019.リュウイチのひとやすみ
『睡眠』スキルを100まで伸ばすと、10分ほどの仮眠で一晩たっぷり寝たような休みをとれるようになったのは、なんだか逆にもったいない気がする。
きっとダンジョン探索では役に立つだろうが、人間社会においては持てあます時間ができてしまうだけだ。
そのうちこれがあたりまえになるのかもしれないが。
そんなことを考えながら、リュウイチは自宅でダラダラしていた。横でミイナが携帯端末でSNSや掲示板をはしごしてレスバトルしている。
土曜日の夜遅くとも、日曜日の朝早くともとれるような時間帯。
あの日曜日から1週間。いろいろなことが変わったものだ。
夜は帰って休もう、と決めた。
それが人として正しい生活で、必ずしも正しい生活をする必要はないが、遊んで暮らすことを夢見る身としては、毎日ちゃんと休みたい。あの日曜日は早急に手を打つために働いたが、できるだけは楽したい。
あと経営者になったので部下には労働法制を守らせなければいけない。
合同会社の認可が下りて、法務局や労基署を駆け回って必要な手続きを済ませた。業務執行権を持つ社員はリュウイチだけなので自分でやるしかない。事務を担当する従業員を募集した。
会社のSNSを登録した。
スキルポイント販売業を掲示したところ、あっという間に炎上した。攻撃的な発言も多かった。馬鹿にしているのか、ふざけるなといった程度はかわいいものだ。返信通知はオフにした。
ダンジョン依頼ネットワーク経由で応募してくれた者が実際にスキルポイントを得たことが広まると風向きが変わったらしい。見ていない。
現実世界でも似たようなもので、懐疑心が攻撃的な態度として現れるのか。
100万円という金額とスキルポイント100ポイントという数字はどう考えても釣り合わない。今までの常識では。
トップ探索者が50程度なのだ。100ポイントはいくら金を積んでも手に入らない物だった。時価である。
それが手に入るなら100万ぽっちでは釣り合わない。桁が何個か違う。
『疫病のダンジョン』のトップ探索者をはじめ、この国の有名探索者、外国の探索者まで疫病のダンジョンに集まった。動くのが早い。
それだけダンジョン攻略が停滞していたということ。
ダンジョン攻略に必要な要素は、レベル、スキル、ノウハウだ。熱意とか努力とかはまあ置いておく。
ダンジョン攻略が滞っているということは、階層の更新ができないということで、レベルを上げるのが難しいということである。
レベルと階層は密接な関係にあり、一定のレベルになると経験値が非常に入りにくくなるのだ。
レベルが原因で足止めを食らうのであれば、別の要素を積み増せばよい。
ノウハウを積み、連携を、戦術を磨き上げる。
だがそれも突き詰められて頭打ちになった。
クラスチェンジによってスキルポイントを増やせることはわかっていた。
トップ探索者たちが踏み切れなかったのは、それがレベルと仲間のきずなで一歩一歩前に進んできたという矜持、あるいは成功体験の積み重ねが、レベルを下げるという逆の行為を受け入れがたかったことが一つ。
そうしてクラスチェンジした場合、一時的とはいえトップ探索者の座を失うことが一つ。
そうまでしてレベル1からやり直しても、レベルごとに手に入るポイントは1ずつであり、それは確かにアドバンテージであるが、しかしレベルを上げるのには五年十年という歳月をかけてきたのだ。ノウハウとスキルがあるので同じだけの時間がかかるとは言わずとも、レベルを取り戻すのにそれなり以上に時間がかかることは事実だった。
トップ以外の探索者はといえば、トップ探索者を参考にしているのでお察しだ。
そういった要素が組み合わさってクラスチェンジによるスキルポイント稼ぎは行われてこなかった。
いや、行われていたのかもしれないがそれは細々と、少数で、そしてサポーターを重点的には行われなかったのだろう。事実として表舞台に出てきていないのだから。
そしてトップ攻略者はその地位を維持しながら攻略情報にアンテナを張り、ブレイクスルーに足る情報を待っていた。
そこに持ち込まれた爆弾が、リュウイチたちの、R・ダンジョン支援合同会社の募集依頼だったのだ。
100ポイント単位という常識外の数字は信じがたいが、事実だとすればそれは世界を塗り替える。
50ポイント程度で頑張っているトップ探索者はどう頑張ろうとも、近い将来追い抜かれるだろう。
文字通り桁が違う。
そしてそれ以降はトップの座はもう取り戻せないだろう。出遅れだ。
