第十ノ話 幻獣″ナルバロ″。
なんとか戦い始まりました。
これからが本番ってとこですね。
あぁ、タバコ吸いたい。
「見えてきたぞ。ジニアの森だ。」
静かな静かな二人の時間が続き気が付けばジニアの森が見えてきていた。
木々が生い茂り、たくさんの果実の実がなっている。
「ここは、ウーウァやケラススの実がなっていてな。私もよく小さな頃はここの果実を取りに来たものだ。」
幻獣が現れるには程遠いほど、美しく綺麗な森だ。きっと婦人が心配していた娘もここの果実を取りに来たのだろう。
「クゥルルルルル!」
そんな森の中の美しさを掻き消すように、何か獣ような声が森中に響き渡る。
「子供が危ない、急ぐぞ。」
白馬のスピードをさらに上げ、俺たちは森の中を駆け抜けた。
いつの間にか日も落ち森の中も薄暗くなって行く。こんな時間になっても子供が帰ってないってことが問題だ。きっと何かあったに違いない。きっとそれをマコトは理解しているはずだ。
「クゥルルルルル!」
その甲高くも重圧を感じる鳴き声にとともに森の木々が崩れ落ちる音が聞こえる。急がないと、子供もこの美しい森も危ない。
「この鳴き声は幻獣ナルバロ。鳴き声から推測するにそれも大型だ。」
「ナルバロ?」
「額に大きな一角を持ち、刃はもちろんあらゆる打撃やクオリティをもってしても傷ひとつつけられない黒き皮膚を持つ。蛇の如し地を這うワームだ。」
「ナルバロはファントムに反応し、喰らう。故に、夢質捕食者と呼ばれる。」
「ファントムを喰らうったって、この国にはクオリティを持つ人が少ないのだろ?なんでそんな怪物をオルガニアの連中は送ってきたって言うんだよ。」
この国はクオリティを持つものが極めて稀なのに、そんな夢質捕食者と呼ばれる怪物がサンビタリアに送られてきたのか疑問でしかなかった。
「誰にだってファントムがあるのだ。」
「え?」
「クゥルルルルル!」
「伏せろ、創士殿!」
会話の途中で左方から木々を薙ぎ倒し、俺の4倍、いや5倍は大きい怪物が姿を現した。
そいつが現れるや否や俺はマコトに白馬から突き落とされ地面へと転がり落ちた。
マコトも白馬から飛び降り、腰に携えていた剣を抜き、その怪物とあいまみえる。
「クゥルルルルル!」
俺は鳴き声の風圧と威嚇に目が眩み起き上がることができなかったが、マコトは怯むことなく剣を構える。
ナルバロの頭には大きな大きな一角があり、傷や汚れ一つない黒き皮膚は怪物という言葉は似合わない、紛れもなく幻獣という言葉が相応しい。
大きく広げた口には無数の小さな歯が並んでいる。噛まれたら簡単には逃げられなさそうだ。
ブゥウォンウォンウォンウォン
ナルバロの一角が突如光り始め、眩い光線弾を投げられたかのように当たり一帯が光に包まれ目が眩んで何も見えなくなった。
「耳を塞げ!創士殿!」
いったい目の前で何が起きてるのか理解不能なまま俺はマコトの言う通りに両手で耳を塞いだ。
「クゥルルララァ。」
ナルバロの優しい鳴き声が指の指の間をすり抜けて耳へと入ってくる。
その鳴き声がまるでハープを奏でてるかのように、ふとした時に聞くオルゴールのように俺の心を安らげる。
もっとこの音を聴いていたい、もっとこの音を鮮明にしっかりと聴きたい。
もっと…もっともっともっともっともっと…。
俺はこの音色に乗せて舞踏会に招かれた踊り慣れていない客人のようにぎこちないステップを踏みながら音色のする方へ近付いていく。
もっと…その音色を止めないでくれ。
もっと…。
光が薄まり、辺りが元の情景を取り戻した時にナルバロの牙が俺に噛みつきかかろうとしていた。
終わった。俺はそう思わなかった。死ぬということは自ずと理解できた。
だが死の恐怖よりも生きたいと願う気持ちよりも、心が落ち着き、なんとも幸せな気分だったからだ。
俺は両手を広げて、ナルバロの噛みつきを心待つかのように応じた。
キィィィィィィィン
「耳を塞げと言ったはずだぞ創士殿。」
