012.悪い大人
土曜日がやってきた。
一日飛んでいるのは気のせいではない。
「『R・ダンジョン支援』のリュウイチです。よろしくお願いします」
「ダンジョン協会から査察として同行いたします、ミイナです。後ろの二人は協会の上司ですが基本的に口出しはありませんからお気になさらないでください。今日はよろしくお願いします」
「あ、はいよろしくお願いします」「します」
現在、リュウイチたちはダンジョン協会の会議室を借りて事前打ち合わせを行っている。
リュウイチとミイナが部屋の中心にある机につき、木曜日にリュウイチが発注した依頼に応募した男性と女性が一人ずつリュウイチたちと向かい合うように座っている。そして部長と課長がリュウイチたちの後ろから様子を見守っているという状況だ。
「ユウキさんとマリカさん、お二方とも未成年? なるほど。別々の応募でしたがお知り合いということは? ないですか。わかりました」
リュウイチが二人から話を聞きだす。
二人とも、ちょっと打ち合わせにと連れ込まれた会議室に知らないおじさんやお姉さんが待ち構えていてなんだこれはと混乱しているうちに雰囲気にのまれてすらすらと答える二人。
男性、ユウキくんは線の細い男の子で、若干気弱そうな眼をしている。高校生ということだ。
女性、マリカさんは大学生で、ユウキくんとは逆に、ふっくらしたお嬢さんである。スタイルがよいと評する人は少ないだろう。ややたれ目で眼鏡をかけており、親しみやすそうな顔をしている。
「さて、少々大げさなことになってしまって申し訳ありません。お二人が応募くださった依頼なのですが、ダンジョン協会と提携する可能性がありまして」
「ええっ」
「ダンジョン協会と、ですか」
ダンジョン協会で新人探索者向けの研修を外部に委託しようという動きがあり、そのテストケースとして、R・ダンジョン支援の依頼を使えないかと持ち掛けられ、相手が許可すればという条件でこれを受け入れたこと。
今回の応募者はまっさらな新人ではないが、何かあっても経験者であればある程度対処可能である、ということでテストの第一段階としては都合がいい、と判断された。
よって、二人の許可が出れば、この依頼をテストケースとして採用したい。
その場合、前後にアンケートをお願いしたい。これは絶対に回答しなければならない物ではなく、任意である。
もし断られた場合は、試験は中止となるが、当初の予定通りR・ダンジョン支援が責任をもって二人をレベル10まで上げることは約束する。
ということを話した。
動きがある、とか言っているが、その動きはリュウイチが作り出したものなのだが。
ちなみに、査察として同行すると言っているミイナだが、誰が同行するかという話になったときに自ら手を挙げた。予定外の業務でただでさえ忙しい職員の仕事を圧迫しないため、という表向きの理由の裏に、休日出勤手当をもらえるからという裏の理由を提示して。
真の目的はリュウイチのサポートである。
「というわけなのですがどうでしょうか。ご協力いただけるとありがたいのですけれども」
「ええと、わ、わかりました」
「私も構いません」
リュウイチの問いかけに、若者二人はどうする? と、お互い目を合わせてからおずおずと頷いた。
なんだかよくわからないが偉そうなおじさんが後ろにいるしダンジョン協会がからんでいるならおかしなことにはなるまい。
と雰囲気に流された。
それらしくでっち上げた理屈で若者をだましているような気分になったリュウイチはにっこり笑う。
「ありがとうございます。それではまず事前アンケートをダンジョン協会のミイナさんから」
「はい」
答えたくない質問には答えなくともよい、という前置きのあと、ミイナがいくつかの質問をする。
ユウキ、マリカはそれぞれ別個に応募してきたのだが、抱えている事情はよく似ていた。
二人とも、元は友人とパーティを組んでいたのだが、5階のボスを討伐する際に一時的にパーティを外れることとなったらしい。理由は戦闘能力の欠如。仲間たちは、ボスを突破するために、戦闘力重視でパーティを組んだのだそうだ。
その結果、現在ユウキの仲間たちは2層のボス、10階に挑んでおり、マリカの仲間は解散したのだという。
