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六洲離合集散記  作者: 馮行詰
2/6

カウルエン家のソウシーン<二>

「本日の訪問先は、トールエン海侯(ソルスセーン)、バイプレサウル海侯(ソルスセーン)、アイルブレサウル海侯(ソルスセーン)となっております。」

 と、ミーシェは馬上から予定を告げた。

 トールエン家は最も大きい商会連合の首領であり、海侯(ソルスセーン)の地位を得えから100年を経過している。カウルエン家のように専門とする商材はなく、手広く交易を行っている。バイプレサウル家は中堅の海侯(ソルスセーン)で、農産物を扱っている。アイルブレサウル家は10年前に海侯(ソルスセーン)となり、鉄器を扱っている。


 一番に訪問するトールエン家の場所は、3家中の中間にあるが、午後一番の訪問となっている。


トールエン海侯(ソルスセーン)区画の門を入り、馬を預ける。ナイエンの貴族が住む山の手は、その名の通り山を削って設けられている。門から邸宅までは多少傾斜の付いた道を10分ほどかけて歩く必要がある。開けた場所に出るとナイエン一の富豪に相応しい大規模な屋敷が現れた。屋敷はその大きさを除けば、奇をてらわない伝統的な木造建築であるが、所々に浮彫がほどこされており、堅実さと華美を両立させたものとなっている。ちなみに入り口に面したこの建物は商会連合の事務局がある南館であり、このさらに奥に当主の屋敷がある。南館の前には正装したトールエン家の家臣が並び、その前に二十歳程度の青年がソウシーンの主従を待っていた。


「2年ぶりにですね、ソウシーンさん、この度もわが家への最初の訪問、ありがとうございます。」

 この青年はトールエン家当主カギウルの長男でザギウルという。

「やあ、帰ってきてたんだね。交易も順調と聞く、うらやましいかぎりだ。」

 とっつきにくいソウシーンに気軽に話しかけるのは年下の貴族の中ではザキウルくらいで、貴重な存在といえる。

「順調といっても、親父殿や商会がほとんど段取りをつけてくれるので、実力があるのかどうだか。そんな感じなのに、来年は留学だそうで人生すべてが中途半端に終わるんじゃないかと心配しています。」

 ザキウルは年の割には内省的で、愚痴っぽいところがある。ナイエン人は交易の民らしく投機的な性格が強く、反省や慎重さは美徳としてあまり重視されない。反省する暇があったら新しい機会を探れというのがナイエン人の性格である。しかし、トールエン家ほどの大勢力の首領となるとザキウル的な性格はむしろ肯定的にとらえるのかもしれない。少なくとも父であるカギウルはこの長男に期待をしているようで、交易面での成功を支援していた。


「留学か、私のように中退とならないことを期待しているよ」

 ソウシーンは先述のお家事情で中退を余儀なくされている。

「なにをおっしゃいます、ソウシーンさんを訪ねて帝国の学者様が何人も訪れているじゃないですか、そんなことは前代未聞と父は言っております。」

 たしかに、ソウシーンの留学先の学者が毎年何名かナイエンを訪ねている。ナイエンは交易都市としては天下一であると自負があるが、学術都市としては魅力に乏しい。国民の多くが交易者となるため初等・中等教育は充実しているのだが、高等教育となるとまったくの無風地帯である。だから、他国から学者がわざわざ訪れることはほとんどない。こうした背景があるので、ソウシーンは貴族子弟の留学の相談に乗ることが多く、今日もザキウルから丁寧ながらも矢継ぎ早に質問があびせられた。


「ザキウル、そろそろお父上のもとへ案内してくれないかな。」

「これは失礼しました、ソウシーン閣下、応接間までご案内します。」

 少年らしい無邪気さと、この辺りの切り替えの良さを併せ持つことは、ザキウルの美徳であると言える。

 海侯(ソルスセーン)の子弟は本人の気持ちに関わらず、後継者をめぐる同世代一族との熾烈な競争に巻き込まれるので、他国の貴族の子どものように楽な幼少期を送ることはできない。具体的には一族の年長者や家庭教師から、貴族としての振る舞い、航海術や交易に関するいろは、剣術や護身術などを徹底的に叩き込まれる。そして、一族はもちろん世間から絶えず見比べられるのである。こうした中で多くのナイエン貴族子弟が良くも悪くも大人びた性格を持つのに対して、ザキウルの性格は対照的である。また、ザキウルの場合は幼少期に母を亡くしているので、長男と言えども相当不利な状況にあった。一族中の落ちこぼれであったソウシーンとしては、多少の羨望を覚えるところである。

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