第八ノ話 大樹の下で俺たちは笑う。
ファンタジーって何だろうってたまに考えてしまいます。
異世界や異能力?
いえいえ、私からすればスカートの中の真実がファンタジーです。
殺意に満ち溢れた彼女の目を見て俺は心底驚いた。子供に石を投げられても民衆に罵倒されても笑顔を振り向いていた彼女がこんな目をするなんて思ってもいなかった。
一国の王として、多くの命を預かるものとして彼女は俺が思うより遥かに覚悟と責任があるのだろう。
「ここ半年間でナイトメ家の動きが見られ始め、他の国々もそれに続くかのように動き始めた。」
「ナイトメ家は玉座を示す唯一の手掛かり。そんな彼らを捕まえて玉座を我が物としようと考えるやつらが後を絶たない。」
如何にも目の前の俺ですら噛み付けば殺してしまいそうな勢いの目で彼女は語り始める。
「我が国の戦力は絶望的。それに肖り、他の国々がこのサンビタリアの征服を始めようとしている。」
「なぜ、他の国がサンビタリアを征服する必要があるんだ?」
「無論。答えは簡単だ。初代国王の国、ここサンビタリアを制圧することによって、この世界では何よりの玉座に近い存在であることを示すことができる。」
たかだかそんなことだけで、無害で無力な人たちを殺したりできるのかよ。
どれだけ玉座にそんな価値があるって言うんだよ。
そんな国に産まれてしまえば、国王のことも恨んでしまうのも無理がないな。俺だってきっと今日見た街の人達みたいにマコトのことを悪く思ってしまった筈だ。
「6年前の平都暦1000年のサンビタリア記念祭の日にアリスロンドにこの国を襲撃され。まだその傷が癒えていないと言うのに私たちの国は危惧にさらされている。」
平都暦1000年?俺が幻覚で見ていたあの時代か?
それから6年経っているということは今は1006年になっているわけか。
「創士様。この老骨の戯言だと今の貴方様は思いになるかもしれませぬが、どうか陛下のため、そして我が国のためにお力添えしていただけませぬか?」
いきなり爺さん話しかけてきたかと思えば顔の距離が近いな。
本当にお面の般若とキスしそうな距離だよ。
マコトがこの距離で来るなら兎も角、爺さんじゃなんもロマンスもありゃしないよ。
全く、面倒なことに巻き込まれてしまってるのね俺は。
でもこの国を放っては置けない。
そして彼女を、マコトを悲しませたくないと俺は思ってしまったのだ。
「なんだか本当に面倒くさいが、俺で良ければ力になるよマコト。それに…爺さん。顔近えよ本当に。」
その言葉を聞いて、マコトの殺意に満ち溢れた目は緩やかに元に戻っていき、初めて会った頃の優しい目に変わった。
「創士殿には本当に命がいくつあっても感謝しきれないな。」
そんな優しい目で、笑顔で言われると俺もこの現状に目を背けることなんてできないと思った。
そんなマコトを見て、俺は満面の笑みで答えた。
「静かなる世界を求めようぜ!」
俺の言葉を聞いてそれに反応したかのような大樹の葉達が揺れた。
「その言葉をまたこの国で聞けるとは。歳をとるのも悪くないですな、陛下。」
「だな、シャル爺。」
俺たち三人は揺れる大樹を見上げて心の底から笑った。今の現実がどうしようもないってこと。俺たちの国がとてつもなく悲惨であることが分かっていながらも笑った。
まだ、この国の可能性に。まだこの国に夢と未来があることを俺たちは信じられたのだろう。
だから笑った。喉がはち切れるまで笑った。
これからまつ悲しみや苦しみに目を背けて逃げるかのように笑った。
「彼女は元気か。記憶を無くしている際、匿ってくれたのだろう?」
「あぁ、元気そうだ。こいつちっとも役に立たないってありゃしないの。この電子機器から出てこないわ重要なこと伝えるのは遅いわで。」
ピロンッ。
通知音がして、俺は電子機器を開いた。
『陛下もお元気そうでなによりです。この馬鹿でどうしようもないど変態創士をよろしくお願いします。』
一言多いって。ど変態ってこっちは見られたくて自分の自慰行為みられてたわけじゃないんだよ。男なら必要的な性で運命なんだよ。
「それは彼女のみとの通信を可能とする物。sacrificerだ。大事にな、創士殿。」
そう言う名前があったのか。sacrificer...。
サクリファイサー。サクリファイ。サクリ。サク…。
「そうだ。天使ちゃんは今からクリフちゃんだ!」
天使ちゃんの名前を知らなかったから俺が命名してあげよう。
なんて心優しきおれ、そしてなんてネーミングセンスがあるんだ俺は。
全知全能の神様も今日ばかりは俺を全知全能だと認めざるを得ないだろうにこれは。
ピロンッ。
『ダサすぎる。貴方の頭はサンビタリアの花園よりもお花畑ね。』
「創士殿、流石の私でもそれは庇いきれぬセンスだが…。」
「創士様。そのセンス私が直して差し上げましょう。まずはお面から、鯨のお面などどうで…」
「あんまりだぁぁぁぁぁぁ!」
俺は嘆きの大声をあげた。
その時見上げた大樹から揺れる葉の音が、笑い声のように聞こえて俺も不本意ながらも笑ってしまった。
この幸せが…この時間がいつまでも続けばいいのに。
「ははははっ。笑わせないでくれ創士殿。やはり創士殿がいれば場が盛り上がり楽しくなるな。」
俺は意図的にそれを狙っているわけではないのだがな。それでも悲しい空気より楽しく思ってくれているならそれはそれで悪くない。
「それよりさ…。さっきから気になってることがあるんだが。」
「どうした創士殿?」
「お前はその血だらけのコート脱がないのか?それにその腐敗した匂い。ずっと洗ってないのだろう?」
俺の質問とともにマコトの笑顔は消え、真剣な眼差しに変わった。
「答えたくなかったらいいんだぜ。悪い質問をした。」
何故か俺は聞いてはいけない質問をしてしまったように思えてしまった。
その証拠に爺さんの雰囲気も少しどことなく先程までの陽気さを感じられないようになっていたからだ。
「いや。別に隠してはいない。これは自分への贖罪だ。」
「贖罪?」
「あぁ、数多の者を殺した自分への贖罪。それが我が国を守るためであっても尊き命だいう事実は変えられない。そのため、私はこの殺してた何人もの血を受けそれを忘れないためにこうしている。」
どれだけ優しい陛下様だことか。その自分が殺した相手というのもこの国を支配しようと企んでサンビタリアに乗り込んできた連中だろう?
それを殺したということはただ人を殺したとかではなく正当防衛であり、王として当たり前のことだろう?
こんな優しい心の持ち主が本当に玉座争奪戦で戦い抜くことができるのか。いつか自分の身を滅ぼしかねないほど優しさだ。
そんな彼女を俺は守ってあげたい。
それは使命とか、同情とかではなく。
俺は彼女に恋をしてしまったのだ。