018.マリカの1週間
本日からしばらく1日1話投稿させていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
「うふふふふふ」
マリカは、学生用アパートの玄関横の壁に貼り付けられたアルミ製の姿見に自分の姿を映して笑みを漏らしていた。
毎朝、この鏡を見るたびに、目に見えて自分がやせていることがわかる。
もともと肉の付きやすい体質だった。食べることが好きなのも一因だろう。
中高時代は運動部のマネージャーをしており、大学に入ってからはダンジョン探索で体を使っていたためにまだふくよかというレベルで押さえられていたのだが。
パーティ解散以降、あっさりと膨れ上がってしまっていたのだ。
しかしリュウイチと出会ってからの一週間。みるみる駄肉が落ちていった。
健康診断で肥満判定を受けていた肉体は、今では標準体重の範囲まで下がってしまった。
顔も余計な肉が落ちてシュッとして、ちょっとこれまあまあ美人じゃないかなと自賛したくなる。
もうちょっと痩せたい、いやでも少しムチムチしてるほうが男性は好きだって言ってたかな。
友人に教えられた知識を思い出す。まあその友人も経験が多いわけではないので、特定個人の趣味かもしれないけれど。
この急激な変化はダンジョンを歩き回っているから、というだけではない。
「『健康』スキルダイエット、最高じゃねえ」
ミイナに『健康』はいいぞ、と教えられてから、クラスチェンジ前の余剰スキルポイントでマリカも取得。今では有り余るスキルポイントで30レベルまで伸ばしていた。
体重が落ちただけでなく、姿勢もよくなった気がする。急なダイエットで過労になったり肌や髪のつやが落ちることもない。むしろ良くなっている。
何なら化粧もいらないかもしれない。
スキルをとるだけで理想的な体型になれる。なんてお手軽なダイエット。
これが知られれば、世界中美男美女だらけになるのではないだろうか。
もちろん、スキルポイントを大量に稼げる前提の話だけれども。
「あ、いけん。急がんと」
鏡の前でにやにやしているうちに時間が押していたことに気づいたマリカは、慌ててアパートを飛び出した。
マリカたちが黄昏の世界に誘われた日曜日から平日を挟んだ次の土曜日。
今日もマリカはダンジョン協会へを足を運ぶ。
あれから1週間、今のところダンジョン氾濫の兆候は顕れていない。しかし、あの助言が夢だったとは思えないマリカたちは、対策に追われている。
大学4回生のマリカはすでに必要な単位のほとんどを取得しているため、1週間のうち3コマしか講義をとっていない。ゼミも卒論の準備を進めている段階なので、質問や相談に行く以外では顔を出す必要もなかった。
つまり毎日のように顔を出している。毎日ではないのは、休みを入れないとリュウイチが役所に怒られるからとお願いされたから。2コマ講義をとっている水曜日を休みにさせてもらった。今は結構な危機的状況で、そんな余裕があるのかとも思ったが。
だからこそ、休みを取って体調やストレスの面倒を見て万全な状態で活動を続けてほしいと言われれば休むしかない。
講義はあるけれど。
さておき。
「ああ! 何で気づかなかったのかしら。それ使えるわよ」
「え、なにがですか?」
「『健康』スキルダイエット!」
今日はミイナと組んでダンジョンに潜る予定である。
レベル10未満のサポーターを4名引率。1組90分で一日で4組回す計画だ。
その最初の1回の集合時間までの待ち時間で、この1週間でずいぶん仲良くなったミイナと雑談していた。
ちょっと面白いと思うのが、マリカはミイナとリュウイチに対して基本的に丁寧語を使うよう心掛けているわけであるが。
ミイナはマリカに砕けた言葉を使う。しかしリュウイチに対してはミイナは丁寧語。リュウイチからミイナは砕けているのだが、リュウイチからマリカは丁寧語なのだ。
だから何だといわれればそれだけだが、マリカにとってはどこか不思議なきがして面白かった。まあ、考えればなぜそうなっているかはわかることなのだが。
話を戻そう。
「『健康』スキルにダイエット効果美肌効果、多分便秘も治るし病気にも効果ありそうよね。リークしましょう。口ではお勧めしてたのに、なんで気づかなかったのわたし! あ、アリスせんぱーい!!」
「あ、ちょっとミイナさん!?」
「すみません、依頼の件でこちらに来るように言われたのですが」
