第五ノ話 サンビタリア国王。
今朝、目が覚めると工藤新一になっていたみたいな展開も悪くないが事件には巻き込まれたくないです。
「出ていけ。」
俺が話しているのを遮り第一声で聞こえたのは俺に向ける敵意の目や恐れ慄く目。そして罵声だった。
子を連れた母親は我が子を守るように覆い被さり、八百屋の商人達は並んでる大根や看板を手に取り俺にそれらを向けている。
おまけに魚屋、肉屋の商人達は包丁を向けてきていると来た。おいおい、物騒じゃないか。
俺がまるで化け物のように扱われて、さっきまで優しい雰囲気で漂っていたこの街が一変して恐怖と憎悪に満ちている。
ピロンッ。
静かな空気の中に俺の場違いな通知音が鳴り響く。
俺は街中の人目を気にしながらも恐る恐る折り畳みの電子機器を開く。
『この国は他の国に比べて、クオリティを持つものが極端に少ないの。そして何より、6年前にこの国は謎のファントムによってたくさんの死傷者を出したわ。』
『それ故にファントムへの憎悪は計り知れないもの。この国ではたやすくクオリティを使わないことね。』
遅すぎる忠告どうもありがとうございます。
通りで、俺のファントムを見てここまで人が変わるもんだ。
そりゃ、愛する家族や恋人に友人達をファントムによって失い、尚且つクオリティをもつものが珍しいとなってくれば敵扱いも当然だよな。
パカラ パカラ
そんな空間の中、馬が歩く音と金属音とともに大勢の人々が歩いてくる音がする。
街の人々達もざわざわし始め、俺もその音の方に目を向けた。
すると既に目の前に白馬に乗った赤髪のポニーテールの女がいた。
「街が静かだとは思っていたが、帰ってきていたのだな創士殿。」
女は少し涙ぐみながら言う。
感動の再会なのだろうか。
俺のことを知っている様子だが、当の俺は全くもって記憶がないためにこの女性がどこの誰だかわからない。
「ごめんなさいね。生憎俺、記憶がないみたいで。」
「話は聞いている。まさか本当に記憶がなくなったとはな。」
「おっと。高いところから失礼した。」
女性はそう言ったあと、馬から赤い髪を可憐に舞いながら降りた。
「全員ッ!創士殿に向かって跪けッ!」
女性の合図と共に後ろに列をなす数々の兵隊達が俺に向かい跪き頭を下げている。
俺は一体この国でどういう扱いをされてきていたのだろうか。
街の人々達は俺のことを知らなそうだが、まずはこのような命令を下せるこの赤い髪の女性は一体何者なのだろうか。
「久しぶりの再会だが。君にとっては初めましてだな。」
「改めて、私の名はキリサ・S・マコト。この西の国サンビタリアの国王にして君の友人だ。よろしく頼む。」
マコトは俺に右手を差し伸べ握手を求めてきた。
俺は今目の前で繰り広げられている状況を理解できないままもマコトの右手を握りしめた。
「俺は千寿菊創士。なんだか、わけわかんねえけど。よろしくなマコト。」
少しうろたえながらも笑顔を無理やり作った。
何故うろたえたのかと言うと、それは彼女の風貌だ。
白いロングのナポレオンコートを羽織る彼女の前面は全体と言っていいほど赤く塗りたくられている。
おそらくこの腐敗したような匂いから返り血を浴びたまま長いこと洗ってないようにうかがえる。
意図的にしているのか、洗濯というものしらないのかわからないが、誰が見ても恐ろしく思うのは当然だろう。
街の人々達の目も崇拝や好意の目というよりかは俺に向けていた敵意や憎悪のそれと同じ目を向けられている。
本当にこの国の国王なのだろうか。
「母ちゃんを返せッ!」
その声と共に小さな少年がマコトに向かって石を投げつけた。
その石はマコトの右側頭部に当たり、血が流れている。
「小僧。なにをしているのか分かっているのか、国王陛下に向かって!」
少年は兵隊に胸ぐらを掴まれ、床に叩きつけられた後に身動きも取れないように抑え込まれている。
「お前のせいで、母ちゃんが、皆が死んだんだ。何もできない、誰も救えない。王様のくせに!」
「まだ言うか、小僧。これ以上いうとお前の首、叩き切るぞ。」
少年が泣きながら彼女に訴えている。
その少年を街の人々達は支持するように続々と声を上げていく。
その声は王を罵声する声だったり、非難する声が多数だ。
それを聞いてもなお、笑顔のまま俺を見つめているマコトの姿を見て俺は心から怒りが込み上げてきたのを抑えきれなくなった。
「お前ら、さっきから黙って聞いてりゃ御託ばっか並べやがって!」
「お前のせいだ、誰も救えないだ、何もできないだ?」
「結局は自分で何も守れなかったお前らのことは棚に上げて王様っていう立場である彼女だけを散々罵倒する。」
「見ろよ、彼女の姿。血だらけだぜ?お前らが見えないところでこんなお前らのために彼女は戦ってるんだぜ?」
「お前らが食う飯は、お前らが育てる野菜は肉は、全部彼女がこの国の安全を確保しているからこそできることなんだよ!」
「そんなことも知らねえでなにを勝手にほざいてやがんだよ!それでも文句ある奴は俺が相手してやる。かかってこいよ、お前らなんて全然怖くねえよ!」
自分でもわからなかった。なんでここまで熱くなったのか。今までの俺ならこんな面倒な場面に出くわすときっとスルーしてしまう所だろう。俺がこいつらに罵倒されたから?それも違う。
彼女の、こんな奴らに囲まれて何を言われても揺るぎなかった笑顔を見て俺は熱くなってしまった。
こんなにも国のためを思っている、王様がいるだろうか。
女性でオシャレもしたいだろうに、美味しいもの食べて過ごしたいだろうに。
そんなことも許される時間もなく服は血だらけで国のために戦う彼女の姿を見て、この状況で黙ってはいられなかった。
ここの街の人たちの気持ちもわかる。
能力も持っていなくて、ある日ファントムに襲われて何もできなくて自分が非力な故に家族や友人を失って。
そんな自分の非力さを恨むよりも、王様という皆の象徴を恨むことによって自分をの気持ちを正当化していたのだろう。
「ありがとう。でもいいんだ創士殿。
その子を離してやってくれ。私が何もできないのは事実だ。皆がそう思っているように私も自覚している。だからどうか責めるのは私だけにして欲しい。」
そう言った後、また彼女は俺に笑顔を向けた。