第十二ノ話 涙。
仕事は嫌いじゃないのに、仕事に行く時間が嫌いなのは全世界共通だと思います。
なのに帰りの時間と言ったらまぁ、車内で歌ってみたり、心なしか足取りがスキップになってしまったりまるでブロードウェイの主人公の気分ですわ。帰り道だけ。
もちろん、帰り道の合間にウキウキで見る小説は私の作品で頼みますよ???
「隠者模倣?」
「他者のクオリティを模倣する能力。それが私のクオリティだ。」
「人の力を借りて戦うクオリティ。故他者に縋らなければ使えないことから弱き敗北者と言われてる。」
「サンビタリア国王家が代々伝統してきたのだ。自らの力ではこの国を守れない。だから何かに頼ろうとした想いから産まれた力だ。」
マコトはそう言いながら、ナルバロの亡骸から溢れ出ていた緑色の体液を両手で掬いそれを飲んだ。
「おい。やめろってそんな汚ねえもん!」
俺の言葉も聞かず両手に掬った体液を飲み干した。飲み干した彼女は顔色一つ変えずに悲しげな目をナルバロに向けた。
「悲しいものだな。敵対するものを討たなければいけないというのは。共存の道もあるというのに。」
先程まで、目の前にいるナルバロは俺らの命を狙っていたというのに彼女はそう思うことができ、天を見上げ、涙した。
落ちていく涙の雫が地につくまでスローモーションのように見えて、その涙の中に光で反射して写る肉眼では見えない小さな小さな俺が今ここにいる俺のサイズに思えた。
結局足を引っ張って、無造作に突っ込んで俺はできると慢心して。
認められたいと、格好つけたいという承認欲求だけに呑まれて行動してしまった自分に恥ずかしくなり、俺は顔を下に向けてマコトに目を向けることが出来なくなった。
「すまないな、泣いてばかりで。子供を探そう。」
彼女は涙を手や服で拭うことをせず、真っ先に俺に手を差し伸べてくれた。
俺は自分の不甲斐なさに押しつぶされそうになり、マコトの手を素直に取ることができなかった。そして俺はその手を払うこともせず、目を逸らしてただ地面に座り込み続けた。
彼女は怒ることもせず、何か言葉をかけるということもせず、俺の右手を優しく掴み、それに驚いた俺はマコトの顔を自然と見てしまった。
マコトは何も言わず笑顔で泣いたなのか少し頬を赤らめながら俺を立たせてくれた。
「創士殿が今置かれてしまっている現状が、貴殿にとってどういうものなのか、分かってあげたくても私には到底理解できないだろう。」
「だが、私は貴殿を導くことぐらいできるだろう?だからそんな顔をせずに前を向いて歩こう。」
俺は堪えていた涙が湯を溜めて置いたバスタブの栓を抜かれたように勢い良く、零れ、溢れ出るのを止められなかった。
俺は大きな声を上げて泣いた。
涙を流す自分が恥ずかしくて、何もできない俺が情けなくて。
その声でそんな気持ちを掻き消すように泣いた。
「創士殿。大丈夫だ。貴殿はよくやった。」
俺が一番言われたかった言葉。よくやったと言われたかった言葉。
それを優しくくれたマコトに俺は泣きながら無意識の内に抱きつき、彼女の肩を濡らしながら泣いた。
彼女が俺の頭を宥めるように優しく撫でる。
俺は泣いて、泣いて泣いて泣きつくした。
「聖息吹」
マコトが祈り(プレケス)の冥加を使い、俺は花びらたちに包まれ段々と心が落ち着き、さっきまで泣いていたのが嘘だったように平常心を取り戻した。
「すまない、マコト。ありがとう。」
俺は抱きついた彼女の体から離れて、右手のグローブで涙を拭った。
「泣きたい時に泣くのが人のあるべき姿だ。」
「夜も更けてきた。子供を探そう。」
ナルバロとの戦いの途中、日が沈みかかっていたのが完全に沈み。辺りは光を無くし真っ暗になっていた。
森の中で聞こえる虫の囀りや風の音がなんとも心地良く思えた。
だが、子供が心配だ。泣いている場合じゃない。
「子供を探すったってこの暗闇でどうやって探すんだ?」
もう夜になりこの暗闇の森の中で肉眼で探すには流石に無理がある。
呼びかけに答えてくれたり助けを求める声がすればまだ可能性があるものの、未だ子供の声というものを聞いていない。
「私の祈り(プレケス)の冥加。私は花の冥加と自分で呼んでいるがそれを使えば子供の居場所が把握できる。」
「なんでもできるんだな。その冥加っていうのは。」
「なんでもはできない。できることも私の冥加は限られている。だが、子供を探すくらいなら力になるだろう。」
「土の徒花。」
彼女はそういうと、地に草や花が咲き乱れ、目の前へと一本の道のように続いていく。
「土は記憶しているのさ。生命もここで起きた出来事も。土に聞けば教えてくれる。この森に咲く花や草木に今子供の場所を教えてもらったのだ。この道を行先に子供がいるだろう。」
とても便利な力ばかりだな、土を味方にしたり風をものにしたり炎を纏って見せたり。
弱き敗北者なんて言われてるがクオリティなんていらないほどの強さを持っているじゃないか。
「さぁいこう。」
暗闇の中で美しく一本に続く草花の道を頼りに俺たちは歩き始めた。
歩いている途中後ろを振り返ると歩いてきた道の草花は無くなり、足元を見るとうっすらと草花が消えていっている。
「この花も言うなれば、土の記憶なのだ。昔ここで咲いていた花や草の魂が権現されて私たちに導きを与えてくれる。役目を終えれば姿を消し、魂はもとの場所に帰るのさ。」
俺たちにも分からないだけで、人間や動物のようにこの植物といわれる草花も同じように命を生きているのだろうな。
何気なく引っこ抜く雑草も、踏み潰してしまう草花も、必死に生きてたんだろうな。
なんだか今まで酷いことをしてしまってきていたと感じた俺は両手を合わせて草花に今まで悪かったと心で呟き、礼をした。
まさか自分が草花に頼り、助けられる日が来るなんて思ってもしていなかった。
また花園に帰ったら、水でもやってやろう。
一本道を歩き続けると少し前に草花の途切れる場所を見つけた。
そこに近付いていくと少女が大事に果実を抱えたまま何かに魘されていたのだ。