ミイナがダンジョン協会の女性職員のところに飛び出していったので呼び止めようとしたマリカだが、サポーターの顧客がやってきてしまい、一人で対応しなければならなくなった。バイト1週間未満でワンオペは無理。早く帰ってきてーと願った。
この1週間は瞬く間に過ぎていた。
マリカはサポーター育成担当となり、ミイナとともに何人ものサポーターを育て、そして勧誘してきた。
R・ダンジョン支援合同会社に参加してくれる人、一時的な協力をしてくれる人、自分で動きたいと断る人。それぞれだったが、人手は確実に増えていた。
魔を数多狩る……モンスターを多く間引くのは3人では絶対的に人手が足りない。
リュウイチはそう言ってダンジョン協会の課長さんを巻き込むと続けた。
確かに。
特定のボスを倒すのなら少数精鋭でいい。
だが不特定多数のモンスターを多数狩り続けるというのであれば、人数が必要になるのは当たり前の考えである。
リュウイチはとにかく人手をかき集めるための行動を開始した。
マリカはそれを、ミイナとともにそばで手伝った。
ダンジョン協会とは表裏それぞれで手を結んだ。
2日あれば日曜晩のマリカくらいまでは育つのだから早いにこしたことはない。
月曜朝には世界中から問い合わせが届いており、依頼処理担当の職員さんが混乱していた。
これに対し、来て見ればわかるから興味があるのなら来いというのを何重にもオブラートに包んだテンプレートを作成して処理。
マリカが応募したサポーター育成のほうに来ていた応募4件の希望日時を確認して返信し――という作業をリュウイチがやっている間に、ダンジョン協会職員を連れてミイナとともにダンジョンへ入っていた。
火曜には人手が二人増えており、改めて役割分担が決まってマリカの担当がサポーター育成となった。聞いた話だが、リュウイチが有名な探索者パーティのメンバーと話をしていたらしい。100万円だ。多分レベル10以上にはするだろうから1千万円からの売り上げかもしれない。マリカはドキドキした。
水曜は休みだったので、大学に顔を出した後、知り合いのサポーターを勧誘。宗教の勧誘かと警戒されたのと、やせたことを指摘され、『健康』スキルの本領に気づいた。本領じゃないかもしれない。副作用かな。
聞いた話によると先日一緒だったユウキくんをこの日再訓練したらしい。
木金は忙しかった。
朝から晩までダンジョンを歩き回り、人手が増えたせいかダンジョンが手狭に感じられたので11階も利用するようになった。一度課長さんに連れて行ってもらったのだ。ボスをスルーできるのは反則だと思った。近いうちに16階や21階も使うことになるだろうとも。
金曜の晩にリュウイチと話をする時間が取れた。もちろんミイナも一緒だったが。
不人気ダンジョンに人が集まってきたことでダンジョン協会の職員の手が足りなくなり、よそから臨時の応援が来ることになったとマリカは聞かされた。そしてその応援の人たちも育成するからよろしくね、と頼まれた。
そして土曜日。
サポーター育成の応募者3名と職員1名、そしてマリカと用を済ませて合流したミイナでダンジョンに入る。
「え、なんですかこれ!?」
という『帰還』による移動に対する驚きの声もマリカからするともう慣れたものだ。
「はい、『帰還』のレベルを11以上にするとできるようになるんですよー。さあ時間がもったいないです、はぐれないようについてきてくださいね」
冷静になると質問が飛び交うので混乱させたままミイナとともに参加者の尻を叩いて11階に入る。
「スキルポイントが!?」
「レベルが10どころじゃなく上がってるんすけど!?」
「11階ですからねー。皆さんスキルを経験値増加10に振ってもらって、新しく出るスキルに残りを。余った分は適当に消化してからクラスチェンジしてくださいね。サポーターと他のクラスを交互にクラスチェンジして何度か繰り返しますからね」
90分で帰還びっくりレベルアップびっくりスキルアップびっくり繰り返してびっくりからの勧誘まで進めなければならない。
1コマに1人勧誘成功すれば大成功。協力を取り付ければ中成功。自立して頑張るとしても小成功。
優秀なサポーターが増えれば世界のダンジョン攻略の役に立つ。
協力してもらえれば増える速度も上がる。
勧誘に成功すれば忙しさも減る。
氾濫の対策としても、人手を増やしてモンスターの討伐数を稼ぐのは理にかなっている。
そう信じてマリカは懸命に働いていた。
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