ユウキはレベル差で仲間と組めなくなり置いて行かれ、マリカはパーティをまとめる一要因であったマリカが一時的とはいえ抜けたことで仲たがいしてバラバラになったのである。
実はこういう例はダンジョン協会の相談窓口にも結構な数報告されている。
一見有用に見えるサポーター。そしてダンジョン協会職員でもないのにサポータークラスに就ける人材は、面倒見がよかったり献身的だったりする傾向がある。
その結果、ちょっとしたことは我慢してみんなのためになるならと呑み込み。
置いて行かれてしまうのだ。
このことを知っていたから、リュウイチはこれを利用できると考えたのであった。
お互いに利益がある。WINWINだね、と。
「では、今回の依頼が達成された後の目的はありますか?」
「クラスチェンジして戦闘職になって、新しいパーティといっしょに元の仲間を追い抜きたいです」
「まだ決めてないですけど、選択肢は広げておきたいです」
「なるほど……質問は以上です。お答えいただきありがとうございました。続いては、R・ダンジョン支援さんからこの後の予定を」
「はい、これからの予定ですが、お二人は経験者ですのでダンジョン4階までまっすぐすすみまして――」
こうして、打ち合わせは終わった。
金曜は部長にもよくも顔を出せたものだなと嫌味を言われながら、この打ち合わせのための準備をしていたのだ。ちなみに、ミイナは冗談で課長は冗談半分だったが、部長はガチで言っていた。
二人からの応募を確認したのは木曜の帰りで、彼らへの日程調整の返信待ちでダンジョンに潜れなかったのもある。
リュウイチは連絡用の事務員の雇用を考えなければと思ったが、それは今ではない。
なんにせよ、ここまで話が進んでしまえばあとは何とかなる。いや、する。
リュウイチは正念場だと認識し、気合を入れてにっこり笑った。
「そんな、スキルポイントが28も上がってる!?」
「ええ、そんな馬鹿な……本当だ!?」
『疫病のダンジョン』4階。
ダンジョンの通路の前後に『サイレンス』をかけて防音している中で、ダンジョン端末を確認させたところ、上がった声。
ユウキとマリカ、それからミイナを連れて餓鬼を倒して回った結果、さほどの時間かからずレベル8だった二人はレベル9になった。
取得スキルポイントが28だったのはほかでもない。
『手加減10』によるスキルの手加減によるものだった。
本来ならもうレベルごとに3桁のスキルポイントを獲得してしまうところ。
わざと調整して28に抑えたのである。
レベル10になったときに、56ポイント獲得できるようにだ。
「では、スキルポイントは『パーティ取得経験値増加』にすべて振ってくれるかな? 余りはそのまま残しておいてくださいね」
「え、あ、はい」
さらりと告げるリュウイチに、うなずき従う二人。
もともと流されやすい気質のところに衝撃を受けて頭が回っていない。
「それではレベル9になりましたので5階を攻略しましょう」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」
「どういうことですか? えと、ミイナさん?」
混乱させたまま進もうというのは無理があったらしく、気を取り直した男女二人がそれぞれリュウイチとミイナに尋ねる。
しかし。
「ひとまず落ち着いてください。レベル10になったらお話しします。もう少し待ってください」
リュウイチがそう言ってミイナが頷くと、ユウキとマリカは目を見合わせて静かになった。
「驚いたでしょうが、異常なことではないですし、法に抵触する行為でもありません。ダンジョンの仕様です。ですのでそこはまず受け入れていただいて、疑問があれば説明の後で答えますから」
「う、はい」
「わかりました」
言いくるめに成功した。
まじめな当たり前な顔をして説得すればなんとなく正しいように思われるもので。
ましてや素でサポータークラスに就けるような人材である。いい子なのだ。
リュウイチは悪い大人になってしまったなあと思いつつ、5階のボス突破に感動する二人をねぎらって、6階に入り少し狩りをしてレベル10に到達した。
約3時間の行程だった。
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