耳が嫌になる金属音が聞こえ我に帰ると、マコトの右腕がナルバロに噛みつかれていた。
噛みつかれながらも、マコトは俺に微笑みをくれた。
俺はマコトの右腕を心配した。こんな怪物に腕を噛まれて大丈夫な訳がない。
それでもマコトは苦痛の顔ひとつも見せずに平然としている。
その訳を理解できたのは少ししてからだった。
ナルバロはマコトの右腕を食いちぎれず、ミシミシとガシガシと金属音だけが響く。
「美味いだろう、私の腕は。これが私の罪の味だ。」
その時長いコートの間から見えたのは金色の腕。マコトはつけていた白いグローブを脱ぎ捨て、露になる金属でできた指。
ナルバロに噛みつかれても傷ひとつないそれは腕と呼ぶには程遠く、ガントレットがそのまま体についているかのようだ。
マコトはナルバロに噛まれながらもコートを破り脱ぎ肩まで金属でできた腕を俺に見せた。
「驚かせてしまったな。これもまた私の贖罪。ファントムに呪われた枷なのだよ。」
「炎の徒花。」
マコトがなにか呪文を唱えると赤い花がマコトの右腕に舞いながら無数に集まり、ナルバロの口内で燃え盛り、それに耐えかねたナルバロは鳴き声を上げながら噛みつきを離した。
「クゥルルルルル!」
ナルバロは自分の咆哮で口内に広がる炎を消し去り、俺はその咆哮の空圧で吹き飛ばされ後方の木に叩きつけられた。
それだけに強い空圧を受けながらもマコトは微動だにせずに破れたコートを拾い、着直した。
「先程見たあの光は、交感神経の活動を低下させ自律神経は乱れ、副交感神経の活動を上昇させ心は極限までに落ち着きを与えられる。」
「そして身体はその過程においてただの器に成り下がる。」
「そして耳を塞げと言ったのは、あのあとナルバロがあげた鳴き声が理由だ。」
「ナルバロの鳴き声を聞けば脳内麻薬を分泌され中毒状態になってしまう。安らぎをもっと求めたい、もっとあの音色を聴きたい。もっともっとと。」
「そうして気が付けば、もう時は遅くナルバロの餌食となるだろう。先程創士殿が身に持って体験したがな。」
脳内麻薬を分泌させられ俺は中毒に陥ってたのか。
確かに妙に落ち着いて、ナルバロと戦っていたことさえ忘れてしまっていたのだ。
なのにマコトはこんな怪物相手でも怯まず相手の光も音ももろともしていないというのか。
「やけにお前、幻獣のこと詳しいんだな?」
幻獣のことに詳しすぎるのに疑念を抱いた。
確かに、今まで国へと数々の刺客や幻獣が攻め入ったのだろうがあまりにも詳しすぎる。
「弱いものは知恵を持たなければ勝てないのだ。そしてナルバロは私が幼い時に対峙したことがある。記憶がこの身にしみているのさ。」
マコトの目は俺に向けていた優しい目ではなく、殺意に溢れた目になった。
金属の右手に鞘から抜いた大きな剣を持ちマコトは地にその剣を突き刺した。
「ナルバロは外側からの攻撃を一切受け付けない。だが先程もみたように体内からの攻撃は有効だ。」
確かに、マコトが炎の呪文を唱えた時に口内は燃え盛りナルバロにも効いていたように見えた。外がダメなら中からってか。でもそんな上手く簡単にいくのか?
相手はこんな大きな上に体内となれば攻め入る方法は口か目くらいだ。的確にそこへと相手の攻撃を交わしながら相手に致命傷を与えられるのか?
「クゥルルルルル!」
ナルバロは大きな口から涎をポタポタと垂らしている。よほど空腹に見える。
無数の牙の間から滴る涎が俺たちを捕食者として捉えたと告げられたように感じた。
「貴様からすれば、私は贅沢なご馳走に見えておるのだろう。喰らいたいのだろう?
それはサンビタリア国王と知っての愚行か?」
マコトと地へと突き刺した剣を中心に赤や黄色、青色といった何色ものの花弁たちがそれを囲い竜巻くように舞い、地から天へと昇るかの如く風圧が押し上げる。
俺は横で立っていられるのがやっとだった。
風に髪やコートを煽られながら、マコトは剣を抜き右手に持ち剣先をナルバロへと向け放った。
「サンビタリアに賛美と祝福を。」