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六洲離合集散記  作者: 馮行詰
6/6

カウルエン家のソウシーン<六>

 カギウルはこの若者を度々呼び出し、自らが集めた情報を提供した。

 ――ソウシーンが丘侯(タイスセーン)当主でなければ。これはカギウルがその生が尽きるまで繰り返し想起したことであった。

 

 カギウルがトールエン家当主になったのは35歳であった。当時のトールエン家は中の上程度の海侯(ソルスセーン)で、当主筋には一人男子がいたものの、交易、教養、礼儀作法、いずれの成果も親を満足させるものではなかった。一方、分家筋には候補となり得る者が数名おり、カギウルもその一人であった。彼が当主へと駆け上がるために行った投資は、交易での抜群の成果でもなく、人脈の構築でもなく、当主周りの徹底した情報収集であった。分家衆でも中の下程度の規模でしかなかったカギウルの家では、交易にしろ人脈にしろ首位を取るには元手不足であり、これに命運を賭けた。


 そして、手懐けていた本家家宰より当主の長子毒殺計画を聞きつけた。原因は先述した嫡男の不甲斐なさであり、成人後は様々な交易の失敗、詐欺への関与、女性問題と、当主を財政的にだけでなく、精神的にも悩ませるようになっていた。カギウルは家宰を使い水面下で毒殺計画を食い止めるとともに、5歳下のこの男を3年かけて徹底的に叩き直した。これにより当主の信頼を得るとともに、カギウルの交易事業への支援を引き出すことに成功した。もちろん、当主の長子は後継者候補となることはなかった、資質の上での問題もあるが、カギウルがわざわざ敵を増やすようなこともしなかった。ともかく、カギウルは長子を奇貨として、競争相手を蹴散らすことに成功し、次代の当主の座を勝ち取った。


 カギウルの成功譚は彼の様々な才能によるところであるのだが、――情報は金を生む、そう本人は結論付けた。当主就任後はその成功体験をなぞるように、その情報収集の規模を広げた。これはあくまで彼の資産内で行われたが、その年間費用は中小海侯(ソルスセーン)の1年の利益に相当する桁外れのものであった。アジズの件もこの彼の網にかかった。これが後世に「カギウルの耳目」と呼ばれる世界的な情報網となる。

 

 カギウルの情報を求める欲は、その行動力・組織力・財力を持って構築した情報網であらかた満たされたが、残念ながらそれを体系的に処理することは叶わなかった、より正確に言えばその必要性に気が付かなかった。事実、この情報網により得られたものをカギウルは熱心に読み込み、いくつもの商機を掴んだ。結果として、トールエン家は莫大な富を築き、ナイエンで一、二の海侯(ソルスセーン)として台頭した。このようであるから、カギウルはソウシーンが述べていた事もそれぞれの事実については大半を知っていた。ただ、それらが結びつきどのような意義を持っているかについては考えが及ばなかった。


 たとえば、カギウルはウーズ帝国には何度も足を運んだが、役人ばかり多い宗教的な農業国家というナイエン人によくある先入観の域からは出なかった。これまでの帝国への輸出は首都圏の裕福層向けの贅沢品やスーシタ教向けの生地や工芸品がほとんどであった。しかし、ソウシーンの言う通り官僚層が地方から排出されているなら、地方市場へ開拓も視野に入れるべきで、おそらく首都圏よりも規模としては大きくなるのではないかと考えた。これは数百年規模での損失であり、カギウルを戦慄させた。


 おそらく、ソウシーンが貴族当主以外であったら、カギウルはあらゆる手段を使って手元に置いたであろう。そして、ソウシーンにとっては秘書や書記などの地位を当てがわれ日々集積されていく情報を読み解いていく方が幸せであったかもしれない。


 こうしてカギウルは落ち目の丘侯(タイスセーン)を陰ながら物心ともに援助するという、齢50を越え初めての事業に着手することになった。カウルエン家の復興はカギウルの見立てでは5、6年といったところだったが、しかしながら、おおよそ利殖の才に乏しいソウシーンが足を引っ張り10年以上掛かった。

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