100ポイント100万円というでたらめな数字が事実だと確認できたならば。
トップを維持するためには。
あるいは、ダンジョンをもっと先まで攻略するには。
乗るしかなかった。
掲示板には波乗りおじさんのアスキーアートが数多く投稿された。
トップにとって、あるいはある程度稼いでいる探索者にとって、100万というのははした金である。1千万でも余裕だった。必要とあらば億でも払える。もう一声もあり得る。
クラスチェンジを要する以上、嘘だったではすまされないが、事実だとわかればためらう理由はなかった。
これらがトップ探索者が『疫病のダンジョン』に集まった理由であるとリュウイチは考えており、この結果は想定通りでもあった。
しかし想定通りだとしても、この1週間は濃密で多忙だった。
リュウイチは暇つぶしも兼ねて週の初めからあったことを思い返すことにした。
月曜の朝、誘拐された。
ミイナを先に送り出し、アポを取っていた税理士と会ってからダンジョン協会へ向かっていた時だ。
「リュウイチサーン。あなたの大事な人を預かってマース。ついてきてくだサーイ」
ハンチング帽にサングラスにマスク、トレンチコートを身に着けた怪しい多分外国人女性が現れ、妙な口調でリュウイチに声をかけてきた。
外国人自体は珍しくない。ダンジョンがある近くでは特に。
だがそれ以外が怪しい。怪しすぎた。
『ミイナ、大丈夫か?』
『どうしました?』
『誘拐されてない?』
『今ダンジョン協会にマリカちゃんといますけど』
『いまーす』
『そっか。あとで連絡する』
『早く来てくださいよ。ちょっとこっちも大変なんで』
ある程度の範囲内ならスキルの効果で意思疎通できる。
確認したかぎりミイナたちは無事だった。
とすると、実家の家族の誰かだろうか。
リュウイチはミイナなら楽だったのにと思いながらついて行った。
連れていかれたのは大通り沿いにある貸しビルの裏手。地方都市のさらにはずれなので大通り以外は昔ながらの並びであり、例えば臨時に場所を用意しようとなると公民館とかそういう場所になってしまう。
何かあるのは大通り沿い。ファーストフードもスーパーもパチンコ屋もゲームセンターもショッピングモールも誘拐した人間を連れこめる場所もそうだった。
5階建てのビルの中に入りエレベータで3階へ。なんとも中途半端な感じだなあと思いながら案内されて何の表示もない扉の前に立った。
怪しい外国人(仮)の手で扉が開き、奥へはいれと急かされ従う。
部屋の中には、5人の人影があった。
いずれも20代半ばかもしくはもう少し若いかというくらいの女性であり、露出度と動きやすさを両立したような衣装を身に着けている。エロティックとチラリズムと実用性を計算して生み出されたようなそれ等は、一つ一つタイプが違った。
右側に、へそ出しタンクトップにショートパンツ、小さなジャケットにニーハイブーツ。顔が赤い。
レオタードのような体の線が出る衣装にショルダーガードにマント。妙に楽しそう。
左側に、深い深いスリットの入ったノースリーブのチャイナドレス。目が泳いでいる。
襟ぐりだけが妙に深いメイド服風のゴシックドレス。視線が熱い。
正面に、AVの女教師か秘書のようなレディススーツ。ただし生足ハイヒール。不敵な笑みを浮かべている。
風俗かな?
と、リュウイチは思ったが口に出すのはやめておいた。もしそうでなかったら相手を下手に刺激するのはよろしくない。
案内してきた人、部屋を間違えたのかな?
そう思ってリュウイチの後ろ、扉の前に立つ女性を見ると、服を脱いでいるところだった。
中から現れたのは金髪巨乳のカウガール。ただし胸元はビキニトップ。
前に居るのと同類だった。
改めて前に向き直り、さて何を言うべきかと迷っていると、正面の女性が胸を見せつけるようなしぐさで一歩踏み出し口を開いた。
「よく来てくれたわ、リュウイチさん! 私が、あなたの大事な人になる女よ!」
「は?」
ちょっと意味が分からない。リュウイチは昨日ぶりに状況理解力を試された。
「あ、ほかの子でもいいわよ! 何なら複数でもいいわ! だから私たちに協力しなさい!」
その言葉に合わせて、女性たちがそれぞれ、おそらく自信があるのであろうポーズをとる。
後ろでも動いている気配がしたが、後ろなので目に入らなかった。
馬鹿か痴女か両方か。
リュウイチは頭が痛くなった。
「帰っていいですか?」
「だめよ!」
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