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003.おめえよく顔出せたな

本日は3話投稿しています。

 翌日。

 朝食を一緒に食べたミイナを送り出したリュウイチは、午前中を使ってプレゼンテーション資料の作成を行い、さらに起業に必要な書類を確認した。

 そして昼休み前を見計らって元の職場を訪れた。


「あれ、リュウ先輩、やめたんじゃなかったんスか。おかげで忙しいんですけど。急にやめるの勘弁してくださいよ」

「悪い悪い。今度飯おごるから許してくれ。で、そのことでちょっと課長に用があるんだが、呼んでもらえるか。例の件について飯食いながら話しましょう、と伝えてもらえばわかるから。あ、それとこれみんなで食ってくれ」

「お、あざーっす。ミイナちゃーん、これリュウ先輩が。俺は課長んとこ行ってくる」

「はいはい」


 お高めの菓子折りを渡して課長を呼び出すと、ミイナが寄ってくる。


「昨日の今日でよく顔出せますよねリュウイチさん。急にやめたせいで仕事が混乱してみんな恨んでますよ? あ、これ好きなやつだ」

「発破かけたのはミイナだろ。たまに差し入れ持ってくるから許してくれって伝えといてくれる?」

「しょうがないですねえ」


 先輩から名前呼びに変わったことには触れない。職場の先輩は昨日までということだろう。

 リュウイチは楽しそうに菓子箱を持っていくミイナを見送って元上司を待った。


「オウおめえよく顔出せたな」

「ミイナと同じこと言ってますよ」

「知るかよ」





 ダンジョン協会の近くにある喫茶店に入る。いかつい顔の中年とどこにでもいそうな青年の組み合わせである。知らない者が見れば外回りのコンビが昼食をとるために入ったとかそのように見えるだろうか。

 ここは防音のダンジョンアイテムを利用した個室があるのでよそに出せない話もできて便利な店だ。


「で?」

「これを」


 注文したランチセット大盛りとナポリタンが届き、店員が個室の扉を閉めてから、課長が口を開いたのでリュウイチは資料を取り出して渡す。ここのランチセットはサンドイッチがメインなので資料を読みながらでも食べられる。


「なんだおめえ、例の件っていうからてっきり」

「これも前から要望だしてましたよね」

「まあそうだけどよ」


 課長はリュウイチが免職になった事件について追加で何かあるものかと思っていたらしい。

 昨日の今日で例の件といわれれば誰だってそう思うだろう。

 しかし、今日リュウイチが持ち込んだのは別の案件だった。


「一部業務の外注、でおめえに発注しろと」

「私ならできますからね。うまくいけば他にも発注できるようになるかもしれませんし試しでやってみるなら格好の人材だと思いませんか?」

「都合のいいことをいいやがる」

「今日も忙しそうでしたし」

「そりゃおめえのせいだろうがよ」


 リュウイチが持ち込んだのは、現在ダンジョン協会で行われている業務の一部を外注してはどうかという提案と、その場合のコスト等の見積もり、その他必要になるであろう情報をまとめた資料だった。

 ダンジョン協会で行われている業務であれば、つい昨日まで職員だったリュウイチが把握していないわけはなく、ダンジョン協会と連携できれば問題なく遂行可能だ。

 そして、この案件は、リュウイチが前々から外注できないかと課長に提案していたことでもあった。資料をすぐに用意できたのはそのためでもある。


「新人探索者の習熟訓練、たしかにダンジョン協会の研修だけだと不足しているって話はあったし、協会側も手が足りてねえって意見は出てた。おめえからだがな」

「はい」

「この件がうまくいったら昇進の実績になってただろうになあ」

「そうだったんですか」

「ああ。よその支部で支部長のポストが空いたそうでな、うちの副支部長が最有力候補だったんだと。そうなるとスライド式でな?」

「ははあ」


 支部長は様々な要因で選ばれるのだが、副支部長はおおむね地元から選出されることが多いのだそうで。

 一つポストが空けば連鎖して順に繰り上がっていくわけで、その末尾にリュウイチが転がり込んでいたかもしれなかったということだった。


「まあこうなったからには仕方ないですよね」

「馬鹿野郎」

「なかったことになったんですから勘弁してくださいよ」

「なかったことになった以上はおめえは自己都合で辞めた馬鹿野郎ってことだろうが」

「それはそうですね。すんませんでした」


 馬鹿野郎はナポリタンを食べ終わり、コーヒーを口に含む。カップにオレンジ色の跡がついたのでナプキンで口元をきれいにふき取る。


「で、どうですかね」

「悪くはねえが、これだけで食ってけるかおめえ? もともと新人探索者研修は毎日あるもんでもなかったろう」

「足りなきゃ自分の足で稼ぎますよ」


 仕事を探すという意味とも、探索者として活動するという意味ともとれるリュウイチの言葉を聞いて、課長は目を閉じて眉間を揉んだ。


「まあいいだろ。部長に話してみてやる。個人事業主でやるのか?」

「そのつもりですが、どうでしょう、法人で起業したほうがいいでしょうか?」

「そうだなあ、うまくやれそうなら法人にするか……試験期間は個人で、本採用になったら法人にしたほうがいいかもしれねえな」

「なるほど、じゃあそうします」


 会計は課長のおごりになった。

 リュウイチが出そうとしたのだが、頭をはたかれてレジの前から押しやられたのだ。

 その後、ダンジョン協会のロビーで別れた。

 開業届は1か月以内に出せばいい。申告についてはダンジョン関係は扱いが特殊だったはずなのでダンジョン協会の書類も必要になる。ミイナに調達を頼んでおこうと受付へと向かった。



「探索者やるんですか?」

「始動前のくいぶちと種銭稼ぐくらいだけどな」


 リュウイチが書類を頼んだ後、探索者用の依頼を受注したところ、ミイナは渋い顔をした。

 専業の探索者は安定した仕事ではないのだ。

 それはミイナの野望からするとあまり望ましくない。

 さらに本格的に稼ごうとすると命の危険があるしダンジョン内での活動時間が長くなってしまう。

 亭主元気で留守がいいとはいうものの、安否不明で長期間留守にするのは気楽とは言えないだろう。いつ自分が働かなければならなくなるかわからないのだ。


 しかし、リュウイチの立場で手っ取り早く日銭を稼ごうと思うとこれが一番だった。

 ダンジョン協会の研修と業務の都合で最寄りのダンジョンの1層はなじみがある。

 新人を引率していける程度には経験もあるのだ。

 無理をしなければ命の心配はいらない。

 もちろんそれでは十分な稼ぎではないわけだが。


 なんにしても、新しい仕事の下見も兼ねてダンジョンに潜っておきたかった。

 そしてそれは早いほうがいい。


「じゃあ悪いけど頼むな」

「はあい」


 書類のことを念押ししておいて、ダンジョン協会内のダンジョン入り口に向かった。

 そしてレンタルの装備を借りてからこのダンジョン協会が担当するダンジョンである『疫病のダンジョン』へと進入した。

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