身なのだから外見が違うのは当たり前なのに、王族という立場の人間たちはいたって閉鎖的で、彼らは実に血筋というものを重要視してきた。
ただひとり、王族で絶対的支配者の父だけが母と私の味方だったのは幸いだったけれど、この王宮では私たち2人は異質な存在だった。
生まれを軽蔑し、外見の美しさをも非難する人たち。
彼らに対し怒りを覚えた時もあったけれど、今は憐れむだけだ。
なぜかと言うと、私にはその人がどんな人間かを知る力を持っている。対象のその人に意識を集中すると、私にはあるものが見えてくる。私はそれで人を判断するようになった。もちろん誰彼構わずその力を使って判断している訳ではないし、滅多に使わない力だ。それでも、この王宮で暮らしていくために使う時がある。ここには味方はいないけれど、敵かどうかを判断するために私はこの力を使っている。
私の力を唯一知っていた母が亡くなり、今は私以外にこの力を知る人間はいない。
誰にも、一生口外しないようにと母からキツく言われてきた。いつか愛する人に出逢ったとしても、もちろん父にもーー。
「サラ様?」
ラーレに呼ばれ、我に返った。
私はもう一度鏡の中の自分を見つめて言った。
「ラーレ、さすが私の侍女だわ」
「サラ様が美しすぎて……どうしましょう!? 私、直視出来ませんっ……」
ラーレは光を遮るような大袈裟なジェスチャーをした。
普段なら彼女の冗談に乗る私だけれど、今日は何だか素直にお礼を言いたかった。
「ラーレ、ありがとう。こんなに綺麗にしてくれて」
思ってもいない私の返答に、ラーレは目を真ん丸にした。
その無邪気な顔がみるみる不安顔になっていく。
「……どこかお加減でも? 何かございましたか?」
「私が冗談に乗らないから驚いたの? ただ本当にありがとうって言いたかっただけなの」
私は振り返り、不安でいっぱいになった顔をした彼女の頭を撫でながら言う。
「私が冗談を言えるのも、こうして本心を伝えられるのもラーレとネリだけ。……父でさえも、ね。だからありがとう」
ラーレは涙を浮かべながらコクンと頷いて言った。
「何でも仰って下さい!! 何かあってもなくても、母と私がサラ様のおそばにいます。ずっと、サラ様のおそばにいますから……!!」
「……うん、ありがとう」
私がこの王宮で、いやこの世界で信頼している人間は2人だけ。侍女のラーレと、ネリ。ネリというのは私の母の侍女兼、私の乳母だ。そして、私の優秀な侍女ラーレの母親でもある。
ネリは母が遺したこの宮を管理を統括してくれている。
この宮は私が受け継いだものではあるけれど、5年前に母が亡くなる前、母自身が侍女のネリにこの宮の管理を託していた。今では私も宮の管理に携わってはいるけれど、広大な敷地の管理や宮に関わる支出などを私ひとりでこなすことは不可能に近い。他の兄弟姉妹はどうだか知らないけれど、私は小さな頃から少しずつ母に勉強を教わってきた。その理由はただ一つ、この王宮を去っても生きていけるようにするためだ。生きていくためにある程度の知識を持つ必要があった。弱い立場の私はまず力をつけなければならなかったし、私自身も自由になりたかったからだ。お金はあるけれど、生きていくための力が必要だった。母が自由を求めたように、私もここから自由になりたかった。
私が王宮を出たいというのはネリもラーレも知っている。
2人は私と一緒についていくと言ってくれている。見せかけの家族よりも大切な2人と一緒に、私はいずれここを出ていくつもりだ。そのために今はまだこの場所で生き抜かなくてはならない。
父は愛する娘を王宮に閉じ込めておきたくて私に婿候補のみの男性たちを招待しているけれど、そんなことは無意味であることは父も心の底では分かっているはずだ。誰よりも自由を愛した母の娘だから。
私の縁談話が持ち上がったばかりの頃は、他国に嫁ぐことでこの王宮とおさらばも良いかもと一瞬考えたけれど、ネリが結婚だけが全てではないことを教えてくれたおかげで、私の目標は王宮脱出の一つに集中することにした。それからは誰からの縁談も受けず、もちろん承諾もしていない。国と国の国交を結婚なんかで私の自由が奪われるなんて真平だ。
外に出たい。
自由に走り回りたい。
たくさんの人たちと出逢いたい。
街に出て仕事をしたい。
愛する人に出逢えたなら、大切な人たちに祝福されて生きていきたい。
ここではない場所で、自由に生きたい。
それでも父は今日の昼食会にたくさんの婿候補を呼んでいるはずだ。もしかしたらその中の1人に私が恋をしてくれるのを、きっとこれからも期待し続けるのだろう。
でもねお父様、私はあなたが愛した人の娘なのです。
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コンコン、と扉をノックする音がした。
「サラ様、昼食会のお時間です」
護衛騎士が到着したようだった。
私たちはお互いを見て頷いた。
ラーレが私の衣装を整え、扉へと向かい、ドアノブに手をかける。
「サラ様、行ってらっしゃいませ」
「行ってくるわ……そういえばアスランは? 朝から見かけていないけれど」
「アスラン様ですか? そういえばお見かけしていませんね……お散歩では?」
「どこ行ったのかしら……。会場まで付いてきて欲しかったのに」
ラーレが扉を開けようとした時、扉の向こうに待機している護衛騎士の叫び声と大きな音が聞こえた。
「うわあああああああ!!!!」
私とラーレは目を合わせ、ラーレが重い扉を開けた。
開けた扉の先に2名の護衛騎士が転が……いや、倒れていた。
私は騎士たちの視線の先にいる者の名前を叫んだ。
「アスラン!!」




