001.クビになる
よろしくお願いいたします。
「やっちまったなあ」
リュウイチは五年勤めた地元のダンジョン協会をクビになった。
正確には不祥事を隠ぺいするための自主退職扱いだ。
クビにすると理由を役所に届けなければならないから、リュウイチの自己都合とすることで話がついた。
リュウイチが何をやったのか。
それはダンジョン協会の備品であるD式コンピュータへのハッキング及び不正使用である。
ダンジョン協会の誇るD式コンピュータ。現在もこれからも市場をけん引していくはずのこの製品に、しょうもないスキャンダルで悪いイメージがついてしまっては困る。
また、ダンジョン協会自体も同様だ。
ダンジョンに対してはいまだ賛否両論ある。
探索が命がけであるというリスク。得られる資源というメリット。
仮説だが、異世界からの侵略ではないかという説もあり、慎重かつ適切な対応が必要である。
だが民主主義国家においては世論によって非効率不適解な選択がなされることもあるのは周知の事実。
ダンジョンを扱うダンジョン協会にマイナスイメージがつくのは望ましくないのだ。
もちろん、巨大な利権である以上、上の方では後ろ暗いやり取りが行われているだろうと誰もが思っているのだが。
さて、リュウイチがなぜそんなことをやったのか。
発覚後の査問では彼は「できそうだったから」と答えていた。
思いついて、できそうだと思ったから、ついやってしまった。
ダンジョンスキルによる嘘判定にもかけられたが、嘘ではなかった。
これをうけてダンジョン協会側はこんなやつを身内においておくのはまずいと判断し退職させることを決めたのだ。もちろん明らかになったセキュリティホールへは別途対策を行った。ダンジョン協会職員は業務にあたる際ひと手間増えることとなり面倒な思いをすることになった。
当事者の自主退職と特に関係ないことになっているセキュリティ強化という結果を残してこの事件は隠蔽され、なかったことになり、公的な記録には残っていない。
で。
この隠蔽された事件、表面的にはこれだけである。
しかし、リュウイチが具体的に何をやったのか、ハッキングとは、不正利用とは、何をやったのかに触れられていない。
リュウイチの行動をみていこう。
ある日。リュウイチはひとつの事実に確信を得た。
それは、依頼をキャンセルした際にわずかながら経験値を得ることができる、という事実である。
その割合は、依頼達成時の千分の一程度。
普通に考えれば誤差である。
そもそも経験値とは、ダンジョンでモンスターを倒すことで得られるものである、とされていた。
これを集めるとレベルアップすることができる。レベルアップするとダンジョン探索に有利な様々な恩恵を得ることができた。
のちに、ダンジョン協会が発行する依頼を受注し、達成することでもこの経験値を獲得できることが発見される。
その量は決して多くないが、無視する必要もなかった。増える分には損はない。
この事実はすぐに探索者たちに知れ渡り、ダンジョン探索の際には何かしら依頼を受けるのが当たり前になった。
まるでゲームのような話だが、現実であった。
リュウイチはダンジョン協会で窓口業務を行う中で、探索者を観察する機会を多く得ていた。
また、職務上、探索者の相談を受けることも多くあり、新人に対して安全指導や効率の良い探索法などの教習を行うこともある。さらにはプライベートでも探索者とかかわりを持つこともあった。
そんな生活の中で、気づき、検証し、確信を得たのである。
依頼をキャンセルした際にわずかながら経験値を得ることができると。
リュウイチはこれを公表するかどうかは迷わなかった。
そんなことをすれば、窓口業務が滞ること間違いなかったからだ。
毎日探索者が一組につき一つ依頼を受注する。それだけでも窓口はなかなかの作業量なのだ。
依頼をキャンセルするだけで経験値を獲得できるなら彼らは窓口に張り付いて受注キャンセルを繰り返すことだろう。
ほかの誰かが気づいてしまって公表するならまあそれはいい。仕方ないことだ。
だが自分で公表して虚無な仕事を生み出し忙しい思いをしようとはかけらも思わなかった。
その一方で、万一誰かが気づいて公表した時に備えて、窓口の依頼処理プログラムをアップデートする準備を進めていた。
もちろん無断だし、業務外だし、勝手にプログラムを改造するのはまずいことだ。
しかしひたすら手入力で受注キャンセルを繰り返す羽目になることを思えば、備えておいた方がいいと思ったのだ。
ことが起きたらこれを提出して判断は上司に丸投げすればいい。
それまでは黙っていればいいだけのこと。
そしてほぼ完成した。してしまった。
完成したなら試験しなければならない。
幸い、というわけでもないが、D式コンピュータ処理能力も考慮しており、既存のプログラムにも基本手を加えない形で繰り返し処理を要求するように組んだので、試験を行っても通常業務には支障はないはずだった。
なので普段は使わない予備端末を利用して試験を行った。
依頼は、間違えて誰かが受注しないように、地元のダンジョンでは手に入らない入手難度が超高い品を割に合わない報酬でリュウイチが発注。普通に手に入れようとすれば桁が違うので納入される心配もない。そういうダメ元の依頼は結構あるので一つ増えても目立たない。前金はなし。キャンセル時のペナルティもなしにする。
受注者もリュウイチ自身である。
ダンジョン協会職員も、研修でダンジョンに入り最低限のレベルを持っているし探索者の資格も得ている。休日探索者を行っている者もいるくらいだ。リュウイチも例外ではなく資格者を示す証明カードを持っていた。
秒間100回受注と発注を繰り返すプログラムを走らせる。
しばらく様子を見てエラーも出ず問題なさそうだと判断したところで同僚に呼ばれ、そのまま仕事に戻った。
事件が発覚したのは、毎月末に行われる月締め処理の中で、依頼の受注ログファイルのサイズが妙に大きかったことだった。
リュウイチはプログラムがエラーを起こさなかったことで満足して試験していたことを忘れていたのだ。
気づいたのは二十五日後だった。
月一のダンジョン内点検業務に証明カードが必要になったときに気づいたのだ。
あわてて回収したが、この時ログファイルのことは気づいていなかった。気づいていてもログファイルのセキュリティに手を出すのはまずいと考えて結果は同じだっただろうが。
二十五日間秒間100回。約2億超繰り返されたことでサイズが膨れ上がったログファイルの存在は上司の目につき、リュウイチがやったことはばれてしまった。
そして隠蔽されたのである。
この時点で公開されればダンジョンの探索が大いに進んだかもしれない。
しかし、そうはならなかったのだった。
こうしてリュウイチは自己都合により退職することになったのだった。
「うーん。とりあえずハロワ行って失業保険の手続きするか」
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